8-17 来訪者
「六之介! 大丈夫か!?」
目の前に五樹が立ち、刀で何かを防いでいた。いわゆる、鍔迫り合いに近い恰好である。
だがそれは刀同士の衝突で起こるもの。
「……なんだと?」
それは不浄の亡骸から、生えていた。触手と見まごう、異様に長い二本の『腕』。息絶えていたはずの不浄がゆっくりと立ち上がる。背中から腕は生えている。全長五メートルはあるであろうか。腕と先端の手をうまく用いて、本体を押しとどめている丸太をどかしていく。頼りないとすら思える細腕だといのに、その力は凄まじい。
五樹から腕が離れる。
「嘘だろ、なんでまだ生きてるんだ。今までのは……」
「……ああ、そうか。くっそ、やられた」
「六之介、大丈夫か?」
直撃していれば、今頃は肋骨は砕け、臓器がずたずたにされていただろう。考えるだけでも恐ろしい。
五樹の反応速度に感謝せざるを得ない。
「何か分かったのか?」
「あいつ、目を撃たれただろう? たったそれだけなのに一日近く現れなかったのはおかしいと思わないか?」
不浄の再生能力をもってすれば、眼球など五分としないで再生できるだろう。だというのに、この不浄は一度逃げた。あの時は状況が状況であったため、ありがたく思ったが冷静に考えれば、異様な行動だと分かる。
「甲殻を作る為だったとか」
「それもあるだろうな。だが、違う。本命は……脳を回収していたんだ」
不浄を睨みつける。
「脳って……いったいどこから……!」
眼を大きく見開く。
「施設で、倒したやつらのか!」
「そういうことだろうな……」
本来他者の脳を取り込み、予備にするなどあり得ない。不可能だ。だが、それすらを成し得たとしか考えられない。
「ということは、もう一戦かよ……」
「先ほどのようにはいかんぞ。あいつ、近接も出来るようになっている」
衝撃波による一撃に、あの二本の腕による物理攻撃。衝撃波は発生から回避するまでに時間の猶予があったが、あの腕ではそれがない。加え、直撃すれば致命傷になるだろう。
「華也ちゃんと綴歌ちゃんは、大至急避難の準備を!」
「え!? ですが……」
「君らは今足手まといだ。助けながら戦う余裕はない」
華也が俯く。厳しい言い方になってしまうが、そうでもしなければ彼女は引くまい。
「それに、万が一がある。民間人を守ることも仕事でしょ?」
「大変不満ですが、分かりましたわ。避難経路は?」
「今の壕から一山超えた所の洞窟を壕にしてある。近場の物と比べると質は落ちるけど、逃げ隠れは出来るはずだ。ばあちゃんも知っているはずだし……あとイスミ!」
未だに機を伺っているであろうイスミにも伝えねばならない。
「不浄はここで引き付けるが、そちらに向かう可能性がないとは言い切れない。男衆に武装させておいてくれ!」
任せろと言わんばかりに銃声が一つ。
「……わかりました。ご武運を!」
顔を見合わせ、立ち去っていく二人の背を見送る。それ同時に不浄は自身を押さえつけていた丸太から抜け出す。
見れば見る程異様な姿だ。本来のナメクジの触覚にあたる部分から二本の腕が伸びている。先端は人間の手のように五本の指まで備わっていた。ねちゃりと体液を滴らせ、こちらをじっと見ている。
まずはこの二人、といったところだろうか。
「さーて、どうする?」
もう隠し玉はない。武器として用いることが出来そうなものもない。あるのは己の肉体と、心もとない程度の魔導兵装のみ。
「脳の位置は……左前面か。左右対称にあったわけだな」
場所が分かってもそこにたどり着けなくては意味がない。あの長い腕の反応速度をもってすれば、こちらの攻撃よりも速く薙ぎ払ってくるだろう。
「篠宮は何ができる?」
「む、難しい質問してくるなあ……うぅむ、そうだな、牽制と斬る事かな」
自分の知っている部分だけであるようだ。
「あの腕を二本同時には斬れないか?」
「無理だろうな。中途半端な高さにあるから踏ん張りが利かない。腕力だけの一太刀になっちまう」
「片方だけはどうだ?」
「……三度四度斬れれば間違いなく」
「よし、じゃあお前は左腕をやれ。自分は右をやる。それと一つ約束だが、何があってもこちらに手出しは不要だ。いいな、『何があっても』だ」
繰り返し言い聞かせると、どこか納得のいかないような、不穏を感じているような顔を浮かべるが、小さく頷いた。
「――――ッ!!」
開戦を告げる様に、不浄の言葉にならない咆哮が翆嶺村に響き渡った。




