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9-9 友

 遺跡は真上から見ると『目』の字のように廊下が走り、中央に階段が通る造りをしている。六之介と少女は一画目に当たる部分、五樹と疾風はそれと並行する二画目部分で応戦をしていた。元々一対一で戦うつもりなどはなく、六之介自身は五樹と協力し、片方を潰すといった戦法を取るつもりでいた。


 しかし、それを妨げたのは執拗なまでの少女の攻撃であった。とにかく離れない。いかなる時でも六之介に近付き、ナイフを振るってくる。疾風を巻き込むことなど微塵も考慮していない狂戦士じみた戦い方である。

 元々連携などとったことがないであろう疾風は、迷わず分断を選択した。ただでさえ狭い通路であり、相手は連携の取れる魔導官が二人、その上、此方の事など考えもしない仲間ともいえない存在がいては、自身の力を発揮できないと踏んだがためである。




「うおおおお!」


 鋭い太刀筋の一撃を防ぎ、左拳で殴る。しかし、それを五樹は難なく躱すと壁を足場にし反動をつけ、殴りつけてくる。常に強化の魔導は発動させているが、攻撃の瞬間のみ出力を増大させ、動きに強弱をつけている。防御には間に合うが、骨の髄まで鈍痛が残る。


 いったん大きく後退する。


 実戦に慣れているだけでなく、それでいて味方の元へ向かわせないように動いている。階級は義将、つまりはまだ魔導官となって二年になるかならないかといったところだろう。実戦において、仲間のことを考慮することは魔導官学校でも教えられる。しかしそれを実際に行える者はそうそう多くはない。

 

「っふ!」


 強化の魔導による人体の限界に迫る瞬間加速。五樹との距離は一瞬で零になる。刀剣の重さでは対応できない速さ。五樹はそれを鞘で防ぐ。それと同時に、籠手から海栗のような棘を形成、それが五樹を四肢を掠めるが、眉間にしわを寄せるだけで硬直はおろか隙すら生じない。


 今度は五樹が後退する。

 内心、小さく舌打ちをする。この籠手は防具、武器としての役割を持つ。そして、付与されている力として、形成魔導の効率化がある。本来であれば多量の魔力を必要とする形成魔導を、その半分の魔力で発動させることが出来る。籠手という極めて短いリーチの武器と侮ったところで不意を突く、それが疾風の戦い方である。

 ただしこれには欠点もある。形成の魔導は、決して迅速なものではない。むしろ強化された反射神経からすれば欠伸が出るほどに遅い。彼はそのことを察している。今後予想されることは、一撃離脱の戦法。


 五樹の視線が疾風から離れた。

 迎いで応戦している側に向かい、小さく口が動いた。聞き取れないが、何か声を発している。


 連絡を取り合っている。この距離であるならば連絡手段は確立できていたが、拳大の通信機を必要となっていたはずである。しかしそれらしきものは見当たらない。魔導機関の技術力に関しては内通者により調べがついている。小型の通信機など存在していないはずだ。

 

 五樹は小さく頷き、放出の魔導を放つ。


 赤熱した魔力の塊を切り裂く。誘導でもなければ、目くらましでもない。何か意図があるとしか思えないほどに短慮が攻撃。


 再度、五樹が呟く。

 疾風は強化の出力を上げ、聴力を増大させる。


「……倒……い武……な……、でも…………かな……」


 ぶつぶつと何かを囁いている。作戦の確認か、報告か。まだ聞き取れない。更に耳を澄ませた。刹那。


「ぐっ!?」


 キィンとした高音が耳から脳を貫く。

 五樹がにやりと笑っている。


 ――謀られた。


 何か会話をしていると、こちらが耳を澄ますように、意味深な動きをし、聴覚を強化するよう誘導していた。五感と言うのは、その全てで均衡を保っている。唐突にそれが一つでも欠ければ、崩壊する。

 平衡感覚が薄れ、膝をつく。


 自身の能力の使い方も、熟知している。どうやら相手を甘く見てはいけないようだ。こちらも本気を出さねばなるまい。


「貰った!」


 この隙を逃すことなく五樹が駆ける。相手は膝をつき、こちらの攻撃に対する準備ができていない。 


 ――獲った。


 衝撃が五樹を襲う。正面から車にはねられたような、重く意識を保つことが困難なほどの大きさ。

 中空を五メートルほど舞い、床に落ちる。


「っぐ、がぁ、はっ……」


 なんだ、何が起こった。異能、違う。魔力の動きはなかった。魔術具、違う。何かを動かした様子もない。だが、この攻撃、痛みには覚えがある。そうだ、これは、二週間前、翆嶺村で受けたものと同一。


「いやはや、見事です。その若さでここまで戦える者はそうそう多くない」


 回復したのか、疾風は大きく腕を広げ演説するように続ける。


「驚いたでしょう? これ、魔力を用いず発動できるんですよ。だから、『我々では気付けない』」


 魔導官は基本以前の第一原則として、魔力を見ている。これは不浄と戦うこと、魔導犯罪者と見えることが主な役割であるためだ。最早意図せずとも、習慣として相手の魔力を、空間の魔力を見てしまう。そしてそれから得た情報を利用しながら戦う。

 それが仇となってしまった。


 見えないのだから、何もしてこないと思ってしまった。一瞬の気の緩みがもたらしたものは大きい。


「ぐ、うう……どういうことだ、これは、あのナメクジの不浄が使っていた力じゃ……」


「ナメクジ……ああ、そうですね、確かにそう見えなくもない」


 知っているのか、この男は。よろよろと壁に手を当て立ち上がる。防御はおろか、受け身すら取れなかったため全身が痛む。


「あれらはね、失敗作なんですよ。我々が有する異能、外から来た超能力、それぞれを掛け合わせた存在を創る上での犠牲です。あ、私は成功ですよ」


「し、失敗作……?」


「はい。大元は住良木村で捕らえた不浄なんですけどね、それから人工的に不浄を作り、限界まで魔力を与えた人間と混ぜたんです。その結果があれです。いやあ、まさかああまで言うことを聞かない存在になるとは。わざわざ殺処分するのも面倒なので、放置ってことになったんですよ。ああ、君たちが駆除してくれたんですね。ありがとうございます」


 にこりと爽やかに笑って見せる。しかし、その内容は看過できるものではない。


「人間、だと? お前、何を言って」


「此世内部で勢力争いがありましてね、教祖である祁答院家を崇拝する人々とそれ以外で。最終的に後者が勝ったんですけど、両者に大勢の重症者が出てしまいました。治療するのもただではありませんし、何よりまた反旗を翻すとも限りませんし、だったら『素材』そして有効活用しようってわけです」


 饒舌、まるで子供が小さな武勇伝を語る様に。そこに一切の悪意はない。ただ純粋に誇っている。

 どこまでが真実なのかは分からない。現状で分かっていることは極僅かであり、早々に決めつけることは危険だと向こうで戦う友は言うだろう。しかし。

 

 この男、否、この連中を野放しにすることは日ノ本にとって大きな災厄となる。


 五樹の中にある正義感が大きく燃え広がった。


「……ここで、倒す……!」




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