9−13 友
ゆらりと動くものが見えた。
薄暗い室内で漆黒の装束は闇と混ざりあい、敵の姿がはっきりとは捉えられない。
管理者からの命令は『六号の捕獲』。目の仇としている相手を殺さずに捉えるというのはもどかしかったが、主命は絶対である。反論など、逆らうなど、無視するなどもっての外。我々は感情こそあれど、それを優先してはならない。道具とは、忠実でなければならない。
離れたところで轟音と振動が聞こえてくる。水無瀬疾風が六号と共にいた男と戦っているのだろう。
まさか未開の異世界人であっても、我々と同じ力が行使できるようになるとは思わなかった。世界は違えども人間は人間であるということだろうか。
ナイフを一本、手元に引き寄せ、発射する。
真っ直ぐに空気を切り裂いて飛び、一瞬見えた影に向かう。
防ぐか、避けるか。
一射目はフェイントであり、速さこそあっても単純な軌道を描いている。素人でなければ、充分に対応が出来る。六号であればなおさらだ。おそらくはこれがフェイントであることにも気づき、第二射にまで備えてくるだろう。故に、第三射を準備している。六号の移動速度とナイフの速度から衝突するであろう地点を予測し、天井にナイフを既に設置してある。いくら六号であっても、これは反応が出来ないだろう。
適うのならば、脳天から串刺しにしてやりたいが、今はひと泡を吹かせること。それだけでいい。
刃が迫る。
時間にすれば三秒ほど。それは恐ろしく長く感じられる。
きた。
回避の動きはない。重心はそのまま、足取りに一定の間隔を維持している。つまりは魔導による防御運動。ならば、二射目のフェイントを。
だが。
「なっ」
防御すら行われない。否、驚愕せざるを得なかったのは、放たれたナイフが、刺突はおろか、弾かれることもなく、そのまま『通過した』こと。
つまりは、幻影。
「魔導とやらか……」
こちらの世界に存在する未知の法則、力。我々の有する超能力とは異なる理。
どういった理屈であるのかは分からないが、幻影を創りだし、私を欺いた。ということは。
視界の隅で影が揺れる。首筋を走る痺れは、恐怖かそれとも昂ぶりか。
六号にとって距離など存在しないに等しい。可視領域での瞬間移動は、対人戦において脅威そのものだ。故に、このようなエリアを作り上げたのだ。まともに戦えば、一方的に蹂躙されることは分かっていた。
しかし、ここならば。
この薄暗さによって可視領域を制限し、狭い通路を選択することで拍車をかける。だから、読める。対応が出来る。
「獲ったぞ!」
確かな気配。これは幻影ではない。確実に背後にいる。息遣いが、体温が、動きが伝わってくる。
急所は避けつつも、確実なダメージを。大腿に目掛けてナイフを振るう。
しかし、違う。そこにいたのは、六号ではない。茶色い髪をした軽薄そうな男。魔導官であるということしか知らない、何の価値もない未開人。それがにやりと笑う。
「残念、俺でした! なんだなんだ、六之介と比べたら随分お粗末な戦い方じゃねえかっ!」
五樹は四十八号の一撃をいともたやすく防ぐ。生体兵器である彼女の身体能力は常人と比較すれば段違いであるが、常日頃から強化された魔導官と、ないしは不浄と戦い生き延びてきた五樹からすれば大きな問題にはならない。
刀の腹で思い切り殴打する。殺意があればこれで片が付いていただろう。それをしなかったのは、五樹の甘さであった。
吹き飛びながらも、どうにか体勢を立て直し、逆手にナイフを構える。
「邪魔をするな! 未開人め!」
感情のままに疾走し、斬り付ける。
この男は、どこから現れたのか。ほんの一瞬考え、自らの甘さに気が付いた。
六号に、距離や位置は存在しないに等しい。そして、それは本人だけではない。六号は、目視できる距離であれば自在に瞬間移動させられるではないか。
水無瀬疾風と戦っているのがこの男であると思っていたが、いつの間にか、否、おそらくは一度見失った時に入れ替わっていたのだ。
「未開人って……ったく、来訪者ってのは、どいつもこいつも無礼なのか?」
軽口をたたきながら、こちらの攻撃を軽々と防いでみせる。
その動きは恐ろしいほどに滑らかであり、洗練されている。この男も魔導を使うと考えれば、長期戦は不利になるだろう。
背後よりナイフを射出準備を。
「どいつもこいつもって……それは自分も含まれているのか?」
ぞわりと肌が粟立つ。確かな悪寒。
「ろくご……」
何故ここにいる。では向こうで水無瀬疾風と戦っているのは誰だ。それを口するよりも早く。腹部を衝撃が襲う。
ひゅっという甲高い異音と共に呼吸が止まり壁に叩き付けられる。一切の躊躇の無い冷酷なまでの蹴りが四十八号を貫き、彼女を吹き飛ばす。
「まだ終わらんぞ?」
四十八号の見る世界が変わる。場所が変わった、それだけが理解できる。同時に、全身を襲う目に見えぬ衝撃波が襲った。




