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8-4 来訪者

 調査を開始し、三十分が経過した頃。これ以上の活動はこちらの体力が持たないため、部屋を後にする。こじ開けられた風穴には、切り開いた寝袋が四重に張りつけられ、完全にふさいである。そこから少し離れたところで、気密服が燃えている。頭部の硝子も取り外しておらず、まるで中に人間が残っている様に膨れたままである。


「ふう……」


 上下ともに服は汗でびしょ濡れだったため、脱ぎ捨て、鎹の隊員が所持していた予備の服を纏っている。肌着も下着も脱ぎ捨ててあるため、ごわごわとした感触がなんとも不快であるが、背に腹は変えられない。


「どうでした?」


「んー、正直、想像していたよりも危険なものはなかったですね。なんというか、保存庫に近かったというか」


 最小のものは小型の巻貝、最大のものは海洋哺乳類までが標本として保管されていた。ただ六之介が想像していたものは、細菌兵器の類であったため、正直なところ拍子抜けしたということが素直な感想である。


「保存庫ねえ」


 三輪が満より渡された帳を捲る。


「どうです、見たこともない生き物はいますか?」


「んー、俺はそっちの専門家じゃないですからね。だが、目新しいというか、初めて見る形状のものは……うーむ、いませんな。魔導官どのはどうお考えで?」


 ぱたむと音を立て、帳を閉じる。


「そうですね。自分は旧文明が滅びる直前に、既存の動物を標本にしたように思えましたかね。目に見えて危険な生物はいないようでしたし、仮に自分たちが滅びても生き残った人類が遺伝子情報からこれらを復元してくれるように、といった具合でしょうか」


 もっともこれはあくまでも予想だ。旧文明人の真意など分かるはずもない。


「今後の調査もこの遺跡の調査は続けるのですが、あの部屋での原則について、指示を請うてもいいですかい? もちろん謝礼金は出します」


「ええ、構いませんよ」


 防護服などはもう必要ないし、感染の恐れもないだろう。好きにして構わないという一言で済ませてもよいのだが、謝礼金がもらえるのならば引き受けたい。


「三輪さんは、どうしてこの仕事に?」


 ふと思ったことを口にする。こんな危険と不快感を伴う仕事を何故選択したのであろうか。


「そうですなあ……やはり旧文明という存在に浪漫を感じたから、ですかね。それに、実家の近くにね、小さい遺跡があったんですよ。今考えると、保存状態も最悪な上に盗掘され、荒廃しきったものですけどね。ですが、当時の俺にとってあそこは遊び場であり、宝箱みたいなもんでした。何の価値もない石ころを遺跡で拾ったからと、宝石みたいに扱って……まだ実家に置いてあるんですよ」


 嗄れた笑い声が遺跡に響く。


「それが始まりでしょうな。気が付けば遺跡と旧文明のことばかり考えて、中等学校を卒業してすぐに鎹に入りましたよ。もっとも最初の頃は作業服を繕わされたり、飯を作らされたり、部署の掃除をさせられたりで、遺跡に行けるようになるまで五年はかかりました。いやあ、もどかしかった」


「よくやめませんでしたね」


「夢でしたからなあ。まっ、だからこそ今、鎹の長になり、そんな思いをさせないようにしてるんですよ。本人の意思さえあれば誰でも遺跡に行って探索が出来る様にね」


 満がこうやってここにいられるのも、三輪が組織を作り変えたがためということになる。己が苦労をしたのだから、後輩にそうさせないようにする。当たり前のことでも、なかなか難しいことだ。


「いい上司ですね」


「お褒め頂き光栄ですな」


 品無く、にかりとする。その顔は無邪気というべきか、年相応でない子供じみたものであった。 


「ところで、他の男性陣はどこへ?」


「ああ、なんでも厠とかいって向こうに」


「……あっち女性陣が着替えに行った方ですね」


 華也と満は、遺跡の奥で服を着替えに行っている。

 三輪は頭を抱え、小さくあの馬鹿どもめと零す。それと同時に、暗闇の奥で低く、鈍い、殴打されるような音が聞こえてきた。


「……あとできつく言っておきます」


「好きにやっちゃってください」

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