8-7 来訪者
「ここ、か?」
五樹が不安そうに六之介へ視線を送る。
眼前になるのは、蔦に覆われ、廃墟と勘違いされてもいないような建物だった。第一印象は、箱である。鬱蒼とした緑に覆われているが、几帳面に計算され、寸分たりとも狂いのない立方体が、そのままの自然が残る山中にあるという光景はどこか非現実的である。
「そう、じゃない? 合ってる?」
隣にいる華也に、六之介が問い掛ける。彼女は慌てて指令書を懐から取り出すと、記載された写真と立方体を見比べる。
「だと思いますけれど……綴歌さんはどう思います?」
「どうと言われましても……」
やや自信無さげに言葉尻を濁す。
司令部から命令書が来たのは先日のことであった。内容は、双葉山中にて発見された『此世』の施設の調査、および、その付近で目撃情報がある不浄の撃破である。人員が豊富ではない第六十六魔導官署は基本的に、一つの任務は二人一組で担当する。今回は二つの任務が同時であるため、四人が現地へと赴いている。
今までの任務は、依頼者兼案内者が存在していたが、此度のものはそうではない。全国に存在する観測員からの通達によって生じている案件であるため、指令書にある情報を頼りに現地にたどり着かなければならない。都市や町村であればなんてことはないのだが、生憎の山中、それも誰一人土地勘のない場所であるが故に、その足取りはおそろしく悪かった。
「ちょっと拝借……うーん、アングル的にもここでいいんじゃないかな。それにほら、露骨に怪しい建物って感じだし。不浄も出てるんでしょ? 周辺の魔力に変化は?」
「魔力は……そんなにおかしくはねえな。でもなんだろ、これ。なんか違和感が」
「……静かですわね。不自然に」
「ですね。野生動物の気配がありません」
鳥のさえずりも人間の動きから逃れる小動物も、一切が見当たらない。時折、羽虫が頬をかすめる程度である。
野生動物の危険察知能力は、人間のそれを遥かに凌駕する。おそらく、『何か』がいるということだろう。
誰かが指示を出すまでもなく、各々が武装を確認する。華也は手甲型魔導兵装『陽炎』の刃の装着し、綴歌は旋棍型魔導兵装『吹雪』に魔力を付与させる。五樹は日本刀型魔導兵装『金剛』に手をかける。柄には八坂からの土産として渡された効子結晶が揺れる。
六之介は苦無型魔導兵装『雪風』を装備する。これは一見するとただの苦無であるのだが、全くの別物である。あえて言うなら、榴弾が近い。剣身と握りで分離が出来る様になっており、内部には爆薬が含まれている。爆薬は剣身と握りが分離することで起爆する。これによって、不浄に刃を突き刺し、離脱、内部より爆発させることでダメージを与えるためのものだ。
しかし、使用するとしてはもあまりにも危険、加え、苦無にしては重量の均等が取れておらず投擲すらできないという不良品であったため、廃棄が決定されていた。それを六之介が大量に仕入れたのだ。本来の魔導兵装であれば家一軒建つような費用であるが、廃棄物として処理されるものだったため、十分の一以下の価格で購入が出来た。雪風の欠点は、爆発するまでの間隔があまりにも短く、使用者の退避が間に合わず、負傷するという事故が相次いだためだった。しかし、その点、六之介は問題ない。彼の戦闘様式は、一撃離脱。それも、文字通り、一瞬の離脱である。起爆と同時に距離を置くことが出来るため、巻き込まれる可能性は限りなく低い。加え、六之介自身の不浄に対する攻撃力の低さも十分にカバーできる。欠点を上げるとすれば、常備できる数に限りがあるという点である。爆発物であるが故、乱暴な扱いは出来ず、自作したホルダーに十五本を携えている。
施設内へと足を踏み入れる。まず皆が感じたことは、ここが決して古いものではないという事である。土埃の積もり具合、残留する魔力、廃墟特有の淀んだ空気、そして何よりも決定的であったのが、植物である。双子葉類が可愛らしく芽吹いている大きさは小指の先ほどである。仮にこれが夏に芽吹いたものであれば、大きく成長しているはずである。しかし、これはそうではない。隙間風で大きく揺れ動くほど柔らかい芽は、ごくわずかな時間のみを地表で生きている証だった。
「二週間くらいかね?」
「ですね。いったい何があったんでしょうか……見たところ施設内に異常は……」
「だよね。何で破棄したんだろ……まだ使えそうな施設なんだけどな」
何かしら内部で問題が生じたということであろうか。それても近隣で目撃された不浄から逃げるためであろうか。
奥へと進んでいく。
そして、疑問の答えはすぐに姿を見せた。
「!? おいおいおいおい、なんだよ、こりゃあ」
最深部にある開けた場所、そこは異様な空間であった。
「溶けてる……?」
「いや、これは……『混ざっている』んじゃないかな」
金属と木、硝子と石、それらがマーブル状に捻じ曲げられ一つになっている。壁と一体化しているものもあれば、オブジェのように立っているものもある。六之介が転がっていたそれを手に取る。ずしりとした重さに、数字と針、ひび割れ、砕け、変形した硝子、毛と骨が飛び出している。
「うわ、なんだこりゃ」
五樹が覗き見し、顔をしかめる。
「時計と……鼠かな。たぶん、何かの哺乳類だと思う」
生物ですら対象であるようだ。
室内を観察してみると、クレーター状の穴が無数に開いている、大小はさまざまであるが、いずれもその中心に向かって、物質同士が複雑に混じりあっている。
「なあ、六之介」
「知らんぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ、なんでこんなことになってるんだとか聞こうと思ったんだろう」
「うぐ」
押し黙る五樹にため息を一つ、掌にある生物と無生物の混合物を転がす。
重量は卵より重い程度だろうか。重すぎず、軽すぎず。何がどうなればこうなるのか。このように異なる存在同士が混ざりあうことは本来あり得ない。何かしらの力が外部から加わったと見て間違いないだろが、六之介の知識の中にそんなものは保存されていない。
「……正直、自分が聞きたいくらいだ。なんだこれは、どうすればこうなる」
「いやあ、わからん、さっぱり」
「つかえないな」
「なんだとう!」
「とまあ、篠宮弄りはこれくらいにして。コレが原因なんだろうね」
改めて、周囲のクレーターをぐるりと仰ぎ見る。こんな現象が繰り返し発生しようものなら、逃げ出すことも当然というものだ。
「でしょうね。ですが……そうですね、『融合現象』とでも呼称しましょうか、これが自然発生なのか、何かの機器、あるいは生物によるものなのか、原因を突き止めなければなりませんね」
「自然発生なら、早急にこの場を去りたいものですわね」
「そうだな、こんなのに巻き込まれるとか冗談じゃないぜ。六之介、どうする? まずは何をすべきだ?」
出来ることならば早急に避難をすべきなのだろうが、生憎それが出来る立場ではない。現状出来ることを脳内で整理する。
「……まずは二人一組になって周囲を見て回ろう。出来るだけ何かの証拠になりそうなものを回収してくれ。それと不浄と遭遇する可能性もあるから、その場合は即撤退、合流すること。時間は……そうだね、十五分としようか。集合場所はここ。で、ううむ……班分けは、自分と篠宮、華也ちゃんと綴歌ちゃんで」
「お、俺とか、めずらしいじゃん」
尻尾があれば、ぶんぶんとおおきく振っているのだろう。表情や雰囲気から歓喜が伝わってくる。
「……だってお前、観察眼とか備わってなさそうだし……普通に色々見落としそうなんだもん」




