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9-11 友

 正面からぶつかる。この距離では能力を行使するよりも、直接身体を動かす方が速い。

 六之介と四十八号は同時期に設計された存在であり、身体能力に大差はない。互いに知覚、反射神経、運動神経、いずれもが常人のそれを大きく凌駕している。


 だと言うのに、四十八号は追い詰められていく。

 呼吸は乱れ、文字通りの接戦だったものが、防戦へと変化していく。呼吸は乱れ、節々は痛む。もはや操作をされなくなったナイフは担い手をなくし、無造作に転がっている。


 右の脇腹を蹴られ、一瞬呼吸が止まる。その隙を逃すわけもなく、連打を叩きこむ。直撃するものは僅かであったが、ずんとした感触が六之介の右手に残る。


「く、う……」


 四十八号の全身で内出血を起こし、熱を帯びる。痺れが生じ、うまく動かない。かなりのダメージが蓄積していた。


「どうした? こんなものか」


「貴様、なんだその力は!」


「なんだも何もないさ。この世界にあって然るべきものだよ」


 六之介と四十八号の差を決定づけたものは、本来であれば彼らの世界には存在していなかった魔の力。本来であればあり得ない、二年や三年で身に着く理ではない。しかし、それを成し遂げるだけの才覚が六之介にはあった。魔導の存在は、二人の戦闘能力に絶対的な格差を齎していた。


 瞬時に距離を零にし、膝蹴りを叩きこむ。人体の中でも指折の硬度を誇る一撃が、四十八号の顎を捉える。衝撃は振動であり、彼女の脳を大きく揺さぶる。ほんの一瞬、意識が乱れる。その隙を逃す六之介ではない。

 背後へと回り込み、右腕を抱え、うつぶせの状態となるように押し倒す。肩甲骨付近を足で踏みつけ、四十八号の動きを止める。


「さて、勝負ありだな。別にナイフを飛ばしてもいいが、十中八九貴様にも突き刺さるぞ?」


「ぐ……!」


「よし、ではまずサイコキネシスをやめてもらおう。いつまでも刃先を向けられているんじゃ落ち着かないからな」


 しばしの沈黙の後、漂っていたナイフが重力に引かれ落下する。

 超能力の大半は可視範囲にある物質の操作である。彼女のものもそれに含まれると見て間違いない。


 四十八号の頭を床に押し付けることで、視野を制限しナイフを目視できないようにする。本来ならば目玉の一つや二つを潰すべきなのだが、それをする気にはならなかった。


「よし、いい子だ。さて、まず聞きたい。貴様が自分に向けて怨嗟を向けてくるのは何故だ?」


 前の世界で恨まれるようなことはいくらでもある。だが、仮にも同僚から恨まれるようなことをした記憶はない。仲間意識はなかったが、だからと言ってわざわざ敵対するようなそぶりをしたことはない。

 四十八号の呼吸が乱れる。そして、怒気を押し殺すように口を開く。


「貴様は、私を知らないだろう?」


「ああ、知らんな」


 顔は知っているかもしれない、前の世界の通路で、訓練場で、教室で。広大な施設であったが、出入りが出来る場所は極々一部。全く顔を知らないと言うことはない。だが、彼女の番号や、能力、性格といったものはまるで記憶になかった。


 感情そのものをを吐き出すように大きく胸を上下させ、四十八号が唇を震えさせる。


「……私は、私は貴様を知っている。どれだけ戦果を挙げているが、どんな能力をもっているか……! ずっと、ずっと聞かされてきた! そして、比較されてきたんだ!」


「比較?」


「六号が何人殺した、何機壊した、いくつ制圧したと聞かされ……私は、出来損ないだと、惨めだと、創らなければよかったと、囮にしかなれないと言われ続けた!」


 誰にとは言わずともわかる。管理者だ。

 生体兵器には一人の管理者がつく。生体兵器はいわば、彼らの勲章であり、所有物ともいえる。それ故に、その出来、成果を誉とする管理者は少なくはなかった。一方で、不出来なものに対し、罵詈雑言を浴びせかける者、虐待を加える者、性奴隷のように扱う者、実験体として扱う者も存在していた。

 中でも六号の管理者は他と一線を画する変わり者であり、兵器である六号に『六之介』という名を付け、姉あるいは母のように振る舞っていた。


「同じように創られたのに、同じように育てられたのに、同じ目的で設計されたというのに……同じように、求められたはずなのに! 何故! 何故『違う』! 何故貴様は称賛され、信頼され、価値を見出されたんだ!」


 唾をまき散らし、血走った目を見開き、絶叫する。


「これはチャンスなんだ、貴様を、六号を殺して、そうすれば私はきっと……だから!」


 四十八号の身体が強張る。小さな金属音がし、振り返る。

 無数のナイフが再度浮かび上がり、一瞬で放たれる。自らが傷つくことなどいとわず、ただ感情の赴くままに能力を暴走させる。


 どうする。


 このまま四十八号の腕を砕けば、精神が大きく乱れ超能力は使えなくなるだろう。しかし、今放たれたものは違う。一度加わった加速度は衝突するまで消えない。


「ちっ!」


 四十八号から離れ、曲がり角に身を隠そうとするがナイフはそれよりも早い。

 回避、否、急所の防御が間に合うか、と身構えると同時に死角からの衝撃が六之介を襲った。


「五樹!?」


 ぶつかってきたものの正体は、同僚であった。


「すまん、ちょっとぶっ飛ばされた!」


 口元から流れる血をぬぐいながら、些細な失敗をしたとばかりに舌を覗かせる。おどけた態度とは裏腹に、厚手の魔導官服は所々が破れ、血がにじんでいる。立ち上がる動作もややぎこちなく、かなりの傷を負っていることは明白だった。


「大丈夫か? 無理はするな」


 自らの口から零れた言葉に驚く。まさか何の意図もなく、素直に他人の身を案じる日が来ようとは思ってもみなかった。五樹はほんの少し目を見開いた後に、くしゃりと破顔させる。


「……すまん、実はちょっとだけ辛い……あの野郎、疾風って言ったか……あいつ、お前と同じ力を使ってきやがる」


「超能力か?」


「ああ、しかもお前の故郷で戦ったナメクジと同じ力だ。詳しくはわかんねえが、他所の村人で人体実験して『創った』らしいぜ、あんちくしょうめ」


「人工の不浄、ということか」


 五樹が頷く。

 あの不浄には異様な点が二つあった。

 一つ目。この世界の異能は、魔力に依存している。しかし、あの不浄の持つ力はそれとは異なり、魔力を用いずに発動させていた。それ故に、魔力を感知し応戦する魔導官にとってはこの上なく厄介な相手であり、煙幕をはり、その揺らぎで回避をすると言うこの上なく無茶苦茶な作戦に打って出たのだ。あの力が結局何であったのか、判明していない。


 二つ目。その姿形である。不浄とは一言にしても、その姿形、性質、能力は千差万別であり、一致するということはまずあり得ない。だというのに、あの日だけで三匹、死体を含めれば四匹もの同型個体が見られた。


 だが、それらが人工不浄であるというのなら納得がいく。

 創造者は、来訪者であるメンゲレ。彼の手に掛かればこの文明レベルでも、超能力者を創りだすことはわけないだろう。そして、おそらく超能力者に過剰な魔力を強制的に摂取させ、不浄化したと考えられる。


「……人間のすることではないな」


「そうだよな、ああ、そうだとも。こんなふざけたことを許せるわけがねえよな。ぶっ飛ばして、とっ捕まえてやろうぜ、相棒」


 迸る激情。怒りが五樹の中で燃え盛る。犠牲者の、顔も名前も知らない。どこに住んでいたかさえ分からない。完全な赤の他人だ。しかし、知性体として社会的生命体として持ち合わせている正義感が彼に闘志を燃やさせる。


「……いいのか? 自分も、黒幕と同じ……異世界からの来訪者だぞ?」


「何を言っているんだよ。お前はもうこっち側の人間だろ? 生体兵器とか過去とかなんて関係ねえよ。大事なのは今『どうあるか』だろう? 少なくとも俺は、いや、お前の周りにいる連中は、稲峰六之介を一人の魔導官としか見てねえさ」


「……お人好しだな」


「へへ、だろ? っと、そいや、お前の方はどうなっている?」


 五樹に吹き飛ばされたおかげで、四十八号の死角にいるため、ナイフは飛んでこない。しかし、それも時間の問題だ。すぐにこちらに寄ってくるだろう。

 不殺を貫いたまま、彼女を無力化するには、やはり気絶させる他ない。


 こちりと胸の奥で金属音がした。魔術具『虚』が五つある。これは設定した幻影を映し出す魔術具である。解像度は低いが、遠目であれば、あるいは薄暗ければ十分に誤魔化せるだろう。


「……よし、五樹、まずは片方、四十八号を無力化するぞ」


「おっしゃ、まかしとけ。俺たちの力、見せてやろうじゃねーか!」


 こつりと右拳同士をぶつけ合う。

 敵の共闘は考えにくいが、万が一がある。早々に手を打たなければならない。

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