7-19 正義のミカタ
「思ったよりも早く片が付いたな」
古びた時計を見ながら瑠璃が呟く。
先ほどの集まりは現地で解散となった。亜矢人、雲雀、唯鈴、八雲はやるべきことがあるとのことで魔導機関本署へ、亜矢音は隠れる様にそそくさと魔導機関研究部へと去っていった。親しい間柄であることは伺えたため、未練がましく時間を共にするのかと思っていたが、あっさりとした解散に面を喰らった。
「筑紫綴歌と約束した時間まで少々あるな、ふむ……」
「どのくらいですか?」
「小一時間」
「なら、近場の商店街とかありません? アクセサリ……ああ、装飾品とか取り扱っている店がいいんですけど」
御剣を訪れた時から、華也に感謝の品を送ろうと思っていたのだ。この大都市、八坂であれば十分な品を手に入れることが出来るであろう。
「貴金属、宝石、珊瑚、布飾、どれがいい?」
「それじゃ、奮発して珊瑚で」
「宝石じゃないのか」
「それはちょっと重いかなって」
とはいえ、珊瑚も決して安いものではない。それにそれを選んだ理由もある。
宝石には、それにちなんだ言葉がある。珊瑚は、長寿、幸福、聡明が当てられている。自分が願うは、彼女の幸福である。右も左もわからぬ自分に手を差し伸べてくれた恩を返さない
わけにはいかない。それに彼女の空色の髪に紅色の珊瑚は良く似合うであろうというのも理由の一つだ。
ああ、どうせなら綴歌にも買っていくとしようか。最初は険悪となったが、今となっては気の置けない相手である。篠宮は、まあ、めんこかベーゴマでもくれてやろう。やるだけありがたいと思ってほしいものだ。
「よし、じゃあ、行くか」
「はい、よろしくお願いします」
瑠璃の愛車に乗り込んだ。
八雲とは、魔導機関内の居住区で分かれた。ここは限られた人間、つまりは降臨者しか入れないことになっている為、人目につくことはない。やや窮屈ではあるが、衣食住、ちょっとした娯楽まで完備である。
「さて、二人ともごめんね、ちょっと渡すものがあってさ」
雲雀と唯鈴という気難しい二人を相手にする。友人とはいえ、その扱いにはなかなか骨が折れる。他所の人間が相手であれば、若干の朗らかさを見せているとのことだが、それはあくまでも偽りである。彼らの本性は、手負いの猛獣そのものだと言うことを亜矢人は知っていた。もっとも手負いなのは彼らだけではなく、亜矢人もであるが。
「何の用なの? 帰りたいんだけど」
「源利の方へ行かにゃなんねえんだから、とっとしろよ」
とはいえ、ここまで露骨に嫌そうな態度を取られると心に来るものがある。心を開いている証拠であるとは分かっていても、涙がこぼれそうになる。
「い、いやね、この前、健康診断したでしょう? その結果を」
「そんなもの郵送してよ」
「んなもん郵送しろよ」
見事に重なる。
「結果が出たの昨日なの! 昨日ようやくなの!」
「おっそ」
「仕事しろよ、亀かよ」
「亀に失礼でしょ」
「じゃあ、なんだ」
「カタツムリ」
「ああ、頭もくるくるしてるしな」
声をそろえて笑い合う。味方をつくるには共通の敵をつくればいいとは言うけれど、慣れてはいてもやはり落ち込みはする。それにしても、やはりこの二人は似通っている。だからこそ、相互嫌悪しているのだろう。
「……とーりーあーえーず、はい、これ」
二枚を手渡す。受け取ると、やはり同時に見る気もなく折り畳み、懐にしまう。予想通りの動きである。
「じゃあ、私帰るから」
「俺も仕事っと」
「ちょっと待った! 報告しなきゃならないことがあるの!」
「はあ? 健康体でしょ?」
「俺のことだ。俺が一番分かってるに決まってんだろ、白痴か?」
「健康っちゃ健康なんだけど、二人に異常があるんだよう」
もう半分涙目である。
異常と言われ、雲雀と唯鈴は首を傾げる。心当たりはないようだ。
「えっと、ほら、遺物を使った身体測定しただろう? あとはより詳細な血液の検査とか」
身体の中身を開かずに観察できるという遺物が見つかったのはおよそ一年前である。起動方法や操作を理解するまで時間がかかったが、ようやくそれを用いることが出来るようになり、この二人の身体を調べたのが半年前である。
「とりあえず、君たちの身体構造そのものだが……ええっと、非常に言いにくいというか理解しがたいというか、うん、まずは筋肉率だ。一般的な魔導官の数値は四割ほどだけれど、君たちは六割とかなり多くなっている。それに加え、筋肉の付き方が人間のものとは著しく異なっている」
「あ? 外から見た感じは同じだろ?」
「だから異常なんだよ。見てくれだけを同じにする表面付近の筋肉の下に、複雑に入り込み、加え柔軟性、強度に富む筋肉が存在しているんだ。これによって内臓が骨が保護されている。そのため、外部からの衝撃に対して君たちは常人の数倍の耐久力を有している。加え、再生能力が非常に高い。それこそ傷ついた瞬間に癒えるほどにね。次に、血液だが、血中効子の量が一般魔導官の百倍強なのは分かっていたが、その純度の著しく高いことが分かった。これはいつ効子結晶が生じてもおかしくない程だ。しかし、君たちに身体に異常は生じていない……ごめん、理由は分かんない」
この国の誇る医学界の権威の協力を得たのだが、皆が一様に首を傾げる結果となった。
「無能」
「役立たずめ」
「ひどくない? えっと、あとは骨格そのものについてだ。骨格もやはり異常だね。骨の中に分子と同程度の効子結晶が線維状を形成、強度を大きく上げていることが分かった。その強度を計算してみたけど……うん、とりあえず折れることはないだろうって数値だ。柔軟性に富む金剛石以上と考えていい。次は消化器官などについてだけど、二人の飲食量は報告した通りだね?」
「うん」
「おう」
「わかった。だとするとだ、飲食する量と排泄する量、これの均衡が完全におかしいとなった。食べる量に対して、出す量が少なすぎるんだ。かと言ってブクブクと太っているわけではないし、吐き出しているわけでもない。考えられることは一つ。人間は飲食したものを体内で分解、栄養分と魔力分、不要分に分ける。君達は食料品から魔力を取り出すという事に特化していると思われる」
この二人の魔力は、あまりにも膨大である。常人とは文字通り桁が違う。それこそいつ爆発してもおかしくない爆弾だ。故に封魔環によって、魔力を吸収し調整している。せめてもの対抗策である。
「……以上から、考えられる結論を言う。君達は人間であるけれど、ただの人間ではない。言うなれば、魔力を用いる事に対して進化した存在だ」
更に付け加えるなら、戦闘に特化しているといったところだろう。口述したものの他にも異常な点は多々存在する。視力、聴力、嗅覚力はもはや野生動物すらも上回り、反射速度も人間のものを凌駕している。
二人は自らの右手を眺めながら、口角を上げた。
「……へえ、いいじゃん」
「ふん、なるほどな。通りで」
「あ、あれ? 驚かないの?」
「別に。むしろ好ましいかな。さすが私って感じね」
「どうせ戦場にばっか出るんだ。ありがたいくらいだな」
頼もしくも、恐ろしくもある。自分であれば間違いなく取り乱すだろう。混乱するだろう。しかし、彼らは違う。自身の力に寛容だ。異常であっても、異端であっても、それが強大なものであれば喜々と受け入れる。だからこそ、彼らは強い。自身を疑わず、絶対の信頼を置く。力はそれに呼応するように、輝きを増していく。その光が人々を惹きつけるのだ。これこそが日ノ本における魔導官の頂点、降臨者としてあるべき姿といえるだろう。
「ふふ、やはり頼もしいな、君たちは」
当然だろうと言わんばかりに鼻を鳴らした。




