8-8 来訪者
探索を開始して分かったことはこの施設が地下深くにまで根差すように埋まっていると言うことであった。階段を下り始めておよそ五分、地下五階ほどは下ったであろう。光源は存在しないため、灯を用いて、足元を照らし進む。先頭を行くのは五樹であり、その一歩後ろを六之介が歩く。
曲がり角に差し掛かり度に、五樹が小石を放る。こつんと言う乾いた音が返ってくる。これは足場の確認であった。ここは地下、日の光など存在しない。灯があるとはいえ、光量は心もとなく、通路の詳細な状態が分からない。穴が開いていれば目視でも分かるが、ひび割れ程度であれば見逃す可能性が高い。体重に耐えられるのであれば良いがそうでなかったとしたら、最悪の場合死にいたる可能性がある。
それ故に小石を放り、落下音から状況をある程度推測し進んでいた。
小石を放ろうとした五樹の手がぴたりと止まる。
「六之介」
「ああ、ここが最深部……だが」
階段がここで途切れている。決して広大ではないが、圧迫感を覚えない程度に広さをもつ部屋が現れる。そこは、眩い光に満ちていた。
人工光ではない。確かな自然光が、入り込んでいる。壁の一部が吹き飛び、陽光が差し込んでいる。そしてその光の中、うずくまる様に鎮座する物体があった。
「うっ」
思わず口元を覆う。六之介とて例外ではなく、口元を袖で覆う。
そこにあったのは、腐乱した肉塊であった。先ほど見た異様な物体と同様に、マーブル状に押し固められているが、血を滴らせ、そこに何百という蝿が群がっている。まだ新しいことは明らかであった。
肉塊を避け、壁の一部が吹き飛んだ場所へと向かう。慌てて五樹が後を追う。
「外?」
「みたいだな」
破壊は内部から外部へのものである。そして肉塊から何かが這いずったような跡が残っている。
「ここから、出たのか?」
大穴から広がる光景は、新緑。のどかで穏やかな平和な景色。それが障害物なく見える。
この穴は、絶壁と言っても過言ではない急斜面に存在していた。六之介でもしり込みするような斜角であり、四足歩行の獣であっても無事に麓へ下れるか疑わしい。あの肉塊を産み出した原因はここを下った、あるいは上ったということだろうか。
「……六之介」
「……ああ、分かっている」
なんであるかまでを口にする必要はない。二人で息を殺し、歩幅を合わせて降りてきた階段へ戻る。
二人の歩んだ後に、一滴、粘液が滴る。同時にソレは天井から勢いよく落下した。褐色の粘液が全身を覆っている。手も足も尻尾も、眼も鼻も口もない。一見すると巨大なナメクジを思わせるが、全身を縫う様に走る血管、脈動する筋肉に所々に見られ隆起した骨。だが、異形と断言できるほどの姿ではない。しかし、そうであるからこそ、リアリティを有する不浄がそこにいた。
敵の動きは、強襲、不意打ちであった。気配を押し殺し、生物にとって死角である背部より追い潰すというもの。この場にいたのが民間人であったのなら、今の一撃で瀕死、あるいは即死していただろう。だが。
「気が付かないわけが」
「ねえっつうの!」
不浄の落下地点から離れた場所に二人はいた。同時に抜刀し駆ける。
「篠宮、敵の攻撃方法が分からん」
「おうよ、先手は任せな!」
瞬時に十の弾丸を形成、発射する、同時ではなく、二つずつを時間差で波状攻撃とする。第二波までが不浄の肉を穿つ。声帯がどこにあるのかなど知る由もないが、紫色の血液をまき散らし、金切り声が上がる。
第三、第四波が迫る。粘着質な音と共に、不浄が頭部――と思われる部位――をゆっくりと動かす。瞬間、それが生じた。弾丸の軌道が不自然に揺れ、吸い寄せられるように一点に集まる。そして、まるで見えない手に押しつぶされたように球状へ圧縮される。
「こいつが元凶か!」
上で見た、そしてこの部屋の中央に転がっている肉塊を作り上げた存在。その能力。物質を一点に集中させる、あるいは押しつぶす能力。
不浄が六之介の方を向く。目はない。感情を感じさせる外見上の特徴はない。しかし、六之介はそれが笑ったように感じた。ぞっと全身の筋肉が硬直する。
「!」
重力の向きが変化した、そんな錯覚を受けた。引き寄せられるという生易しいものではない。有無を言わさぬ、暴力的で、醜悪な力の奔流。捉えられれば、逃れる術はないと咄嗟に理解する。
「くっ!」
瞬間移動能力を発動させ、それを振り切る。場所を考えている余裕はない。とにかく逃れなくてはならない。足場の考慮すらできなかったため、中途半端な中空へ。そのまま無様に落ち、背部を強く打打ち、呼吸が止まる。
「六之介! てめえ!」
五樹が金剛を振りかぶり、不浄を切りつける。異能により超音波カッターと化した刃は、不浄の表皮を抉り取る。
「―――ッ、――――――ッ!」
耳障りな金切り声が木霊する。不浄は五樹を払いのけるが、それを刀で防ぎ、もう一太刀を叩きこむ。流れるような太刀筋は深い十字を創傷する。紫をまき散らし、見苦しく這いずり、五樹から距離を置く。
間髪を置かずに攻め入る、ということはない。異形なる存在に深入りは禁物であるということを知っている。五樹も不浄と同様にその場を離れ、六之介に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「げほっ、背中を打っただけだ、問題、ない……それよりも篠宮、あれを見ろ」
指さすのは、不浄。そして、今しがた負った傷がみるみる再生していく。
「チッ、甲殻やら毛皮やらがねえからあるいはと思ってたが……治りが早え」
「弱点……首がどこかも分からんな……」
首を落とせば不浄を殺すことは出来る。しかし、それがどこであるのか分からない。加え、大型車ほどもある体躯、五樹であっても簡単には切断できないだろう。
「鏡美と筑紫に合流……くそ、場所が悪いな。倒すしかねえってか」
不浄は階段を背負うような位置にいる。通路は一つしかないため、別の道を進むということもできない。
「……篠宮、この後、いざというとき一人で戦うことが出来るか?」
「え、なんでだ? まさかお前、特攻とか」
「するわけないだろ! 頭の悪い表現だが、『必殺技』を使う。ただ、これを使うと、しばらく能力が使えなくなるんだ。自分の戦い方は瞬間移動能力に大きく依存している。だから」
「なるほど。とりあえず、この場をなんとかすることが出来るんだな?」
絶対とは言い切れない。しかし、確実な大ダメージを与えることは出来る。
六之介は力強く頷いて見せた。




