表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/218

8-1 来訪者

六之介りゅうのすけ様! 行きましょう、さあ!」


「はいはい、ちょっと待ってねえ」


 いつになく昂っている華也に手を引かれながら、六之介はだらりと歩いている。うだるような熱気は、吹き消されるようになりを潜めた。蝉の鳴き声も聞こえなくなり、陽炎も昇らない。


 活気に満ちた御剣の街並みを歩く。路面電車が満員になってしまい、目的地より少し前で降りることにした。こういった選択を迷わずに行うあたり、華也のお人好しさは相も変わらない。その気になれば、自身の能力で目的地にまで移動することなど容易いのだが、こうやって人々の行き交う街並みを見ながら歩くと言うことは、嫌いではなかった。


 本日、二人は出勤日である。しかし、とある事情により緊急の任務が入ったのだ。本来であれば華也一人でも可能なのだが、彼女の強い希望で六之介も同行することになった。

 目的地は、多法塔たほうとうだった。さらに詳細に言うなれば、その地下にある旧文明の遺跡。通称『御剣遺跡』である。


 剣祇祭の最中、『此世このよ』に侵入され一部荒らされてしまったが、先日ようやくその安全が確認され、本格的な調査が始まったのだ。御剣遺跡は、以前よりその存在は知られていたが、非常に頑強に施錠がなされており、十大都市で唯一の前人未到の遺跡であった。

 元々そういった旧文明の遺跡や海外といった異文化に強い関心を持っている華也にとって、御剣遺跡の存在は常に意識するものであった。そこへ脚を踏み入れる許可がおり、その上、安全対策のために派遣される魔導官として自身に白羽の矢がたった、これは彼女にとって至上の喜びであった。


 いつも通り、眠たそうな目をしている六之介であるが、内心では華也に劣らぬほどの興奮があった。旧文明の遺跡に入ることは初めてではないが、前人未到、初の正式な調査である。もちろん、予期せぬ出来事への警戒心もあるが、それでも胸が躍ってしまう。

 以前にいた世界と同等のレベルを予想させる文明の残り香。いったい、何があったのか。どうやって滅んでしまったのか。魔導は存在したのか。不浄は、災禍は。疑問はいくらでも浮かんでくる。


 塔の周りは厳重に人払いが為されている。当然であろう。安全が確認できたとはいえ、崩落する可能性は零ではないのだ。


「あ、鏡美さーん!」


 眼鏡をかけた緑色の髪を頭側部でふたくくりにした少女が大きく手を振る。華也と変わらぬほどであろう。この世界ではあまり見られないような、ポケットが無数にちりばめられ、頭部以外露出のない服装をしている。ジャングルなどを冒険するときの衣類を想像するといいだろう。


「満さん、お久しぶりです」


 駆け寄り、握手を交わす。

 矢田部満やたべみつる。魔導機関の研究部門から派生した遺跡調査機関『かすがい』という組織に属する。まだ若手ではあるが、その行動力と見識から一目置かれている存在である。そして、華也が魔導官学校に入学する以前、すなわち中等女学校に通っていた頃の友人でもあった。


「お久しぶりであります! いやはや、お元気そうで何より」


「満さんも。遺跡調査、大変じゃない?」


「いえいえ、大したことはありませんよ。まあ、年がら年中論文やら研究発表に追われるのは死ぬほど辛いものもありますが、本当に命を失うことはありませんしね」


 からからと笑う。


「ふふ、そうですね。あ、今回は随伴の魔導官として参りました。第六十六魔導官署所属、鏡美華也信兵です」


「ん、ああ、同じく稲峰六之介義将であります」


 もはや形式だけの挨拶を交わす。


「旧文明調査機関『かすがい』所属、矢田部満であります! ええと、堅苦しいのは苦手なので気楽にいきましょう」


 黒縁の丸い眼鏡の向こうで、人懐こい笑みが浮かぶ。どことなく五樹と似ている犬のような雰囲気に、ああ、苦手なタイプだ、と思いながらも握手を交わす。


「さあ、行きましょうか。うちの隊長がお待ちです!」


 遺跡の奥へ階段を下っていく。木材を組んだものであり、調査隊が事前に作り上げていた。やや歪であったり傾いていたりするが、足場としては十分な代物である。また壁や階段の縁には魔術具の『灯』が規則的に置かれており、ぼんやりと内部を照らしている。

 屋内は黴と埃の臭いがした。耐えられない程ではないが、いい気分はしない。だが、先行する女性二人はまるで気にした様子はなく、遺跡内部を観察している。


「やはりこの遺跡も壁の材質は同じですね」


「ええ、やはり金属でありますな。いったいどんな技術を用いればこのようなものを作れるのでしょうか……」


 八坂の遺跡でみたものとほぼ同一であり、くすんだ銀色をした外壁である。触れると埃の奥にひんやりとした感触がある。

 この世界における主要な建築素材は木であり、次いで煉瓦れんがである。それを承知しているからこそ、旧文明がどれほど発達していたのかうかがえる。


 六之介はそっと壁を叩く。深く沈むような感触が返る。厚みは相当なものである様だ。それに、金属自体はチタン系統に思えるが断言はできなかった。


「涼風重工でもこれほどは不可能でしょうし……ううむ、おそるべし、旧文明」


 満が感嘆をこぼす。階段の下で、やや強い灯りが見えてくる。そこで起立した人影が四つほど見える。全員が見た目で分かる程に分厚い保護帽をかぶっており、やはり巨大な背負い袋を装備している。


「隊長ー、魔導官さん連れてきましたー!」


 ぶんぶんと大きく手を振る。華也は丁寧に腰からのお辞儀をする。六之介もつられる。

 隊長と呼ばれた人物は四十台前半ほどの男性であり、こけた頬と糸目が特徴的である。にっとやや黄ばんだ歯を見せる。


「おう、ご苦労さん。お久しぶりです、鏡美殿。そちらの方は?」


「はい、お元気そうで何よりです。三輪みわさん。彼は稲峰六之介様です。魔導官としては新人ですが、知識や行動力は折り紙付きですよ」


 そう直に褒められるとなんだか照れくさく、小さく会釈で返す。

 三輪と呼ばれた男は、六之介を気にした様子もなく、がらがらと掠れた声で続ける。


「分かりました。魔導官は多いに越したことはありませんからね。早速ですが、行きましょうか、うちの連中は辛抱弱くてね」


 満を含む、四人はそわそわとしながら遺跡内を見ている。

 遺跡はかなり奥まで続いているようで、灯だけでは光量がまるで足りない。どれほど先が続いているのか、見当もつかなかった。

 調査員たちは鞄を降ろし、中からいくつかの道具を取り出し、並べる。


「六之介様、これを」


 華也はそれらを慣れた手つきで回収し、手渡してくる。保護帽と防塵マスク、灯。いくら魔導官とはいえ、これらは必須だろう。七人で行動を開始する。

 三輪が歩きながら口を開く。


「御剣遺跡も、これまで発見されたものと同年代のようでしてな。造りや建築素材もほぼ同一の様です」


「ですね。ただ保存状態はかなり良いですね。やはり今まで封じられていたためでしょうか?」


「ええ、そうみて間違いないかと。だからこそ、此世の連中には腹が立ちますな、申請もなく遺跡にはいりこむとは……」


「どこか荒らされていたんですか?」


「ええ、いくつか扉がこじ開けられています。ただ何が無くなったかまでは……」 


 つまりはそれを確認するという作業も兼ねているのだろう。

 先頭を行くのは、枯れ木のようにやせ細った高身長の男であった。やや猫背でふらふらと進む様は幽霊のようであるが、この男の存在は調査隊にとってかけがえのないものである。

 彼、穴井は生まれつき魔力を目視できる能力があった。訓練をした魔導官であれば可能だが、彼の精度はそれを優に上回り、残留魔力の量、揺らぎなどから時刻の正確な割り出しが出来る。そして大気中の魔力の動きから、内部構造を把握することが出来た。


 穴井の脚が止まり、右奥を指差す。一見すると闇が広がっているだけであるが、灯を複数並べ、最大出力にする。すると浮かび上がるのは、分厚い扉。取っ手すらなく、隙間もない。


しかし、その真横に乱暴な風穴がある。切断されたと言うより、爆破されたような乱暴な傷痕だった。


「……複雑だな」


 三輪が呟く。

 旧文明の遺跡は、大半が厳重に施錠されている。そのため中に入れるという場所は決して多くなく、もどかしい思いをし続けてきた。

 このような乱暴な行いを夢想したことは数知れないが、実際目の当たりにすると怒りを覚える。しかし、同時に内部を探索できるという喜びもある。

 穴井が中身を覗き、小さく頷く。危険性はないと判断された。


 まず、第一の部屋へと脚を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ