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9-8 友

「くそ、ここもか!」


 振動の直後、各階層の窓があった場所に向かう。しかし、いずれも分厚い金属板によって外に出ることははおろか、外の景色すら見えない、日光も入り込まない。薄暗かった室内は完全に闇に包まれてしまっている。外部から分厚い金属板が打ち付けられているといった具合であろうか。偶然地震が起き、崩落したということはあり得まい。明らかな意図を感じる。


 これは完全に自分の能力への対策であると、六之介は察していた。どんな小さな隙間でも、目視が出来ればそこに移動できる能力。それを封じるには不透過性の物質による完全な密室をつくればいい。敵は、瞬間移動能力の汎用性と利便性を十分に把握し、手を打っている。こんなことが出来る人間はこの世界に一人だけだろう。


 一階層から順々に調べていっているが、脱出の行えそうな場所はない。壁を破壊しようと試みたが、如何なる攻撃でもひび一つ入らない。数千年現存していたとは思えない頑強さである。


 こつりこつりと足音が反響する。

 残るは最上階のみ。侵入した場所が開いていれば脱出は可能だろう。しかし、簡単にはいかないことは五樹も分かっているが故に、右手は刀の柄に当てられている。


 階段を上がった先、ぞわりと肌が粟立った。下層とは空気が違う。重く冷たい。不浄と出合った時のようなじっとりと絡みつく、ぬるりとしたものとは違う。貫き、押しつぶすようなもの。これには経験があった。


 人間の、それも戦士が発する気配だ。


 最上階の廊下の向かいに、男女が立っていた。青髪で垂れ目、雰囲気でいうならば飯塚亜矢人総司令に似ている。穏やかな、争い事とは無縁であるような出で立ち。だが、それとは対照的に逞しい四肢。そして両腕に備え付けられた籠手。殴打するための武装とみて良いだろう。


 もう一人。やや小柄であり、身体に纏わりつくような紺色の服、その上から急所を覆うような銀色の装甲。灰色の短髪に鋭い目つき。握っているのはナイフ。


「……稲峰六之介くんだね?」


 男が口を開く。どこか確信めいたものを感じる問いかけに五樹が返す。


「ああ? ちげーよ、俺は篠宮五樹でこいつは田中太郎だ」


 偽名にしてももう少しひねりが欲しい所である。だが、ここで愚直に名を伝えなかった、つまり、五樹は状況を把握できているということである。


「とのことだが?」


「露骨な偽名だ。そんなことも分からないのか、未開人め」


 少女は、嫌悪感を隠そうともせずに男に答える。その視線は六之介にのみ向けられている。小さな唇が動く。


「ふん、久しいな、六号」


 眉間にしわを寄せ、敵意をむき出しにする。五樹の事など眼中にもないといった様子である。


「知り合いか、六之介」


「お前は…………誰だ?」


 六之介は顎に手をあて、うんと唸る。

 記憶力は良い方である。たいていのことはしっかりと記憶している。特に人相などに関しては相当な自負もある。しかし、目の前の少女の姿と名前が浮かび上がってこない。つまり自分にとってこの少女は取るに足らない存在であったということ。


「いや、間違いなく来訪者であることは分かるのだが……うーん、自分は上位層のナンバーズしか記憶していないからな」


「なんばぁず?」


「戦闘能力や有能さで順位付けがされていてな。ナンバーズというのは一桁の連中の事だ。自分はそのナンバーズの連中しか覚えていないから、おそらくはそれ以下の有象無象の雑兵であろうよ」


 ダンと壁を叩く音がした。少女は憤怒を隠す様子もなく、六之介に殺気を放っている。


「あーあー、お前が煽るから」


「事実を言ったまでだ。自分にとって何の価値もないものを覚えているほど暇じゃない」


「さて、ではそろそろよろしいかな? 私の名前は水無瀬疾風。反魔力団体『此世』の人間です」


 深々と優雅にお辞儀をする。演劇じみた優雅な動きであるが、その容姿も相まって絵になっている。


「ご丁寧にどうも。んで、問おうか。お前たちの目的は『稲峰六之介』、つまり自分……否、正確には『超能力』か」


「その通りです」


「お前たちの背後にいるのは、メンゲレである、これも間違いないな」


「はい」


 隠す気はないようである。ニコニコとしながら素直に答える様は、底知れない無気味さがある。


「お前たちの目的はなんだ?」


「おかしなことを聞きますね。僕たちは反魔力団体ですよ? ならばその目的は至極簡単でしょうに」


「……魔導文明の破壊、といった所か」


「野蛮ですね。そこまではしませんよ、ただ、ほんのちょっと魔力から遠のいてもらいたいだけでして。もっとも、私としてはそれはどうでもいいんですが」


「どうでもいい?」


「はい。私は元魔導官候補生なのでね。そこまで魔力を忌み嫌っていません。というより、此世のいう『魔力無き清らかな世界』とかいう理想を小馬鹿にしている節もあります」


「だったら何故そんな組織の中にいる?」


 此世は元宗教団体であると耳にした。しかし、疾風はどうもその信者と言う風ではない。


「殺したい人がいるんですよ。でもその人はどうしようもなく強くて、私では手も足もでない。だから新たな方面から力を獲得しようと思いましてね」


「それが超能力か」


「ええ」 


 戦うべき相手ではないなと直感する。

 戦いに身を落とした人間はごまんと見てきたが、中でも厄介な、とりわけ力を持っていたのが、戦うための確固たる意思を持ち、手段を選ばない人間だ。こういった人間は強い。肉体だけではなく、精神力がずば抜けている。こちらが意図しないような行動を、攻撃を行ってくる。

 水無瀬疾風は間違いなくその類の人間である。柔らかな外面とは裏腹に、薄皮一枚奥ではどろどろと溶岩のような怨嗟が渦巻いている、そんな気配がする。


「さて、じゃあ、一戦交えますか」


「平和的解決は?」


「君が抵抗せずに捕まってくれたらいいですよ? 帰れないと思いますけど」


 だろうなと苦笑する。

 五樹を一瞥すると、何の躊躇もなく抜刀する。覚悟はできているようだった。

 ならば、応えねばなるまい。


 短刀を取り出し、構える。こういった窮屈な通路ならばこれが最適な武器である。


 深く息を吸い込み、全身に力を籠める。魔力をいきわたらせ、爆発させた。


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