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8-16 来訪者


 どれほどの時間が経ち、どれほどの攻撃を受けただろうか。

 直撃こそは免れているが、どこに痛みがないのか分からない。全身のいたる所から鈍い痛みが広がっている。六之介と五樹は肩で大きく呼吸をしながら、ひたすら誘導をしつつ応戦していた。


 不浄と遭遇したのは、八坂の東側であり、櫓があるのは西側であった。見事に正反対であったが、漸くその根元にまでたどり着いた。村を縦断した形となる。


「よ、ようやくか……」


 五樹の頬は血と泥と煤で汚れきっている。もはや本来の肌の色すら分からない程である。


「もうひと踏ん張りだ……」


 六之介も同様である。血でも吐き出してしまいそうなほど、荒々しい呼吸を繰り返している。

 場所を確認する。そして作戦を頭の中でもう一度思い描き、声を上げた。


「綴歌ちゃん!」


「承りましてよ!」


 返事に間髪は無い。

 櫓の隣にある農具倉庫の扉が勢いよく開かれ、赤髪の少女が躍り出る。 


 筑紫綴歌の異能は、一定範囲内の生物の知覚を妨害し、時間停止を錯覚させるものだ。基本的にその対象は、本人を除く範囲内の生物全てであるが、ある条件によってそれを解除、無効化できる。それは、彼女の魔力を受け取る、つまりは彼女に触れられるということであった。


 発動と同時に六之介と五樹の肩を叩き、時間停止を解除する。


「五樹! 能力全開でいけ! この櫓を倒すぞ!」


「た、倒す? ええい、分かった、やってやるさ!」


 綴歌の異能は一度には五秒ほどしか継続しない。しかし、戦闘において五秒と言う時間は大きい。

 五樹が振動の異能によって、櫓を支える支柱を切り裂く。そしてそのまま跳躍し、一か所、二か所と深く切れ込みを入れる。


「これでいいか?」


「ああ、ばっちりだ」


 一度目の能力が切れる。間髪を置かずに、綴歌は二度目の能力を発動し、櫓の裏へと回り込み、旋棍型魔導兵装『吹雪』を取り出す。入れ替わる様に、農具倉庫に隠れていた華也が現れ不浄の甲殻に触れる。


「華也ちゃん、全力で!」


「わかりました!」


 一気に魔力を流し込み、不浄の甲殻を温度を上げていく。一か所から少しずづ伝播していく。冷ますことなら早いが、熱することは時間がかかる。しかし、こうやって触れていることが出来るのならば。

 ぷすぷすと煙が上がり始める。


 時間が動き出す。


「――――――!? ―――――ッッ!!」


 遮られていた感覚が取り戻され、全身を走る灼熱に身もだえしだす。金切り声を上げ、大きく身を揺すり、地面にこすりつけ、体液をまき散らす。こちらの存在を気に掛ける余裕すらない。

 巻き込まれぬよう、華也は一瞬離れ、草影に身を隠す。


 その隙を逃すわけはない。


 綴歌は吹雪を大きく振りかぶると、赤色の魔術式が浮かび上がる。吹雪に付与されている能力は奇しくも不浄と同じ、衝撃波。本来は人一人を吹き飛ばす程度であるが、それは魔力量に依存する。異能を行使しつつ、魔力を溜め続けていた。それを全力で櫓にぶつける。

 巨大な槌を叩き付けたような衝撃音と共に、周囲を漂っていた煙が吹き飛ぶ。大気が大きく揺さぶられ、骨の髄まで痺れが広がる。 


 無数の切れ目が入ったそれは、ゆっくりと確実に傾く。


 木々が擦れる高音、丸太が地面を叩く低音が混ざりあい、軋みあい、真っ直ぐに不浄めがけて崩れる。釘などをほぼ使わず、蔓によって組まれている為、傾きが大きくなるにつれて分解される。


 数多の形状の木々が礫とように降り注ぎ、不浄を押しつぶす。


「よっし、これで!」


「いや、まだ途中だ!」


 もうもうと立ち込める土煙の中、華也は動いていた。丸太に押しつぶされても尚、存命している不浄に近づく。

 六之介から受けた指示を反復する。


 『敵の視野から離れて加熱する。そして、限界まで上がったら一気に冷ます』


 再度触れ、魔力を流し込む。

 華也の異能は、およそ百三十度から零下十度まで温度を変化させることが出来るというもの。不浄か身体から煙が上がっていく。既に百度は超えているだろう。まっとうな生物であればとうに息絶えているが、その気配はない。それどころか、自身を押しつぶしている丸太を押しどかし、攻撃を加えようという意思すら感じられる。


 魔力の流れが、停滞し始める。これは温度がこれ以上上がらないという合図である。深追いはしない。上げるのは時間がかかっても、下げるのは一瞬だ。


 不浄の魔力を吐き出させる。魔力によって生じていた熱が急速に落ちていく。

 蒸気すら立ち上っていた身体が、一瞬にして冷め、霜すら生えてくる。そして、もがくと同時に甲殻に亀裂が生じていく。


 加熱によった膨張した甲殻が、急激に冷やされることで収縮。立体構造が脆くなっていた。強靭な甲殻はそこにはなく、土塊にも劣る外殻を纏っているに過ぎない。


「でやあああ!」


 綴歌は既に動いていた。吹雪を振るい、三度、四度と衝撃波を叩きこむ。ひびが大きく広がり、ぼろぼろと崩れている。

 その有様を見た五樹も抜刀、駆け出す。


「よっしゃ、とっとと終わらせてやらぁ!」


 五樹が大きく薙ぎ払う。鋼のような硬度を誇っていたそれは痛々しいほどに崩れ、ナメクジの皮膚が露出する。六之介は瞬き一つせず、観察する。微妙な凹凸、筋肉の動き、骨格、それらから脳の位置を推測し、決定する。


「……篠宮、右前方!」


 そこだけ骨格が分厚い。そして筋肉の動きが少なった。

 柄を強く握り、強化の魔導、及び、異能を発動。高速で振動する刃が深く突き刺さる。表皮、血管、神経、筋肉、脂肪、骨を断つ。


 ざん、と音がした。一瞬遅れて肉塊が零れ落ちる。同時に不浄も身体を震わせ、そのまま力なく潰れていく。二度三度と痙攣をするが、ついにはピクリとも動かなくなった。


「……やりまして?」


「どう、なんでしょう?」


 華也と綴歌はおっかなびっくりと言った具合に不浄から距離を置いている。一度攻撃を受けた経験が警戒を促している。

 一方で六之介と五樹は、ぺたんと腰を落とした。


「……終わったか」


「……つ、疲れたぁ」


 脳に当たる部分を切り落とせば、行動しなくなることは分かっていた。

 緊張が一気に解ける。まさかこれほどの長期戦になるとは思ってもおらず、疲労の色が濃かった。 

 

 その二人の様を見て、女性陣もほっと胸をなでおろした。


 比較的容易な任務であると高を括っていたが、蓋を開けてみると骨の折れる任務だった。奇妙な力を持った複数の敵、戦闘員の不足、戦闘に不向きな環境。死者が出なかったことが不思議な程である。


 犠牲者は出さなかったが、物的損害は大きい。櫓を始め、弓を設置する上で壁を崩した家もある。不浄の攻撃で半壊した蔵もある。それら全て報告書に纏めなければならない。考えるだけで気が重くなる。

 ふうと小さくため息をついた。


 ―――――その時、視界の隅で何かが動いた。




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