8-2 来訪者
「これは……」
部屋は五十畳ほどの広さがあった。天井も相当高く、六メートル以上はあるだろう。等間隔で並べられた灯が見せる景色は、異様な空間だった。部屋の形状は円柱を円形であり、ぐるりと黒い硝子が張られている。そして所々に回転椅子が無造作に転がっている。
それ以外に物はない。足元に通気口と思われるものがいくつかある程度である為、ここで過ごすこともあったのであろうが、何をしていた場所なのか想像もつかなかった。
一人を除いては。
「コントロールルームかな?」
臆した様子もなく、ガラス面に触れる。叩き、撫で、突く。しかし、応答はない。
大画面自体は死んでいるのかもしれないと、一部、扉から見て左側に分画された硝子面があることに気が付き、手を伸ばしてみる縦に五枚、横に五枚が並んでおり、一つずつ触れてみる。どれほど昔の物かは分からない。そもそも発電環境がまだ生きているのかすら危うく、起動する可能性は著しく低いであろう。
「六之介様、それは?」
「ん、空中投影ディスプレイだと思うよ……あー、そうだな、なんて言えばいいんだろうか」
説明するにも複雑であるし、正直原理などは理解できていない。ただこれら自分の用いていたものによく似ている為、なんとなくそうではないかと思った程度である。
「動けば分かるんだけども……お!」
一つだけ、変化があった。
ぼんやりと画面が発光し始める。六之介の周りに人々が集まり、固唾を呑んで瞬き一つしないでいる。
一瞬の煌めき、そして六之介の前に現れるものは。青い光線が描写され、織物のように複雑に絡んでいく。形作られるのは、万年筆を思わせる建造物──多法塔と呼ばれているものだった。
「!?」
全員が驚愕に固まる。
それは踊る様にぐるりと旋回し、塔の一部分が拡大されていく。ちょうど輪切りにしたような、上部からの断面図、そして一点を異なる彩色の光が照らしている。
「これは案内図かな……ここが赤いところで……歩いてきた通路は……こっちかな」
道程を指でなぞってみる。
立体映像はかなり不安定であるらしく、時折振動するように揺らぐ。いつ切れてもおかしくはないだろう。
「記録しとくならお早めに。これすぐ消えますよ」
満が真っ先に動いた。いつの間にか手にしていた帳を開くと、ものすごい勢いで手を動かす。そして今起こった出来事を文字と絵で記していく。そうしているうちにも立体映像は霞んでいき、ついには消えてしまった。
ああ、という落胆の声が聞こえてくる。
「六之介様、今のは、空中投影ですぷれ……?」
「空中投影ディスプレイ。そうだな、光を一点に集めると強く輝くだろう? 今のはそれを何千何万と集めて、一つの絵を映し出したものなんだよ」
他の機器が生きていれば、それを自由に動かしたりもできるのだが、生憎、描写部分しか生きていなかった様だ。何度かディスプレイに触れてみるが、起動はない。完全に死んでしまったようだ。
「うーん、駄目だね、動かないや」
ここがコントロールルームであるのなら、遺跡のより詳細な内部構造は勿論のこと、施錠されている扉を開錠できたかもしれない。しかし、もはやままならないようだ。
「ねえ、さっきのどのくらい描けた?」
満に問う。びくりと肩を大きく跳ね上げ、おずおずと帳を開く。
荒くはあるが、全体は円形であり、十字型に通路がある。それによって四つに分画にされ、それぞれのエリアに二つの部屋がある。この階層にある部屋は合計で八つであるようだ。五秒にも満たない時間ではあるが、特徴は十二分に描けている。
「ど、どうしょうか?」
「いいんじゃない、いや、大したもんだよ」
縮尺もかなり正確だ。見事と言うほかないだろう。
「魔導官殿、あんたいったい……何者なんだ?」
三輪の言葉は、華也以外の人間の声を代弁していた。
「しがない新人魔導官ですよ。ただ、八坂の遺跡を見せてもらったことがあるだけです。似たようなものがそこにもあったんですよ」
異世界から来ましたなどと宣うつもりはないため、もちろん、でまかせである。だが、皆まで嘘というわけではない。八坂の遺跡を訪れたことは本当である。
鎹の隊員と、華也の動きがぴたりと止まる。と、思いきや、一斉に六之介を取り囲み、声を荒げる。
「八坂の遺跡!? お前さん、八坂遺跡に入ったのか!?」
「我々ですら調査許可の下りていない八坂遺跡に!?」
「確か入れる面々は魔導機関の上層部のみであったはずです!」
「本当ですか、六之介様!?」
「え、あ、はい、まあ……」
思わず後ずさる。あまりの勢いに、圧される。
「ど、どうやって許可が下りたんですか?」
震えたような声は穴井である。
「いや、許可も何も普通に……」
「普通とは何ですか? どうやって、誰に!?」
子供のように小さいが、隆々とした口ひげを蓄えた堀井が詰め寄ってくる。
「あー、瑠璃先生に連れられて」
「他には誰がおられましたか!?」
眼鏡がぶつかりそうな距離まで、満が近付く。
「……えっと、涼風さんとか署長とか、あ、あと総司令」
最後の言葉に、華也が反応する。
「総司令!? 飯塚総司令ですか!?」
「う、うん……そうだけど」
紫髪をした柔和な男性の姿を思い出す。困ったように垂れ下がった眉と、泣き黒子が特徴的で、雲雀と唯鈴から乱暴かつ粗雑な扱いを受けていた。
何というべきか、とにかく不憫という印象が際立っていた記憶がある。
「……六之介様、貴方は本当に、なんと言いますか……」
呆れとはまた違った様子で、華也が頭を抱えている。
「ひょっとして、すごいことなの? 総司令に会うのって」
「……遠目でお目にかかれることはありますが、直接というのはあまり……というか、新人魔導官ではあり得ないです」
「そうだったんだ……」
あれは随分と貴重な経験であったようだ。ああ、それと総司令の妹さんもいたなと思い出したが、口外すれば面倒なことになってしまいそうだったため、呑み込むことにした。




