7-13 正義のミカタ
「お、わっっっっっっっっっったぁぁぁぁぁ………!」
大きく大きく息を吐き出し、縮こまった関節を伸ばす。休憩が挟まれるとはいえ、六時間強にもなる試験は、やはり肉体的にも精神的にも堪える。
試験を終えた学生たちは足早に試験会場を去っていく。満足げな者も涙目な者もいる。六之介は人生で初の受験を終えた余韻に浸る。思い返せば地獄のような毎日であった。朝から晩まで鉛筆を握り、紙面と向かい合う日々。ほんの一週間と思っていたが、まさかこれほどまでに長く感じるとは思いもしなかった。
だが、それももう終わりだ。試験結果がどうなるか、やれることはやった、人事は尽くした。あとは天命を待つだけである。
学生の数も数えられるほどになり、漸く椅子から立ち上がる。それと同時に、見知った白髪の人物が顔を覗かせる。
「お、いたいた。おおい、稲峰六之介、ちょっといいかー」
ぴょんぴょんと跳ねながら、こちらに向かって手を振る様はまるで子兎のようであった。
「どうしました?」
「うむ、ちょっと用事があってな。筑紫綴歌には言ってあるから、ついてこい」
試験を終えた今、急ぐ必要もなく、用事もない。分かりましたと告げ、筆記用具を鞄に押し込み瑠璃の後を追う。
試験会場は魔導官養成学校校舎の一つであり、そこから最も近い駐車場へと向かう。この世界では自動車はかなりの高級品であり、普及率は低い。駐車場にあるのはわずか三台のみであり、瑠璃の足取りを見る限り、ど真ん中にある眩いばかりの白い車が彼女のものであるようだ。
「乗れ」
「車運転できるんですか?」
その身長でという言葉は呑み込む。ここまで小柄であると、コンプレックスである可能性があり得るためだ。
「勿論だ。まあ、この背丈故、ダチに特注して作ってもらったものだけだが」
どうやらさほど気にしてはいないようだった。
助手席に乗り込む。シートベルトのようなもの存在していない。間髪置かずに駆動音が鳴り響き、車が走り出す。
「どこにいくんです?」
「ああ、魔導機関総司令部にな」
「……もしかして、違法に働いていたことの罰則とかですかね?」
魔導官は国家資格を必要とする職種である。それを知らなかったとはいえ、三か月ほど魔導官を名乗っていたのは事実だ。これが違法だということは、この一週間で学習済みであった。罰を受けるにしても、口頭での注意、反省文程度で済めばよいのだが、と小さくため息をつき、透明度の高くない硝子越しの街並みに目を向ける。
「ん、本来はそうなんだがな。今回は罰則の代わりに、ちょこっと働いてもらうぞ」
「働く?」
何か自分にできることがあるのだろうか。
目的の建物が見えてきた。多法塔ほどではないが、八坂でも一二を争う高層建築物であろう。写真を見ることは何度かあったが、実際目にするとその巨大さに圧倒される。
十五階建ての本署、そのやや手前にに頭一つ分小さい同型の建築物が並んでいる。上空から見れば『品』の字に見えるだろう。
「これが……」
「ああ、魔導機関総司令部本署だな。だが、今回の目的はここであって、ここではないのだ」
本署直前で左折する。今まで走ってきた道は、おそらくこの都市の中央にあたるものだとは、車通りの数や道の広さから予想は出来た。しかし、今入ったのは、裏道というよりは、路地と言うべきであろうか。車一台が通るのがやっとな程の細い道を、瑠璃は器用に進んでいく。どこに向かっているかは分からない。入り組んだ道は迷路さながらである。
看板が目に留まった。矢印の模様と『八坂海岸』の文字があった。扉に設けられた取っ手を回し、窓を開くと、ほのかな潮の香りがする。
「海ですか?」
「おう、ここらは海辺だな。ああ、それと、ここからのことは他言無用だぞ、いいな?」
「はあ」
海岸に出る。海に沿って、埃っぽい道が投げ出された帯のようにつづいている。海面は光線がぎっしり詰まって、まぶしくて何も見えないほどだった。遊泳禁止エリアなのか、真夏だというのに不思議と人の声はしない。道沿いを進むと、隧道が姿を現した。多々羅隧道を思い出し、また崩落するんじゃなかろうかと身構えたが、そんなことはなく。薄橙色に染まった隧道の中腹、そこで車の速度が落ちる。同時に隧道の左面がゆっくりとスライドし、空間が現れる。
「隠し通路?」
「そんなところだ。ほれ、降りるぞ」
周囲は一切の明かりがない、どこまでも深い闇であったが、侵入に合わせた様に、光のラインが現れる。こちらに向かえと、暗に読み取れる。
車から降りる。瑠璃は一切の躊躇もなく暗闇を進みだす。慌てて後を追う。かなりの奥行くがあった。感覚的にはまっすぐ進んでいるのだが、どうも重心がおかしい。どうやらやや下り坂になっているようである。
終点には、昇降機があった。工事現場で見るような乗り降り口がむき出しのもので、骨組みのみが太い鉄骨で組まれ、壁面は網で囲まれているだけである。瑠璃はそれに乗り込むと、左隅にある操作盤を弄る。
「はあ……これで降りると耳がきーんってするから嫌なんだよなあ」
「つばを飲み込むといいですよ」
レバーを下げた。不規則な振動の後、昇降機が下がっていく。視界を遮るものがないため、落下の速度をありありと感じることが出来た。壁面はむき出しのコンクリートだろうか。灰色で荒々しい面が淡々と続く。
「地下で何かするんですか?」
「何かっていうか、うん、ちょっと一目を避けたいからな。一部の人間にしか来れない場所に向かっているんだ」
昇降機の外の景色が変わる。今まではコンクリートの中を進んでいるといった景色だったが、途端に空間が開ける。そして、人工的な景観へと変わっていく。それはややくすんではいるが明らかに金属であり、地上で見られるものとは一線を画す精度で造られていることが分かる。
「これって」
「そうだ。旧文明の遺跡だ。魔導機関総司令部は遺跡の真上に建っているんだよ。さあ、着いたっと」
到着と同時に、眩いばかりの光に包まれた。
魔導機関総司令部地下の遺跡は、かなり手入れがされているのだろう。遺跡であることは間違いないのであろうが、傷んでいたり、破損していたりといった箇所は見受けられない。電飾も可能な限り修理が為されているようで外を歩いているときと変わりない光度である。
碁盤の目のようになっているのだろうか、一定間隔で現れる通路を瑠璃は迷うことなく進んでいく。所々封鎖されている場所があるとはいえ、六之介はすでにどこを歩いているのか、どこに昇降機があったのか、まるで分らなくなっている。案内図でもあればよかったが、飾り気のない白銀色があるばかりである。
どれほど歩いただろう。変化は唐突に訪れた。通路が突然広がる。そこは今までの廊下とは明らかに様相が異なっている。まず広い。縦横二十メートルはあるだろうか。天井の高さは変わらないが、かなりの解放感がある。四辺に通路が伸びているが、一辺のみ、雰囲気が異なり薄暗く奥へと伸びている。その先には、巨大な扉がある。
「ありゃ、あたし達が一番乗りか?」
どうやら他にも客が来るようだ。
瑠璃の声に返事をするようにこつこつと足音がした。思わず振り返ると、そこには紫色の癖毛をかき上げた人物が立っていた。毒々しい赤い瞳をしているのだが、柔和に垂れ下がった目元のため、どうも優し気な印象を抱かせる。身に纏っているのは漆黒の魔導官服。刺繍は紫、襟元に十字の記章、それは魔導官の最高階級を示す。
「あれぇ、瑠璃ちゃん、早いね」
のほほんとした口調でへにゃりと困り眉が動く。蕩けそうなほどの甘い声だった。
「それはこちらの台詞だ」
「はは、仕事が思ったより早く片付いてね。まあ、前日からやってたからなんだけどね」
近くで見ると、華奢にも見えたが身体にしっかりとした厚みがある。この男性には見覚えがあった。直に見たのではない。写真で、教科書に載っていた人物。
「飯塚亜矢人、総司令……?」
「やあ、初めまして。稲峰六之介君でいいんだよね?」
にこりと裏を感じさせない笑顔を見せる。自分よりもやや大きい。百八十ほどであろうか。
「あ、は、はい、そうです」
まさかこんな場所で出会うとは。思ってもみなかった人物との出会いに動揺が産まれる。
「ご存じ、僕の名前は飯塚亜矢人。魔導機関の総司令なんてものをしているよ。よろしくね」
小さくウインクをして見せる。巨大な組織の長とは思えない軽さだった。長たる雰囲気、カリスマ性は有している。だというのに圧するような気配はまるでなく朗らかで、取っ付きやすさを感じる。見たことのないタイプの人間であった。
「試験終わった後で疲れてるよね? ごめんね、今日じゃないと時間が取れなかったんだ」
両手を合わせ、小さく頭を下げる。
「い、いえいえいえ、そんな気にしないでください」
上下関係を特別気にするというわけではないが、魔導機関という組織の一員である以上、どうしてもその腰の低さに戸惑う。
「飯塚亜矢人、いつも言っているだろうが。そうやって簡単に頭を下げるな」
「分かってるって。外ではちゃんとしてるから平気だよ。そもそもさ、僕らしくないんだよ、偉そうにふんぞり返るのって」
「そりゃ分かってるがなあ……ところで飯塚亜矢音は?」
「ああ、あの子なら先に行ってるよ。色々調整しときたいんだってさ」
「相変わらず真面目だな。まあ、自信がないだけかもしれないが」
「うーん、多分後者」
苦笑する。飯塚亜矢音、たしか瑠璃の話では飯塚亜矢人の妹であり、魔導機関研究開発部の部長であったはずだ。当然、階級も格上である。
「あの、瑠璃先生、この集まりって」
「おう、そうだ、我々の世代、即ち、魔導學園第六十六期生六班の集まりだ」




