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7-7 正義のミカタ

「天地は呼ばぬが、人は呼ぶ! 悪を誅せと我を呼ぶ! 聞けぃ、悪人よ! 正誅仮面、ここにありっ!」


 ポーズはYである。

 思いつき、ではないのだろう。おそらく、普段から考えていた口上と恰好なのであろうが、あえて口にする。


「だっせえ」


「なんだとぅっ!?」


 聞こえない程度のつぶやきであったが、完全に頭を覆うような被り物をしている怪人には届いたようだった。


「な、なんで正誅仮面がこんなところに……!」


 逸見透は完全に腰を抜かしてしまっている。

 正誅仮面については、綴歌から聞いている。私刑を引き起こす、正体不明の怪人。


「ふふふ、逃げようとしても無駄だ。逸見透よ、貴殿は罪を犯したのだ!」


「こ、殺すのか!? 俺を、下着を盗んだくらいで!」


「安心しろ、殺しはしない。ただ、女子寮の大広間に縛り付けておくだけだ。『私が下着泥棒です』という札と共にな!」


 なかなかえげつないことをする。生死という意味ではなく、社会的には確実に殺されてしまう。


「い、いやだあ! お、俺は、ただ、俺の居場所を守るために!」


「理由は関係ない。貴殿のしたことは、まぎれもなく、悪! 我と言う正義の元に裁く!」


 びしりと指さされ、短い悲鳴がこぼれる。

 完全に蚊帳の外に置かれた六之介が、口を開く。


「正義、ねえ」


「なんだ?」


 囁きにも等しい声を正誅仮面は拾い上げる。

 怪人を見上げる。


「いや、べつに。こいつが悪だってのは分かるんだけど、それでも、そうやって自分勝手な正義を振りかざす輩は好きじゃないな」


 人の物を盗むこと、それは善悪で言えば悪である。そのことについて、庇う気は一切ない。ただ、六之介にとって、正誅仮面の『正義』という言葉が耳の奥に残った。


「自分勝手、とな?」

 

 いぶかしむように首を傾げる。


「ああ。そもそも正義なんて曖昧な言葉を後ろ盾にするなよ。はっきりと言えばいい。お前は、自身にとって気に食わないことをしている人間を身勝手に裁いているだけだろう?」


 相手を小馬鹿にするように、それでいて嘲笑するように、寝ぼけたような眼を歪める。

 

「……ああ、そうだとも。我が気に食わないこと、良しと思わないこと、それは悪。そして、それを誅することは紛れもない正義だ」


「はん。正義の反対は、悪とでも思っているのか? 正義の反対は」


「もう一つの正義、か? ふん、だから我がいるのだ」


 言葉が遮られる。


「正義の反対は、もう一つの正義。古今東西、言い伝えられていることだ。だが、それはおかしいと思わないか。一方の正義のために、涙するものがいる、苦しむものがいる。そんなものは本当に正義なのだろうか。仮にそれが、正義だったとしよう。だが、それは十年後、百年後でも正義であるのだろうか。例えば、大昔の英霊たちだ。彼らは戦争で多くの命を手にかけた。各々が自らを正と信じた。だが、どうだ。同じことをしていても、一方は悪に、一方は正となっている。その判断基準は何と考える?」


「勝敗だ」


 勝てば、いかなる行為であっても称賛される。正とみなされる。そんなものは何百年と紡がれてきた歴史が物語っている。


「そうだ。たったそれだけ。だが、その勝敗は正義と悪を区別する基準足りえるのだろうか。我はそうは思わない。そんなもので正義と言うものは決まっていいはずがないとは思わないか?」


「じゃあ、あんたは何で正義が決まってほしいと考えるんだ?」


 勝ち負けでないというならなんなのだ。法律か規則か、あるいは倫理観か。


「我だ」


「はあ?」


 全く予期のしていない言葉に間抜けた声が出る。


「倫理観というものがあるだろう。それが何か知っているか?」


「……人間として守り行うべきもの、善悪、正邪の判断における普遍的な規準だ」


 自分に欠けているもの、他者によって取り除かれたものを口にする。


「では、それはどう決まった? 人が決めたものではないのか? 『人を傷付けてはいけない』『人を思いやれ』『人を殺すな』……これらの根幹にあるのは『人間が安全かつ平和、優良に生きる』ためのものだ。そしてそれは人によって定められた価値観だ。よくよく考えてみろ、これは傲慢だと、押しつけがましいと思わないか」


「それは、必要なものだからだろう」


 善良な人間が生きる上で、欠かせないものだ。法律にしても規則にしても、全てはこれが基準となる。人間が順守すべき、絶対かつ不変の価値観。


「その通り、必要だ。欠くことはできない。では、正義はどうだ? 不要か? 否、不要であるはずがない。それこそ、倫理と並ぶほどに必要なものではないか。だというのに、完璧な、絶対的な正義が有史以来存在していないのはおかしいではないか。故に我は考えた。人類にとって、より平和で、穏やかに生きるためには一つの完璧で、絶対的な正義が必要なのではないかと。新たな価値観は反発されるだろう、淘汰されるだろう。しかし、それに付き従うものも、同調するものいる。いつか、我の正義を貫きつづければ、その力は大きくなり、世に広まり、人々の中に刻まれていく。そしていつの日か遠い未来の果てで、我という存在が新たな価値観、そう、『正義観』となるのだ。我こそが、正義そのもの基準。『正義の御方』として、未来永劫謳われる観念となるのだ!」


 声高らかに宣言してみせる。


「……はあ」


「なんだ、そのため息は」


「いや、なんというかな。あまりにも無謀と言うか荒唐無稽というか」


 怪人のいう事は、馬鹿げていた。適うはずもなければ、起こりえない、成し遂げるなど夢のまた夢。ほんの少しの知恵を得た、あるいは中途半端な正義感をこじらせた思春期のような思考。


「ふふん、それでいいのさ。出る杭は打たれるもの……理解できない人間がいるのことは重々承知している。特に凝り固まった思考を持ち、達観した大人ごっこをしている輩にはな」


 腕を組み、木製の梁の上から見下ろす。


「誰が大人ごっこをしているって?」


「ん? 反応してしまうのならば、自覚してるんじゃないのかね?」


 空気に荒立つ。刺々しく、重苦しい。ぴりぴりとした緊張感と駆け抜ける。

 

「……むかつくな、お前」


 くすぶりかけていた炎が、燃え広がる。拳を小さく握ると、骨の軋む音がした。


「はは、そう凄むなよ。格上を相手にさ」


 大地を蹴り飛び上がる。溜まりに溜まった埃がむわりと巻き上がると同時に、六之介の姿が消える。

 次の瞬間には、怪人を背後より殴りかかっていた。拳の軌道には遠慮も躊躇もない。確かな敵意を込めた一撃。


「おおっと、案外血の気が多いな。危ない危ない死ぬ死ぬ」


 しかし、それを予知していたかのように躱す。口ではそう言いつつも、動きから余裕が感じられる。

 忍者のような恰好をしているだけあって、身のこなしは見事である。


「ふん、今はすこぶる機嫌が悪いんだ。鬱憤晴らしに付き合えよ、正義の味方」


「おおっと、違うぞ。正義の味方では、すでに正義と言うものが確立してしまっている事になるではないか。我は正義の味方ではなく、正義そのものとなる存在、『正義の御方』だぞ」


 子供に言い聞かせるような甘い物言いが癪に障る。転がっていた金属棒を瞬間移動させ、構える。剣道とも居合道とも異なる、突きに特化した様な攻撃的な構え。


「ふう」


 一呼吸と共に、六之介の姿が消える。


「右かっ!」


 怪人は気配を感じ取り、身をひるがえす。しかし、そこには何もいない。


「残念、上だ」


「!」


 声がした。反射的に見上げる。しかし、そこにはどこまでも深い闇が広がっているだけであり、六之介の姿はない。

 すっと衣類の擦れる音と空気の切り裂く音がした。上ではない。『左』からである。


「おおう!?」


 壁を形成し、防ぐ。経年劣化によって折れたである金属片は刃物のような鋭利さはないものの、肉を穿つ分には十分に鋭い。その上、ぼろぼろに錆びついている。傷付けられれば何らかの感染症を引き起こしかねない。


「ちっ、防がれたか」


 六之介から距離を取る。

 相手は未知の存在だ。能力も戦い方も分からない。用心するに越したことはない。


「は、ははは、と、ととと当然だ、このくらいどうということはない!」


「声震えてんぞ」


「やかましい! というか、貴殿、卑怯だぞ! 何が上だ! 左じゃないか!」


「あたりまえだろ、わざわざどこから攻撃するか教える奴がいるか」


 とは言うものの、全てが嘘というわけではない。正誅仮面が反応した右の気配、それは勘違いではない。そして上にいたことも事実だ。ただ、怪人の右に瞬間移動し、上から声をかけ、左から攻撃しただけだ。簡易的だが一対一であれば、有効なフェイントである。現に形成魔導を用いられなければ、負傷させることは出来た動きだ。

 やはり魔導は厄介だな、と小さく舌打ちする。


「くう、なんて可愛げのない奴だ! もうちょっと素直に攻めてこい!」


 地団太を踏む。


「馬鹿か? 戦いなんて意表をついてなんぼだろうが。こんな風に」


「あん?」


 気が付くと六之介の手に金属棒はない。

 刹那、ごんという音と共に怪人の右肩に落下してくる。


「い、いっだああああ! え? 何? いつの間に?」


 肩を押さえてしゃがみ込む。梁の上だというのに、落ちることなく器用にピョンピョンと跳ねまわる姿は曲芸師さながらである。


「ありゃ、頭にぶつけるはずが……ずれたか」


「ずれたかじゃねーよ! 頭に当たってたら死んでたよ! あー、もう怒った、てめえ、降りろや!」


 今までは太い梁の上で攻防を繰り広げられていた。正誅仮面がひょいと飛び降りる。すぐ隣には呆然と眺めていた逸見透がいる。


「ひっ」


「逃げるなよ? 逃げたら食べちゃうぞー!」


 がおーと両手で開いて、脅してみる。

 まるで実現性のない一言でも効果があったらしく、逸見透は何度も頷く。


「それで、怒ったからどうなるんだ?」


「ふん、ちょこっとだけ本気を見せてやろうとな!」

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