8-9 来訪者
五樹が強化の魔導を維持しながら、不浄とぶつかる。敵の動きは鈍いが、例の技、華也の言葉を借りるなら『融合攻撃』がある。一発でも受ければ、当たり所がよくて欠損、悪ければ即死するというあまりにも凶悪な代物である。そのため一瞬たりとも油断はできない。
六之介が五樹に出した指示は、一時たりとも止まるなというものである。融合攻撃は、対象を指定するものではなく、場所を指定するものであると、六之介は察していた。ならば為すべきことは簡単である。
その狙いを定められないようにすることだ。
「はっはぁ! こっちだこっち!」
室内の床、天井、壁を縦横無尽、毬のように跳ねながら傷を与えていく。しかし、それらはいずれも致命傷にはならない。元々の再生能力もあるが、それ以前に、刀を掠めるだけの、腰の入っていない攻撃だ。深手になどなろうはずもない。
六之介は、不浄の動きをじっと観察していた。重たそうな瞼の奥で、眼球がひっきりなしに動いている。再生速度、動き、筋肉、骨格。得られる限りの情報を一つでも多く取り入れる。そして、少しずつ、だが確実に答えを導く。
この不浄の弱点となる部位を、絞り込んでいく。
再生はどこであっても一定速度である。傷の大小は関係なく、三秒で癒える。ただし、出血があるのなら即時で癒えるが、出血に至らぬ程度なら回復は生じない。このことから、再生能力は肉体そのものというより、大部分は血液に依存していると考えられる。
動きに関して、基本的には緩慢であるが、前後左右で若干の違いがある。左側に比べると、右側の方が反応が早く、前部より後部の方が早い。
一見すると、前後左右対称に見えるが、観察してみると違う。左面後部の筋量がやや多く、また肋骨を思わせる骨格がうっすらと見て取れる。
――何かを守っている。
それを感じ取る。
「篠宮! 一発、思いっきりやれ!」
「おうよ!」
着地、疾走。速度を増し、速度を殺さずに全力で振りぬく。刃の根元まで深くつき刺さり、乱暴に振りぬく。今までで最大の悲鳴が上がり、空気が大きく揺れる。そして、動きが止まる。その瞬間を六之介は待っていた。
この敵は異質である。それゆえに、無理にでも迅速に倒さねばならない。
目を見開き、距離と範囲を定める。転移範囲は二百二センチが限界であるが、予想が間違っていないのならば、確実に撃破できる。
異能が魔力を必要とするように、超能力は体力を必要とする。超能力者はまず能力を持ちいる際にどれほどの体力を消耗するかを知り、そして、それを減らしていくことが急務となる。六之介の瞬間移動能力は、空間と自身の入れ替えによるものであり、基本的に体力の消耗は極めて低い。しかし、ある条件が付与するとそれは一変する。それは対象とする空間と対象外の空間をまたぐように固体が存在した場合である。この状態で瞬間移動を発動させると、そこにある物質の一部を抉り取りながらの移動となる。これを応用することで、防御を無視した攻撃が可能となるのだが、その消耗は並大抵ではなく、発動後、自身が動けなくなってしまう。
強力であることは間違いない。故にそれ相応のリスクがある。戦闘中に動けなくなること程、恐ろしいことはない。しかし、今はそれでも。
空間を直交座標とし、自身を中心にX軸、Y軸、Z軸で目標を捉える。狙うべき場所は、不浄の左側後方。(3,12.2,3)の地点。
――――発動。
それはとても静かな攻撃であった。空間が歪むと同時に、不浄の左面後部が球状に消滅する。その断面は磨かれたように美しい。線維から血管まで、何一つ潰れることなく切り取られていた。初めからその形状であったかのような美しさを保つのはほんの一瞬。ごぽりと音を立て血液が表面を流れ、切り取られた面を皮膚が覆っていく。それは重力に従い、地に崩れ落ちる。
切り取られた部位も同様である。六之介の背後に現れたかとおもえば、操り糸を切られたように、ぼとりと落ちた。
「……っぷはぁ……はあ、はあ……ああ、久しぶりだけど、やるもんじゃないな、これは……おえ」
敵の動きが止まったことを確認した六之介は大きく尻餅をつき、肩で呼吸をしている。その顔は青ざめ、滝のような汗が浮かんでいる。
「大丈夫か?」
「肯定したいところだが、否だな。ほとんどの体力を使ってしまったから、しばらくは動けない」
だからこそ使いたくなかった。当たれば一撃必殺であるが、外れる可能性も極めて高い。完全に外してしまったのなら、いつもの瞬間移動能力と同様だが、一部のみを巻き込んだだけであった場合、敵に微傷を負わせ、こちらは息も絶え絶えという最悪の状況になってしまう。それだけは避けたかった。
「どうしてこの部位を?」
「なに、ここだけ骨格がしっかりしてて、肉が厚かったからな。何かを守っているんじゃないかと」
五樹が刃を入れる。生命活動を終えてもなお、回復力は健在であるようだ。しかし、それを無視するように無理やりこじ開けると、それはあった。
おそらく脳と思われる器官。ただしそれは人間の物と比べると著しく巨大であり、一メートル四方ほどあった。
「結構な光景だな……」
「だな……体調悪いから見たくない。閉じといてくれ」
刀を抜くと、瞬く間に塞がれていく。
「……というわけで、ん」
六之介が両腕を差し出す。子供が親に抱っこをせがむような動きであり、意味も同じである。
「しょーがねーなー、よっと」
言わずとも察する。ひょいを六之介を抱き上げると、そのまま背負う。普段から子供とじゃれているせいもあるのだろう、その動きは手慣れている。
「とりあえず上。華也ちゃんたちと合流」
「わかった……にしてもお前、結構重いな」
「自分が女子ならこの場で首を絞めてやるところだ」
そう五樹の首元に腕を回す。その指先は弱々しく震えている。消耗するとは言っていたが、これほどのものであるとは。背中越しの体温は異常に低く、それでいて心臓は早鐘のように忙しなく動いている。医療に関する知識は疎いが、素人目でも危険な状態であることは分かった。
「発進」
「よっしゃ、篠宮号出るぜー!」




