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9-4 友

 どこまでも澄み渡った秋晴れの下、日差しは水のように澄み、踊るような心地よい風が頬を撫でる。どこかで花でも咲いているのだろうか、ほのかに甘い香りがする。

 第六十六魔導官署の屋上に、六之介達はいた。思い思いの場所で、華也は緑茶を啜りながら、綴歌と五樹は菓子の取り合いをしながら、仄は柵に寄りかかりながら、空を眺めていた。


 職務放棄というわけではない。ただ見据えておかなくてはならないのだ。これから相手にする存在、その根源を。


「ええい、筑紫、食い過ぎだ! 半分は俺だろう!」


「買ってきたのは私ですわ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を華也は微笑みながら、六之介は呆れながら見ている。あれでも社会人である。人々を守る魔導官である。しかも優秀な部類に入る二人である。

 とてもそうは見えないが、能ある鷹は爪を隠すというものなのだろうか。

 

「仕方ねえ、ここはじゃんけんだ」


「のぞむところでしてよ!」 


 二人が構えた。きんとした空気が流れた瞬間、包みの上に置かれていた大福が消える。二人が目を見開く。


「いっただきー」


 能力とはこういう時にこそ使うものだ。六之介が手の上に瞬間移動させた大福を口に放り込むと、二人の悲鳴が木霊した。


「……そろそろか」


 そんな中でも一切動かずにいた仄が腕時計を確認し、ぼそりと呟く。    

 


 圧迫感とでも言えばいいのだろうか。焦燥感にも似ているかもしれない。じりじりと心を押し付けられているような重圧。形容しがたいものがふつふつと込みあがってきた。ほんの少し前まで和気あいあいとしていた雰囲気は、瞬く間に消え去る。


 空を見た。『それ』は鱗雲を飲み込みながら、ゆっくりと姿を現した。

 一見すると、ただの雲である。しかし、それは風向きとは全く異なる動きをし、ぐるぐると円を描くように動き、青空を侵食していく。意思を持っているかのような不気味さがある。


 所々では雷が走るが、それは赤、緑、青と本来ではあり得ない色彩を放つ。

 奇妙な点はまだある。空を覆ってしまうほどの雲量だというのに、全く暗くならないのだ。光量がまるで変化していない。だというのに空は黒い。日光を通しているのか、それとも日光ならぬ雲光を放っているのか。それは分からない。


 六之介はただ唖然としながら、その雲を口を開けてみていた。


「これが……『神域』」


「はい、そうです。これが二年に一度日ノ本全土を覆う超高密度効子集合領域『神域』です。全ての魔力の起源、そして、我々の敵、不浄の根源です」


 名前は知っていた。その姿は幾度となく写真で目にした。しかし、実物の存在感たるや。たかが雲だと嘲笑っていた自分を恥じる。神の名を有することも十分に頷ける。

 

 神域はゆっくりと広がる様に移動しつづける。 


「これって、いつまで存在してるの?」」


「一カ月から二カ月と言われていますね。だいたい十一月までとされています」


「ふうん。明るいことは明るいけど、こんな空の色じゃ気が滅入りそうだね」


 鉛色の空がどこまでも広がっている。先ほどまでの爽やかな青が恋しい。


「この時期は青色の布地が良く売れるそうですよ。天井に張ったり、暖簾にしたり。松雲寮でもやりましょうか」


 空を奪われるがため、偽りの青でそれを補う。


「ディストピア感あるなあ」


「ぢす……?」


「そのうち教えるよ」


 あまり汎用性のある英単語ではないけれど。


「さて、お前たち、神域の姿は目に焼き付けたな。これからおよそ二か月間、不浄が大量発生する時期となる」


 皆の視線が仄に集まる。

 そう、今からが本番だ。今までとは文字通り桁違いの数の不浄が現れる時期となる。


「言うまでもないが、もっとも魔導官が殉職する時期でもある。月並みではあるが、諸君、死ぬのではないぞ」


 頻出期における魔導官の殉職率は、それ以外の時期の十倍にもなる。

 あんなわけのわからない存在に殺されるなど御免被る。なんとしてでも生を勝ち取らなければならない。


 思い出したいわけはないが、前の世界で培った経験を全力で活かすこと。それが生きるための道だろう。


 知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。




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