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7-22 正義のミカタ おまけ

 それを発見したのは、神域観察のために上げられた気球の観察員であった。本年度における神域の国土通過領域、期間などの情報からどれほどの降臨現象が生じるかを推測するという任務を与えられた魔導機関研究部の者たちは、太平洋側の海上を航行する巨大な船体を確認した。

 それは船というにはあまりにも巨大であり、まるで鉋をかけたように扁平な甲板を有していた。超長距離用望遠鏡による詳細な観察の結果、それは同系統の形状をした四つの船が密着したものであり、一定の間隔と速度で日ノ本に向かっていることが判明した。


 発見から翌日。魔力観測員による望遠観測が行われた。その結果、その船体は強大な魔力によって包まれており、四つの船舶が何らかの生物の分泌物によって結合されているという結論に至った。驚くべき点は、その魔力量である。一年間で日ノ本全土にて使用される魔力量のほぼ半分にもなるという膨大さ、そして本体はいまだ確認できていないが、三百メートルは下らないとされる体躯。それは百二十年前に確認された抹香鯨の第五災禍、『大海神』にもひけをとらないものである。

 更なる観測の結果、移動経路からそれが潮来に向かっていることが明らかとなる。また、それがおよそ三日後に日ノ本本土と衝突することが明らかになった。


 さらに翌日。魔導機関は日ノ本全土に緊急命令を発令。『災禍出現の可能性あり。一般市民は各都市、各地区に設けられた壕へと避難せよ』というものである。同時に、日ノ本各地の魔導官を潮来へと派遣、大型魔導兵装の移送を行った。


 発見から四日後、それの上陸の前日を迎えた。

 集まった魔導官は五百二十人。大半が多くの実戦を潜り抜けてきた猛者である。潮来の担い手である魔導官、宮藤由香里礼将が先頭に立ち、指示を出している。一隻でも多くの船舶に武装を装備させ、日ノ本上陸前に討伐すべく策を練っている。


「……」


 由香里が潮来周辺の地図を睨む。潮来周辺には無数の無人島がある。そこに大型魔導兵装を配備する手はずになっているが、おそらく最接近する日までに間に合うことはないだろう。ならば確実な損傷を与えられる位置を見極めねばならない。


「由香里、無理はしていない?」


「仄……ええ、と答えたいけれど、ちょっと無理はしているわね」


 やつれた顔で力なく笑う。その眼もとには深い隈が刻まれている。


「とりあえず私の長門をはじめとする大砲型魔導兵装砲弾への魔力は充填し終わったわ。全部で十五発ほどだけれどね」


「はあ、備蓄されている核持ち用砲弾を全て導入することになるなんてね……」


「敵が災禍の可能性があるのだから、当然ではある……とはいえ、頭が痛いな」


 仄が眉を寄せる。


「そういえば、これ」


 由香里が差し出すのは、総司令部からの書状。


「呼称は『鎧嘯』……ふん、海嘯と掛けたというわけか」


「何でも近付くと海鳴りがするそうよ。どこから声を出してるかしらね……周りの様子はどう?」


「……なかなか奇妙なことになっているよ。熟練の魔導官ほど怯え、新人ほど楽観的だ」


「危機感の有無、かな?」


「さてな」


 災禍。おとぎ話の中で登場するような、不老不死の怪物。日ノ本国民であれば、一度は耳にした怪物。


「計算では、明日の朝九時半に鎧嘯はここから目視できる距離に至るそうだ。その時にうちの稲峰義将を向かわせる」


「あの男の子ね。新人だけど大丈夫なの?」


「肝は据わっている。それに、彼は目視可能範囲であれば瞬間移動が可能だ」


「鎧嘯の生体の一部を回収させ、災禍か不浄かの鑑別を、ね」


 この結果が、明暗を分けると言っても過言ではない。本来海から来るのであれば、軍艦を以て対応する。しかし、それらはおよそ百二十年前、大海神によって大半が轟沈させられている。沈んだ艦は全てが旧文明の遺物だった。それを模倣しているが、大型の船舶の製造技術はいまだに未発達、戦力として期待は出来ない。

 鎧嘯が災禍であったとしたら、現状の装備で対応出来るのであろうか。勝利を掴むことが出来るのであろうか。


 由香里の背中に冷たい汗が流れる。


「そう緊張するな」


「仄……」


 瞼を強く瞑り、口を開く。


「今から二十年前、旅行先で私は不浄に襲われた」


 昨日の事のように思い返せる、恐怖の爪痕。しかし、それが背を押す。


「父は殺され、私は母と姉と逃げ回った。傷だらけになって、ぼろぼろになって、怖くて怖くて……今でも夢に見る」


「……」


「でも私は生きている。それは、私を、私たちを守ってくれた魔導官がいたから」


 桃色の瞳が見開かれ、炎が宿る。


「今度は、私の番だ。絶対に守ってみせる」




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