骨
ご来訪どうもありがとう。
初投稿の上、一息に書き上げてしまい、見直し前に息絶えてしまいました。
乱文な上に改行も使いこなせず、恐らく誤字脱字もあるでしょう。
読みにくいこと甚だしいような文章ではありますが、ご一読くだされば光栄でございます。
ある寒い日だった。
週末から降り続いた雪は止み、昼間は太陽が冬らしく弱々しい日射でせっせと街の解凍を試みていた。晴天は日が暮れても続き、昼間に溶け出した雪は夜空を写したように黒く、滑らかに凍結していた。
一年の中で冬の星というのは強烈な存在感を持っている。しかし、それを掻き消すほどに月が光を放っていて、降り積もった雪がその光を更に増幅させたため、カーテンを締め切った私の部屋にも妖しく柔らかな光が差し込み、床に着いた私の瞼の表面を絶え間なく撫でていた。
この地域では降雪という現象ひとつで、生活の行動すべてが一段階も二段階も困難になる。それに日々の糧を得るための労働も加わり、まだ年若い私でも随分な疲労が溜まっていた。そのため、帰宅してからはさっさと体を暖めて、夕飯もそこそこに眠ることにしたのだ。
冬の夜は雪が音を吸収するためとても静かだ。出歩きたがる者が少ないのも理由の1つかもしれない。耳の寂しいことを少し寂しく思い、虫たちの声が響く秋の長い夜を思いながら枕に頭を沈めていた。
ところがしばらくしても眠ることができなかった。
こういったことには心当たりがあった。どれだけ疲労が溜まっていても、時折どうしても眠れないときがあるのだ。神経が過敏になっているのか、それとも過ぎた一日が不満で挽回したいのか、どちらでもないのか。とにかくどうしても眠れない夜があり、こうした夜は夜長の秋よりも、暗幕が最も優勢である冬至よりも長いと相場は決まっている。そして何よりも辛いのが、ここで余計な動作を挟むとたちまちに眠気は吹き飛び、空が白む頃に睡魔に襲われるのだ。それだけは何がどうあっても避けたい。
そして私の行った選択は常套も常套。似たような夜に幾度となく選び続けた『動かない』という選択だ。抗い様のない夜の魔力にできる反撃は限られていて、その中で最も抵抗と呼ぶに相応しい余りにも無力な選択である。何より私には楽しく夜を明かす気力などないのだ。
体を休めることすら満足に成せないということに少々腹を立て、腹部の上で軽く手を組んで脱力すると、掛け布団と毛布が体全体に絡み付き、幾重にもなった空気の層が暖められていくのを感じた。
一向に眠くはならないが、次第に四肢の脱力が完全なものになり、感覚がなくなっていく。この感覚をきっと『夜の底に落ちる』または『夜に浮かぶ』というのだろう。私の感覚では『気化』とか『蒸発 』という感覚に思えた。
ふと右手が数秒だけ痙攣を起こした。
痙攣自体はすぐに収まったが、気化していた両腕が戻ってきた。すると猛烈に腕を動かしたくなってきた。痒いわけではないが、目や鼻や額がどうしても気になり、目を開きそうにもなった。しかし静止の抵抗を決めてからまだ十分と経っていない。ここで欲望に屈することは、このまま抵抗を取り止めることに繋がりかねない。そうなってしまえば眠れずに夜を過ごすことになるだろう。
両腕が別の生き物になったような激しい欲望に懊悩しながらも、私は心の中で抵抗の旗を振りかざし勇ましく戦った。
どれだけの時間が経ったのか、恐らく数分も経っていないだろうが、長い戦いが終わった。欲望は息を潜め、両腕が再び気化を始めた。
激戦を終えた私は、固い決意によって柔らかく閉じられたままの瞼を強く睨み付けた。それが私の必死の抵抗だった。
もうとっくに日付は変わっている時間だろう。もしかするとすでに丑三つ時かもしれない。それだけの時間が経ったと思う。
この部屋の時計はデジタルのもので秒針がなく、冷蔵庫のある台所は扉を隔てた向こうにある。携帯電話が何らかのメッセージを受信することもなかったため、家電製品を含めてこの部屋に聞こえるのは私の呼吸音のみだった。一定のリズムで繰り返される呼吸と鼓動は、音のない暗闇の中で、私が存在していることを私に知らしめるための行動であるような気がしてきた。私の意識までが気化して霧散してしまわないように繋ぎ止めている、いわば非物体を拘束する物体のような気がして、それが可笑しく、また妙に頼もしく、眠る上では厄介だと思った。
更に時間は経ち、意識の波は引いては満ちるを繰り返している。過ぎた時間はどれほどかわからないが無心も心得たもので、もうそろそろ意識が睡眠に向かう頃かと思えた。しかしそうはならなかった。
唐突に、そして猛烈に骨を鳴らしたくなったのだ。
骨を鳴らすという行為には中毒性がある。癖と呼ぶにははっきりとした欲求を持っていて、どちらかと言えば煙草や酒に近いものを感じる。ある種の緊張やストレスに強く反応して欲求が芽生え、達成すればリラックス効果を得られるということが共通していると思う。
静寂による緊張と、眠れないストレスに起因して浮上した新たな衝動は、先程乗り越えた欲望よりも遥かに強く、場違いにも固い決意のみで卒煙や酒断ちに成功した人を尊敬した。
激闘は静かだったが、私の耳にはもう自分の呼吸音すらも届いていなかった。固く決めた抵抗は生唾を飲み込むことすら許さず、それが余計にストレスとなり、敵をまた一層強大にさせている。
なおも夜は深まり、腹の上で組んでいる両手は汗ばみ、心なしか気化したはずの足にも汗の気配を感じていた。ここまで来ると、雪国の夜に優しく体を包む熱の層までもが鬱陶しく感じ、この体を投げ出して蒸発してしまいたかった。
更に時間が経ち、無情にも汗ばんだ右手が非常に不快で少しでも手の位置を動かしたくなってしまった。二対一だ。世界は理不尽で不平等だ。
暴力的なまでの欲求の波状攻撃を受け、私の決意は致命的に揺らいだ。揺らいだ決意の肩は理性の駒に触れ、その揺れはとうとう私の心を埋めつくし、私に手の骨を鳴らす決心をつかせた。
呼吸を浅くさせ、一瞬で唇を湿らせる。腹の上で組んでいた手を離し、右手で軽く拳を作り、開いた左手でそれを包み込む。
布団の外からではわからないであろう、というほどその動作を小さくまとめたのはきっと、志半ばで倒れた私の中の小さなレジスタンスに対して僅かな罪悪感が生じたからだろう。
欲望と罪悪感の入り交じった静かな夜が緊張し、私は軽く息を止め、萎縮した筋肉に少しずつ力を込めていく。
右の人差し指が掌にくっつきそうになるほど関節が曲がり、ぎりぎりとかみしみしといった微かな音を立て始め、空気は更に緊張し、私は僅かに興奮する。
更に力を加えるとやがて関節は少し高めの、みきっといった音を立てて小さく軋んだ。
違う。これではない。
これじゃない!私は心で大きく叫んだ。
私は苛立ちから罪悪感を忘れ、勢いよく右手の指を押す左手に力を加えたが、湿気った煎餅を割るような、みきみきという軋んだ音しか出なかった。更に苛立ち、左手も同じように鳴らしてみたが、私の求めていた結果が出ることはなかった。
恐らく長時間の静止から体が萎縮してしまったのだろう。鈍く擦れた関節が僅かに痺れていた。
どうにも欲求を満足させられず、私はあからさまに腹を立てていた。私が欲していたのはよく乾いた小枝を折るような、そんな骨の擦れる音なのだ。そしてどんな音であれ、一度骨を鳴らしてしまうとしばらくは音は鳴らない。そして再び骨を鳴らしても、私の欲求を満たす音が鳴るとは限らない。
眠りに落ちることはもう念頭から消え失せていた。
意識は冴え渡り、苛立ちは募り、空白のように静かな夜はゆっくりと朝へ向かっていく。
部屋の暗闇を払い散らすように月の光が差す夜だった。
物語を完了まで創作するということを初めて行いました。
趣味ともならぬような駄文であるとは思いますが、いくらか続けてみようと思っています。
ちょっとした交流を楽しむため、後学のため。
痛烈な批判や中傷でなければ、ご感想をいただければ、大変嬉しいことと思います。