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9-3 友

 ただでは済まさないと言うことは初めから分かっていた。だからこそ、語らせた。充分に時間はあった。

 身体能力で勝る相手と戦うことに必須なのは、いかに意表を突くか。特に異能。これは限界まで隠し通すことが最良である。


 懐から冊子を取り出し、留め具を外す。同時に異能を発動させる。

 ゆらりと冊子の姿が揺れると、一つが二つに、二つが四つに、倍々に増加していく。


 『分身』という異能だった。魔力によって光を屈折させ虚像を作る『幻影』の異能とは一線を画し、文字通り、質量を持った分身を作り出す能力。とはいえ完全な人間ではない。思考は持たず、一定の動作のみを行なう。不浄と戦う上では囮か壁にしか扱えないと取れるが、それはこの能力の一端に過ぎない。その本領は、『同じ外観のものを作る』という点にある。


 隆一がその手に持っていた十六冊の冊子の一部を放る。留め具のなくなったそれはひらひらと花弁のように舞い落ちる。同時に発動する。


「へえ」


 蜘蛛の巣のように、無数に形成された柱が上下左右、縦横無尽に室内を走り巡る。立体的な蜘蛛の巣とでもいえばいいだろうか。そしてその内部には、冊子の頁が内包されている。


「これは出来るだけ使いたくないんだ。なんせ、これだけの魔術式を書くのはさすがの私でも堪えるからね」


 すべてに魔術式が描かれており、隆一以外の人間が触れた瞬間発動するように設定されている。頁数は七十、そして、分身の効果によりそれが十六冊分、つまり、一千百二十もの魔術がこの空間に存在している。魔術地雷とでも称するべきだろう。


「こんな異能をお持ちでしたか」


「極力人には見せないのでね」


 時也が最寄りの頁に触れると、バネ仕掛けの玩具が箱から飛び出すように棘が形成される。人間を穿つくらいならば容易にこなせる威力である。

 残り一千百十九。膨大な数である上に、種類は六十九ある。とてもではないが、一つずつ処理をしている気にはなれない。 


「先輩は僕の異能はご存知でしたか?」


「ああ、知っているとも。『身体強化』、極めて簡素なものだが、その分、上昇率が異常だったな。山猫の不浄、乱爪だったか、撃破したときに見せてもらったよ」


「しっかり覚えてくれているんですね。嬉しいです」


 双刃を構え、姿勢を落とす。ぼんやりとした青い光が時也を覆う。


「待て、貴様、まさか」


「……行きます」


 直線では、最短距離では隆一の元にはたどり着けない。まずは左上に跳ぶ。形成された柱に足をかけると、術式が起動した。真っ直ぐに時也を狙うように式を組み上げた赤の放出魔導が四方に放たれる。人間の反射速度を遥かに上回るそれをいともたやすく躱す。 

 術式が連動する。放出された魔力を感知し、半透明の膜が張り巡らされた。蚊帳に近い形状で時也を覆うと、中央に向かって圧縮が始まる。それを十字に振るわれた双刃が切り裂き、同時に上下左右に設置された刺突する槍を形成する頁に魔力を当て、誤作動を誘発させる。


 その動きに、冷や汗が流れた。この設置された術式は不浄であっても対応できるようになっている。人外の能力を持つ怪物を屠る、知覚の限界を超えた連続の魔術式の集合体だ。異能によって身体機能を強化しても、これほどまでにあっけなく破る事ができる代物ではない。


 何故躱すことが出来た。何故破ることが出来た。


 時也の周囲に十五本の縄が形成される。不浄を捕縛するための物であり、容易に切断はできない。触れれそこから分岐が始まり雁字搦めとなる。それを大きく跳躍し、躱す。

 その動きで察する。


 今の動きは明らかに異常だ。形成された縄を避けて通ると、こちらに向かうまで明らかに遠回りとなり、更なる数の術式を攻略しなければならなくなる。多少でも迅速かつ最短でこちらを目指すのならば、縄の場所を通過するしかない。そうなるように作ってある。


 だが、時也はそれをしなかった。罠だと察した、としても勘が良すぎる。


「朱石時也、貴様……」


「『読んで』はいませんよ。『見ている』んです」


 発言を先読みされた。となれば間違いない。


「『未来予知』の異能か。しかし……」


 異能は魔力によって起こる現象。発動すれば魔力を消費し、それは魔導官であれば視認できる。


 それがない。 


「異能ではありませんからね。『さい』とか『ぴーえすあい』と、『超能力』とか言うそうですよ」


 術式ごと柱を切断し、隆一の前に降り立つ。


「超能力……だと?」


「ええ、異能とは別の能力です。面白いですよね、だって発動が分からないんですから。なんでも見ただけで相手の首をねじ切る能力なんてのもあるんですよ」


 ゆっくりと歩み寄ってくる。

 逃げるにしても異能を用いられれば逃げることはかなわない。意表を突くとしても未来予知されてはどうしようもない。


「……ちっ、本当に優秀だな。なすすべ無し、か」 


 諦念を口にする。しかし、目はそうではない。


「……とか言いながら、術式発動させようとするのやめてください。結構疲れるんですから」


 一切の躊躇なく右腕が振るわれる。魔導によって形成された刃はその形状を自在に変えることが出来、隆一の左手を穿ち、そのまま振るう。


「がっ、ぐ……!」


 肘から下が転がり落ち、握り締めていた頁が血で滲む。漂っていた鉄の香りがより濃く、生々しく広がる。 

 

「それにしても、どうしてここへくるのが貴方だったんですかね……」


 うずくまる隆一を見下ろす。表情は読めないが、その口調はどこか苦しんでいる、あるいは悲しんでいる様に聞こえる。


「貴方は嫌いではないんですよ。なんせ努力して登りつめた人間ですから。僕と同じです」


 その言葉に大した意図はなかったのだろう。何気なく思っていたことを、ほんの一部うわべに浮かぶ思いを外に出しただけの物。だが、それは隆一にとって看過できない物であった。

 両膝をつきながら、老いのうかがえる顔に怒りが浮かぶ。


「ふ、っざけるな……貴様のようなものと同類にされてたまるか!」


 小太刀を振るう。が、蹴り飛ばされ、長年連れ添ってきた得物は闇の奥へと消える。


「……私は、努力してきた。苦渋を呑み、もがきながら、血反吐を吐くような思いをしてここまで来た……しかし、それは誰か巻き込みも、苦しめてもいない。私が、私のために、私だけを追い込み歩んできた道だ! それは、人々を手に掛けた貴様が歩んだものとは異な……が、う……」


 ジワリとした熱が腹部から広がり、それは一瞬だけ灼熱を発したと思えば、氷のように冷たくなっていく。

 上下の感覚が、平衡感覚が消えていく。思考がぼやける。魔導という選択肢が浮かび上がるが、それを選ぶ力すらなくなっていく。


 飛沫、硬質的な感触が頬から伝わってきた。

 ああ、倒れたのかと、他人事で考えている自分がいる。薄れゆく意識で、ぼやける視界に浮かぶのは、仄かに輝く金色の三日月だった。



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