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8-10 来訪者

 衝撃が二人を襲ったのは、階段を昇りつめた時と同時であった。地震にしてはあまりにも突発的だ。間髪を置かず、二度、三度と連なり、この振動が人為的なものであると察するのに時間はかからなかった。


 五樹が速度を上げる。強化を発動させながら跳ねる様に施設内を移動する。その背中で六之介が周囲を観察する。先ほど、集合場所に選択した区域、もう約束に時間は過ぎているのにもかかわらず、二人の同僚の姿はない。


「篠宮、二人がいない」


「戦ってる可能性ありってこったな!」


 四度目の振動と共に、天井に亀裂が入り、崩れ落ちる。瓦礫と埃の中に青と赤が一瞬見えた。


「華也ちゃん!」


「筑紫、無事か!」


 武器を構えたまま着地した二人の頬には汗が浮かんでいる。


「お二方、無事でしたか!」


「えっと、六之介様はどうして背負われて?」


「こっちもちょっと戦いがあってね。怪我はしていないけど動けない」


「そうでしたか、では、お下がりなっていてください。この敵は、厄介です!」


 天井を砕きながら、敵は現れた。先ほどまで戦っていたナメクジと酷似した姿。ただ、異なる点が一つ。その頭部と思われる部位に、埋もれる様に備わった一対の目玉。左右が別々に動き回る様は気味が悪い。それらが一点を凝視する。眼前にいる四人の魔導官をしっかりと捉えた。


「敵の能力は?」


「詳細は不明ですが……っ! 二人とも動いてください!」


 華也の言葉に五樹が動く。一瞬遅れて五樹のいた場所に巨大なクレーターが生じる。まるで見えない槌を叩き付けたような一撃であり、直撃していたらと、背筋が凍る。


「さっきからの地震の正体はこれか!」


「それはそうと奇妙だ。なんなんだ、こいつらは。どうして、こうまで同じ姿をしている?」


 不浄化するベースが同じであったとしても、それは似ても似つかないものに変異する。六之介が初めて戦った不浄は、四足歩行の『鵺』であったがその元の生物は『蛇』である。以前目を通した資料によれば、三又の首を持つ大形の鳥のようになった『蛇』もいるという。不浄化に規則性はない。

 ここまで似通った不浄化は、異常だ。


「さあな! とにかくだ、今はこいつを倒すぞ!」


「そうしたいのですが、いくら攻撃しても再生してしまいまして……!」


 目に映らない力の奔流を躱す。周囲を漂う微細な粉塵、その乱れがなければ回避することは不可能だろう。


「六之介!」


「観察はしている……背中、と言ってもいいのかどうか分からないが、その中央だ」


 一度こなせば、二度目は容易い。おそらく指示した場所に脳がある。


「分かりました! そこを突きます!」


 陽炎を構え、異能を発動させる。刃が赤熱する。強化の魔導により、身体能力を著しく向上させ、文字通り、目にもとまらぬ速さで不浄の背後へと回り込む。右足で石造りの床を思い切り踏みしめ、加速する。放たれた矢のように真っすぐに、背部中央を穿つ。

 刃は何の抵抗すらないように、深く突き刺さる。ただ突くだけではなく、内部から組織を焼尽くす。ぶすぶすと黒煙が昇り、不浄が悲鳴を上げる。なんともいえぬ不快臭が立ち込み始めると、敵の筋肉から力が抜け、重力に引かれる様に潰れていく。

 確かな手ごたえを感じ、陽炎を引き抜き、距離を置く。不浄の生命力を考えれば、当然の行動と言える。


「活動停止、でしょうか?」


「……だね。篠宮、念のため首を」


 脳を焼かれて生存しているとは思えないが、念には念を入れておく。


「わかった。ちょっと降ろすぜ」


 六之介は五樹の背から離れると、よたよたと覚束ない足取りで壁に寄りかかる。立てない程ではないが、その疲労の色は濃い。

 五樹は金剛を抜刀し、振り下ろす。抵抗なく、分断される。


「これで任務完了、じゃないのか。この施設について調べないと」


「あ、その件なのですけれど、実は資料のようなものを見つけまして」


 華也が胸元から冊子を取り出そうとした――――瞬間。視界の外れで、粉塵が巻き上がった。

 そして、その一撃は華也を直撃し、彼女を壁面にまで吹き飛ばす。


「……っか、はっ……!?」


「華也さ……ぐぅっ!」


 今度は、上部からの叩き付け。綴歌が押しつぶされる。その威力で意識を失ったのか、ぴくりとも動かない。

 真っ先に反応したのは六之介であった。


「篠宮! 左奥の通路だ、天井へ思い切り放出しろ!」


「お、おう!」


 加減など一切せずに、赤の魔導を放出する。純粋な魔力の塊は、熱を放ちながら元々ひび割れていた天井を破壊する。同時に六之介は自身の超能力で、華也と綴歌を手元に引き寄せる。消耗しきった状態での超能力の行使は、想像以上に堪える。視界が点滅し、上下左右の感覚が一瞬無くなる。壁に寄りかかっていなければ、そのまま倒れ、起き上がれなくなっていただろう。

 崩れた天井の向こうに、やはりナメクジを連想させるシルエットがあった。


「逃げるぞ!」


「分かった!」


 声を出すこともやっとであり、語尾は震えている。しかし、それでも今は動くべきだと、全身に鞭をうつ。

 華也を背負い、綴歌を五樹が背負う。


「どうする!?」


「とりあえずは、外だ! 二人を治療するにも敵の領域では無理だ!」


 まさか三体目がいるとは思ってもみなかった。似通った不浄が二体であれば、偶然で片付くかもしれない。しかし、三体目となると話は別だ。これは偶然ではない。何かしら、意図がある。

 だが、今はそれに思考を巡らせている余裕はなかった。現状可能な最高速度で二人は施設の外に飛び出す。その後を、巨大な影が追う。

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