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9-6 友

 曇天の広がる重苦しい雰囲気のある日、六之介と五樹は仄からの呼び出しを受けていた。


「緊急任務ですか?」


「ああ、御剣から南方にある楠城という場所だ」


「内容は……『此世』の施設調査ですか」


 配布された資料に目を通す。

 翆嶺村での事件から二週間が経過しており、傷はもう完治している。しかし、苦い記憶はそう簡単には消えない。


「そうだ。ただ、ここは他のものとは違い、ここは旧文明の遺跡に改造したものであるようだ。もちろん、無許可でだ」


 かつて栄えていたという旧文明の遺跡、その価値は計り知れない。

 資料には写真が一枚。遺跡というよりは小さなビルのような印象を受ける。大半は植物に埋め尽くされており、その傍らにほんの少し着飾る様に朱色の蕾を携えた木が植わっている。


「遺跡関連は我々の管轄ですからね。しかもこの立地では、うちに回ってきますか」


 楠城へ最寄りの街は御剣だ。そして他の魔導官の多くは周囲の集落へが出払っており、いま動けるのは他署で駐在している魔導官、もしくは六之介と五樹だけである。


「わっかりました! 篠宮義将、了解であります!」


「……了解です」


 何も考えていなそうな五樹にため息をつきつつ、六之介も続く。

 任務内容も碌に把握していないだろう五樹のサポートに回らねばなるまい。




 楠城は、御剣の南方に存在する小さな町である。何もないというほどではないが、目玉があると言われると首を傾げてしまう。何か工芸品を作り賃金を得ることもなければ、資源が豊富であるというわけでもない。ただ地産地消で、つつましく静かに、ひっそりと存在しているような町だった。

 

 その外れ、もはや町外といっても過言ではない場所に遺跡はあった。今まで発見されていなかったのは、その規模が故である。遺跡とは基本的に街一つほどもある大きなものだが、楠城遺跡は例外的に小さなものであった。加え、生育する無数の高木に隠されていたことが大きい。

 発見できたのは偶然、近辺で発生した山火事による。幸い、小雨のおかげで小火で済み、その際に発見された。しかし、既に『此世』によって発見され、占領されている状態であったという。


「なるほどな、そして今回の任務はその奪還ってわけか」


「お前、本当に理解せずに了承してたのか」


 いやあついと頭を掻く五樹を見ながら、呆れたと眉を寄せる。


「まあいい。しかし、本当にタイミングが悪いな……よりにもよって二人とは……」


 奪還作戦となるのなら、倍は欲しい所だ。しかし、今は頻出期であり、ほぼ毎日のように不浄が確認されている。遺跡も大事だが、それ以上に不浄の存在は危険だ。野放しにすれば目も当てられない程の被害が出る。


「愚痴っててもしょうがねえ。行動あるのみだ」


「そうだな……しかし、それはそうと、なんだこの匂いは」


 悪臭ではない。薬品や香料でもない、強い甘い香りがする。


「ああ、サンジツカだな。ほれ、そこ。秋の花だな」


 五樹の指さす先には、遺跡に寄り添い満開に咲き乱れる朱色の花。山々が赤色に染まる前であるため、その鮮やかな朱は一際目立っていた。


「ふうん、まあいい。で、どうやって動くかだが、そうだな……事前の調査である程度の内部構造は分かっているが……どの程度人がいるかが分からないから……」


 遺跡という事を考慮しなければ、燻してしまうのが手っ取り早いのだが、極力被害は小さくという指示だ。

 決して大きな遺跡ではない。おそらく十人いるかいないかといったところだろう。だが、油断はできない。以前のような謎の不浄がいないとは言えないのだ。


 遺跡からやや離れた位置で作戦を練る。こちらの数は少なく、下手に動けば失敗に終わる。


「……よし、決まった」


「支持を乞うぜ、隊長」


 隊と呼べるほどの人数ではないが、良いだろう。


「まず侵入する前に各部に空いた窓から魔術具『虚』を発動させる。これによって一定の周期で人影が投影されるから、良い混乱材料になるだろう。同時に、自分の能力で遺跡上部より侵入する。理想を言えば、ここで見取り図、あるいは遺跡内の配備図が回収できればいいが……まあ、それはおまけ程度だな。あったら儲けものくらいに考えておいてくれ」


「出入り口は封鎖しておくか?」


「いや、今回の任務は殺戮が目的ではない。あくまで遺跡の奪還だ。だからきちんと逃げ口は作っておかねばならないな」


「ああ、なるほど。上から制圧していき、敵が逃げる様にしていくってことか。でも、こっちに攻撃してくるかもしれんぜ?」


「なに、その時は各個撃破していけばいい。拘束用魔術具は持っているだろう?」


 お互いに十の魔術具を有している。登録した、すなわち、持ち主以外の魔力に触れると発動する型のものだ。不浄相手に使われる物であるため、人間に用いれば脱出は不可能となる。


「さて、じゃあ行くか」


 その場から跳躍した。




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