エピローグ
梓は次の日、登校するのが憂鬱だった。
昨日、あんな事があったのだ。学校を休もうかとも思った。だが結局、梓は学校へ向かった。
梓が通学路を重い足取りで歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよっ! 楽譜はあった?」
「みちる! 会いたかったよー!」
いきなり抱き付いてくる梓にみちるは驚く。
「わっ、何? いきなり。昨日も会ったよね?」
梓は昨日有った出来事についてみちるに説明した。
梓が語り終えてもみちるは暫く何も言わなかった。梓はみちるの反応を辛抱強く待った。
「……冗談でしょ?」
「本当だよ! 私、凄い怖くて……」
素っ気ない返事だったみちるに梓は泣きそうになる。
「ホント? ヤダヤダ、私そういう話苦手なんだからやめて!」
「私だって怖かんだから!」
二人は校門の所で手を取り合い校舎を見る。
朝の学校は生徒で溢れ、そんなに怖い印象は全くない。それでも二人は校門から中には入ろうとしない。
「でもでも、先輩に聞いたんだけど。音楽室の怪談は楽器室の楽器が鳴るだけなんだよ?」
「知らないよ、そんなの!」
「夢でも無くて?」
梓は黙って頷く。
「じゃあ、後で先輩達にも聞いてみようよ。何か他の怪談知ってるかも」
梓はみちるに手を引かれるように校舎へと入って行く。
二人は靴箱から上履きを出し、履き替える。梓は歩いていると、自分の靴からカチ、カチ、と音が鳴っているのに気が付いた。
梓は靴裏を見ようと踵を上げる。
「あっ、動かないで」
みちるが屈んで梓の靴裏を見てくれた。
「コレが挟まってたよ。ガラス」
みちるは小さなガラスの欠片を指で摘まんで見せる。それは梓に昨夜の出来事を思い出させた。
ガラスの欠片が自分に向かって襲ってくる。突き破る事は無かったが、それは梓の靴に降り注いだ。勿論、靴裏にも。
「イヤーッ!」
梓はみちるが摘まんでいたガラスを払い飛ばすと、その場に泣き崩れた。
「急にどうしたのよ?」
「きっ、昨日の。言ったでしょ? ガッ、ガラスに襲われたの。その時のよ!」
泣き止む事が出来なかった梓は、そのまま保健室へと連れていかれた。梓は三時間目が始まる前に落ち着き、教室へと戻ってきた。
みちるはその間に梓が払い飛ばしたガラスの欠片を探したが、結局見付ける事は出来なかった。
勇気を振り絞って別館にも行った。一階の廊下ではガラスは割れていなかったし、グラウンドに出る扉も鍵を回したら開いた。
二人は放課後、音楽室で梓の体験した事について吹奏楽部の先輩達にも聞いてみたが、誰もそんな怪談話は知らなかった。
「どうする? 練習無理そうなら休んでも良いんだよ?」
「大丈夫です。やらせて下さい!」
梓は是非、みんなと練習したかった。きっとアレを退けるのにはこう言う事が必要なんだ。あの時もみんなを側に感じていたのだから。
何度も失敗していたのが嘘の様な演奏を梓は見せる。先輩達も褒めてくれた。
だが暗くなり帰る時、梓はみちるの腕に抱き付きながらではないと、とても一人で歩けなかった。
次の日、先輩の一人が蚊取り線香を音楽室に持ってきていた。
「これ、どうしたの?」
「だってハエのお化けが出るんだろ? これで安心だろ?」
「えっ? でも蚊取り線香でしょ。蚊じゃん」
「……一緒だろ?」
「一緒……じゃないんじゃない? ねぇ?」
「えっ? 私ですか? 私も分かんないです……」
何故か聞かれた梓が小さくなって答える。
「良いよ。虫なんだから一緒だよ」
それ以上は誰も反論出来ず、吹奏楽部では小さな蚊取り線香ブームが到来した。
でもそれは確実に梓を精神的ショックから立ち直らせるのに役立った。
人の恐怖心を喰らいに悪魔が突然やって来る事もあるかも知れない。何の理由もなく、ただその場に居合わせただけで。
そんな事、どれだけの人が信じてくれるだろうか。少なくとも吹奏楽部の人間はみんな信じた。
その絆が、友情が自分を助けてくれたのだと梓は信じている。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
怖がって頂きたいと執筆致しましたが、何よりも楽しんで頂ければ幸いです。