表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/218

8-6 来訪者

 朝方から始まったのは『頻出期』にむけた支給品の確認と運搬作業であった。作業自体は簡単だ。支給品の入った木箱を開け、内容物を確認、リストアップ、事前に申請していた分以上であれば良しとする。ここ御剣は、多くの降臨現象が予想されるため、基本的には申請よりも多く配給が為される。それは良い。当然の措置であるが、至れり尽くせりで悪い気はしない。しかし、しかしである。


「……ようやく、十箱目ですね……」


 一辺二メールはあろう木箱が、十。これだけでも凄まじい物量だ。だが、もっと恐ろしいことがある。それは、十箱でまだ半分ということだ。

 体力に関しては自身のある五樹ですらも、署内の木陰でぐったりとしている。


「こんなに、多いのは初めてですわ……」


 支給品を記録していた用紙はすでに五枚目に突入している。

 こういう時に署長がいてくれたら運搬も楽なのだろうが、生憎、今日も留守である。副署長は御剣の各部署へ頻出期における相互関係のため、あいさつに回っているため、戻るのは夕方以降になる。つまり、今第六十六魔導官署にいるのはわずか四人であった。


「食べ物と武器関係はあらかた入れ終わったかな?」


 木箱には印が書かれている。武器や医療器具、日用品、食料などに分けられている。食料品には赤い塗料が塗られているが、もうそれは見受けられない。夏は過ぎたとはいえ、時折残暑を感じさせる気候が現れるため、食料を避暑地へ移すことは最優先だった。そして、もう一つ重要なものは、魔導官という職種とは切っても切り離せない武器、すなわち、魔導兵装や魔術具、それらを整備する機材、薬品などだ。これもかなりの重量と数があったが強化の魔導によってようやく運び入れ終わった。


「そうですね。じゃあ次は……」


「残りは生活用品と医療用品だね……分かってはいたけど、結構あるなあ」


「なあ、医療関連の入れたら休憩しねえ? さすがにしんどいぞ、これ」


 医療器具は青の丸印が描かれている。二箱程度である為、これはすぐに終わるだろう。


「……そうだな、生活用品なら多少放っておいても問題ないし」


 入っているのは予備の魔導官服を始めとする衣類や簡単な調理器具などである。急ぐものでもあるまい。

 五樹の提案に、華也と綴歌も首肯する。


「よっしゃ、じゃあもうひと踏ん張りだ、頑張ろうぜ」




「……ねえ、これ休憩なの?」


 倉庫にて、文字通り足の踏み場もないほどに広げられた魔術具、その中で六之介が不満げに口をとがらせる。


「ほら、身体は使いませんし」


 とは言いながらも、ため息の数が最も多い綴歌である。どうもこういった器具を点検は不得手であるようで、手さばきはどこかぎこちない。


 倉庫で行われているのは、運搬したばかりの魔術具などの点検作業である。製造過程で商品としての水準には達しているが、鉄道を用いてもどうしても長期間となる輸送時間で異常が生じてしまっている可能性がある。いざという時に、故障していましたなど、笑うに笑えない。こうした確認作業を怠るわけにはいかなかった。


 作業時間が進むにつれて口数が減っていく。残暑というほどではないが、空調もろくに備わっていない作業であるため、徐々に心労が募る。どんよりとした重たい空気が充満していく中、五樹が口を開いた。


「……なあなあ、唐突なんだけどさ、皆ってなんで魔導官になったんだ?」


 なんの脈絡もない話題であるが、それはさながら清涼剤のような効果を有していた。


「そうですわねえ、私は魔導官というものにこだわりはありませんでしたわ」


 真っ先に口を開いたのは綴歌であった。


「じゃあなんで?」


「私は家柄が家柄なので、望まずとも将来的には人々の上に立つようになります。ですが、それが何の経験もない小娘では不相応と言うもの。ですから……言い方は悪いかもしれませんが、自身への箔付け、ですわね」


 筑紫家は東北地方における名家である。綴歌はその長女であり、跡取りでもある。それ故に、産まれたときから既に将来が定められていた。


「ふうん、半分にレールに乗っかったような人生だね。嫌じゃないの?」


「嫌だなんて思ったことはありませんけど」


「自由に生きたいとかってないの?」


「生きてますわよ、自由に。だから魔導官なんてやっているんですわ。それに、家を継ぐことは私自身で決めたことですしね。まだ道半ばではありますけれど、悪くない生き方だと思ってますわ。六之介さんは?」


 綴歌の顔に迷いはなく、さも当然であるといった口調だった。


「儲かるから」


「うわあ」


 間髪を置かぬ返事に顔をしかめる綴歌と、思わず声をもらす五樹だった。


「なんだよ、いいだろう。自分にやれることで、安定していて、給料がいい。だから魔導官になったとかで。ま、きっかけは華也ちゃんに誘われたからなんだけどね」


 もっとも危険と常に隣りあわせではある。しかし、前の世界での生活と比べれば、信頼できる身内がいる、それだけで天と地ほどの差がある。


「そういえば華也さんがお声をかけたんでしたね。見る目があるやらないやら……」


「む、向いていると思ったんですよぅ!」


 ぱたぱたと手を大きく振っている。


「いや、能力的には向いてると思うが、性格的にはアレだと思うぞ、俺は」


「篠宮、お前、背後には気を付けろよ」


「ほら! こういうこと言う! ほら!」


「ふん、で、そういうお前はなんでだ?」


 この話題を持ちかけた五樹に問う。


「俺は親父が魔導官だったからな。ガキの頃から憧れてたって感じかな。親父はもう引退しちまってるが」


「高齢で、ですの?」


「いや、怪我。左腕がちぎれちまってな。利き手だったもんだから、治療してそのまま引退。今は郊外で道場の経営してるわ」


 両腕を前に突き出し、ぶんとおおきく振るう。


「なるほど、お前の魔導兵装が刀なのは」


「おうよ、親父に剣術を教わってきたからな。あ、魔導兵装も親父から貰ったもんなんだぜ」


 華也や綴歌のものと比べると、やや傷んだ印象を受けた理由はそれであるようだ。だが決して雑に扱われていたり、手入れがされていないというわけではない。持ち主の手に馴染むような、手汗や血が染み込んだような魔導兵装であり、篠宮五樹という人間の手にあるべき存在、そんな印象があった。


「鏡美は? 正直、魔導官とか荒々しい仕事に向いてないように見えるんだが」


 無礼とも取れる発言であるが、六之介にも同様の思いがあった。鏡美華也という人間は、度し難いほど甘く、性根からお人好しである。だからこそ、と取れなくもないが、それでもやはり血生臭さが染み込むような魔導官という職種が似合うと思えなかった。


「あはは、やっぱりそうですかね? 実は家族にも同じようなことを言われてまして。最初は猛反対でしたね」


「でしょうね」


 綴歌の肯定に苦笑する。


「でも、どうしても魔導官になりたかったんですよ。私にはどうしても会いたい人がいまして」


「会いたい人?」


「はい。幼い頃、離れではあったんですけど実家で火事が起こりまして、私、逃げ遅れてしまったんです」


 瞼を降ろし、懐かしむように続ける。


「熱くて苦しくて、怖くて。もう駄目だって思ったんですけれど、その時に私を助け出してくれた人がいるんです。地元に駐在している魔導官かなって後々思ったんですけど、どうやら違うらしくて。それで思い出してみるとですね、その人は黒刺繍だったんです」


 魔導官は階級によって制服の刺繍が変わる。黒刺繍と言うことは。


「学生?」


「はい。推測なのですけど、あの人は臨地実習で近隣にいた魔導官候補生じゃないかって思いまして、でも、個人情報なので外部からはどこに派遣されていたかなどは調べられないんです。だから、魔導官になって調べてみよう、魔導官になってあの人にお礼を言おうって思ったんです」


「それで、見つかったの?」


 首が小さく横に振られる。


「残念ながら、見つかりませんでした。そもそも地元に派遣されていた魔導官候補生すらいなかったんです。でも、見間違いではないんです。間違いなく魔導官服を身に纏った方で、とても……思い出すと泣きたくなってしまうくらい優しい紫色の目をした方だったんです」


「容姿で調べるとか?」


「もうしました。ですが、当時の学校の名簿にも……」


「見つからなかった、と。うーん、なんでだろう」


 魔導官服と類似するものを身に纏っていたという可能性。となると警察官が救出したという可能性はある。しかし、それが分からない程華也はおろかではない。魔導官服を纏っていたということは間違いないのだろう。


「いつか出会えると良いのですけれどね……」


 どこか他人事のように、華也はぽつりとつぶやいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ