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7-30 正義のミカタ おまけ 終

「……顕現せよ」


 つぶやきと共に、魔力が溢れた。墨汁が清水に注がれるように、悪しき魔の力が大気を侵食していく。本来であれば視認のできないものが爬行し、陽炎の如く揺れている。これは予兆だった。陽炎は渦を巻くように収束する。現れたのは巨大な刀身であった。白く輝き、鉛の雲に伸びる様は、人類を導く神の威光のようですらあった。


 雲雀は柄を強く握りしめ、両足を大地に穿つ。正面の敵を見据え、口角を荒々しく持ち上げる、


「さて、六之介、その目に、その耳に、その身体に深く刻み付けるといい。これこそが、頂に立つ者の力である。称え、崇め、広く謳え」


 その声には、自信、自尊、矜持、自分自身の力に対する絶対的な信頼のみがこもっていた。

 刀身から、稲妻が放たれる。それは無差別に落ちては、その地点にあったものを『消滅』させる。ただの魔力ではない、何かしらの力が付与されている。


「抜、刀……!」


 光が爆ぜる。白は一瞬にしてはじけ飛び、空を覆っていた雲は円形に吹き飛び、世界を彩るような蒼穹が顔をあらわにする。白光は鞘、光の帯となって大地へと降り注ぐ。雷光を齎し、暴風が吹き乱れる。

 顕れた刀身は、黒。闇を押し固めたような、一切の光を拒絶する、どこまでも深く、重く、禍々しい黒。黑。闇。暗。


「う、おおおおおおおおおぉぉぉああああああっ!!」


 咆哮と共に振り下ろされる闇の刃。ぶれはなく、ただ真っ直ぐに、音を超え、風すらも打ち消し、光すらも切り裂いて――。

 

 一閃。


 全長がどれほどになるのか、もはや見当もつかない。ただ漆黒の刀身は、遥か先にある海岸までを斬り開いた。掠めただけの大地は、削れるどころではなく、その地形すら変わり果てる。振り下ろされても刀身は消えずに存在し、その黒に触れたものは固体であろうと液体であろうと、おそらくは気体であっても、『消滅』させている。海は割れたまま戻らない。そして、正面にいた異形の怪物。超巨大不浄、鎧嘯。バンカーバスターをもってしても、数多もの爆発ですらも耐え、強靭に、強固に変化していったその甲殻は。


 ずんという地響きが、二度。右と左。初めからその形であったように、鏡面を思わせる程の断面を、体液が滴る。文字通り、一撃必殺。黒の走った場所に、何ものであっても存在することは能わず。ただし、敵は不浄。真っ二つに切り裂かれても、未だにその生命は止まらない。


 そんなことは、雲雀も分かっていた。それ故に、振るわれる二度目の斬撃。振るわれたまま、手首を返し、無理やり持ち上げる。本来であれば、自重で崩壊する刀身も、魔力によってなされたものであれば、重さも存在しない。


 ムラクモ。魔導兵装の頂点。複雑などいう言葉では不十分は程の機構がもたらす現象は、『異能の具現化』であった。本来は魔力に関与し、一時的に物理現象を引き起こすの力が異能。それは非常に脆弱であり、吹けば消えるような現象。長く存在することは出来ない。

 しかし、ムラクモはそれに形を与える。実体を持った現象であり、本来は起こりえないもつ、即ち、奇跡。


 『破壊』。

 掛坂雲雀の持つ異能である。極小の粒子である効子に作用することで、物質の組成、構造を変化させる。加減や調整が出来るのであれば、物質の変換が可能であろう能力。しかし、雲雀が目指したものは、絶対的な破壊力であった。ただ一点のみ、自身の肉体にも襲い掛かる異能の反作用と戦い、数多もの不浄を討ち滅ぼしてきた。その数はもはや人外の領域に達している。だからこそ、至った。絶対的な頂へ。


 二太刀目、横一閃。


 薙ぎ払われた刀身に触れた鎧嘯の甲殻は、一瞬で破壊される。どれほどの強度があっても関係はない。いかなる物質であっても、どれほどの強度を有していようとも、根本的な構造、大元から書き換えられ、触れた瞬間に消え去る。


 鎧嘯は動くこともできない。不浄であっても、対処すらままならない速度での一方的な破壊。

 巻き込まれた大気、そして気圧すらも変化しているのか。嵐のように奏でられる暴風の中、鎧嘯はその巨体を小さく震えさせる。強大であったそれは、ひどく弱弱しく、そして哀れに見えた。


 六之介はその光景にただただ目を奪われ、愕然としていた。

 

 ――――なんだこれは。

 

 数百人もの魔導官の力をもってしても、長門というこの時代において最大規模の火力をもってしても、バンカーバスターという異なる世界の兵器を用いても、殺めることのできなかった存在だというのに、それがこうもあっさりと蹂躙されている。戦いと呼べるものですらない。ただ一方的な攻撃だった。岩盤のようだった甲殻は、薄氷のように剥がれ、瞬く間に消えていく。対人はおろか、対不浄を想定していても、明らかに過剰な力だった。

 放たれ続ける力の奔流に、一つの答えを見出す。


 これは、そういったものと、否、その程度の存在と戦うべき力ではないのだろう。おそらくは遥か上位の存在、超常的かつ絶対的な領域に座す存在、つまりは、災禍と戦うべき力。

 災禍がどれほどのものであるのか、知識でしか知らない。不死の存在であり、人類に対し多くの脅威をふりまく、その程度の浅いものだ。


 だからこそ、楽観的かつ希望的観測なのかもしれないけれど、思わざるを得なかった。この力であれば、災禍になど恐れる必要はない、と。


 そして、黒の光はゆらりと揺れ消える。その軌跡に残っているものは存在せず。ただ、夜明けのような澄んだ陽光が天から降り注いでいる。人間一人ほどもある柄を大きく、仰々しく振り回し、肩に担ぐ。見慣れたはずの背中は、眩暈がしてしまいそうなほど雄大で、逞しい。


「……ぃよっし、こんなもんだろ」


 軽い口調で、はるか先を見据える。空母の残骸を背負うほどの巨体は、もはや存在しない。残っているのは、我々の記憶の中と潮来海岸の傷痕のみ。まるで真夏の気候が見せた、陽炎のように儚く散った。




 潮来の人々が疎開先から戻るまでおよそ三日がかかるとのことであった。幸いにも物的被害は軽微であったため、復興のための時間と費用は極めて小さいものとなった。しかし、それとは対照的に、人的被害は甚大であった。五百二十人のうち負傷者は三百人超、死者は二百人に迫る百九十八人という数字となった。これはおよそ二十年前に起こった『三珠村事件』を上回り、災禍『大海神』出現以来、最大のものである。


 『潮来鎧嘯事変』における作戦指揮を務めた宮藤由香里礼将は失態から辞意を表明したが、多くの魔導官、そして民間人たちの言葉により、減給および降格処分となった。また、潮来における担い手を辞任、遊撃魔導官として自身を鍛え直すという意思を示した。

 本事変における最大の戦果をたたき出した掛坂雲雀であるが、階級やその立ち位置に変化は生じず、当人もなんてことはないと言わんばかりに、足早に潮来を離れ、九州地方での不浄被害の解決に向かっていった。


 御剣、第六十六魔導官署内にて。雲雀を除く、五人が執務室に集まり、書類に目を通していた。これはいわゆる成績表のようなものであり、今回のような大きな事変の際に、自身が提出した報告書の内容や戦果などの評価が返ってくる。

 六之介は自身の物を見ながら、不満げに唇を尖らせる。戦果に関する評価は非常に良い。敵の組織の回収を始め、バンカーバスターや爆弾を用いた作戦を高く評価したとのことである。だが一方で、敵前逃亡未遂、指揮官に歯向かったなどいうことで減点され、結局プラスマイナスでゼロといった評価である。

 

「どうでした?」


 華也が覗きこむ。


「どうもこうも……ほい」


 さらりと目を通し、苦笑する。そして、彼女の物を手渡される。

 減点はないが、評価すべき点もないとのことである。


「お互い同じようなもんか」


「六之介様は評価されている点がありますから、私より良いですよ」


 そんなものかねえという呟きは、蒸し暑い室内に消えていく。

 『神域』が徐々に日ノ本全土に迫りつつある夏の真っ只中、これからの頻出期の不安を煽るような事変が、幕を降ろした。

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