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ユウシャの心得  作者: 桜もち
ねぇねぇ しってる? きょうはねぇ…………
6/13

その五、セーブデータは分けて記録。

前回のあらすじ



やっと仲間ができたよ!これでボッチなんかじゃないやい!

 所変わって現在第一校舎一階、職員室前。

 優子達一行は体育館へ向かおうとしていた。

「ね、ねぇ本当に行くの?」

「ホントだよ。じゃなきゃ落ち着いて話もできないじゃないか」

「さっき任せろって言ったじゃない、このくらいで怖気づいてどうするの? これからまだ色々なものと戦わなくてはならないのに」

 体育館へ行く目的は一つ。最初に現れたあの大きな目のサイクロプスを倒す為だ。

「でもでもぉ! 怖いんだもん!」

「お前には力があるんだろ。どうにかなるんじゃねぇのか?」

「人事だと思ってぇ!」

 怖がるのも無理はない。勇者の力を持っているとはいえ、優子はこれまで喧嘩もしたことがない健全な女子高生だからだ。

「グズっても仕方ないよ。ほら! ついた!」

 グダグダと喋っている内に体育館の前まで着いた。

「静かだね……もういなくなっちゃったんじゃない?」

「そんな訳ないじゃないの。それにこの臭い……最悪だわ」

 体育館は静まり返っていたが、サイクロプスの体臭だろうか、鼻が曲がりそうな臭いが扉から漏れだしていた。

「本当に不快だわ。早く倒してしまいましょう」

 斎が細い腕を体育館の扉に伸ばすと、その手をアベルが掴んだ。

「お願いだから早まらないで! 相手は大柄のサイクロプス、こちらは四人。その内の二人はド素人。その上魔術の使いにくい世界に来ているんだ、勝率は決して高くないよ」

 アベルは斎の目を覗き込みながら必死に説得をする。

 斎は自分が苛立っていた事を自覚したのか、少し顔を赤らめながら素直に手を引いた。

「わかったわ……でもどうする? 作戦はあるの?」

「とりあえず、こうしようか」

 アベルが魔法陣のようなものが描かれた紙を取り出し扉に貼る。そして小声で何かを呟くと、スゥーと扉が透け、サイクロプスの居座る体育館の中身が丸見えになった。

「わ! わ! なになに、どうなってるの!?」

 目を輝かせながら優子が興奮した様子で問い掛けた。

「簡単な透視の魔術だよ。あらかじめ陣を紙に描いておくことで早く簡単に発動できるんだ」

「アベルくん魔法が使えるの!?」

「ん、まぁ、ちょっと違うんだけど。そんな感じ」

「もしかして、舞姫さんも?」

「斎でいいわよ……私は魔術は使えないの。でも私にはこの子達が居るわ」

 斎が手を振るとそれに合わせて風が吹く。耳元でワオンと言う犬の声が聞こえた。

「犬の声? どこから……」

「《ウォークトゥム》。風を操る獣よ。私の召喚できるものの一つ」

「召喚!? そんなこともできるの!? すごいね斎ちゃん!」

 和気あいあいとしている三人を尻目に、剣也はポツリと呟いた。

「視えた所で対策が無けりゃあ、何の意味もねぇ」

 その言葉に斎が噛み付くように毒を混ぜた言葉を吐く。

「何の力も持たないウドの大木が何か言っているわね」

「あぁ゛?」

 そしてまた二人の間に火花が散る。

 わかっていたがこの二人の相性は最悪のようだ。

「もう! いい加減にしてよ! 斎、いつもはそんなキャラじゃないでしょ!」

 アベルがどうにか冷静にさせようとするが、

「貴方に私の何が解るって言うの?」

 だんだん話が違う方向にシフトしてきた。

「みんな落ち着いてってば! ほら! あそこみて! 何かあるよ!」

 険悪な雰囲気をどうにかしなければ、と優子は目についたものを取り敢えず指差した。

 体育館のど真ん中にあぐらをかいて座る、四メートル程の魔物から右上の方向。二階ギャラリー。そこにもぞもぞと動く物体があった。

「ほらほら! 白と黒の布が……あれ、制服……? って美佳ちゃん!?」

 優子が自分が指差したものがなんであるかを理解して大声上げる。

 教室ではぐれた美佳が、サイクロプスの居る傍でギョロリとした大きな一つ目から逃れるように身を丸くし、震えているのだ。

「どどどどうしよう! 助けなくちゃ!」

 友達のピンチに完全に混乱して、体育館の扉に手をかける。

「ちょっと! さっきのやりとり見てたでしょ! おんなじ事何度もさせないで!」

 流石のアベルもキレ気味に叫んだ。

 こんなことをしていては埒が明かない。

 動揺する優子を抑えつけ、扉の前に座り込み作戦会議をする。

「みんないいかい? ボク達の目標はあのサイクロプスを倒す事。それとあそこに居る、えーと」

「美佳ちゃんだよ!」

「そう、ミカも救出する」

 斎と距離をとって座る剣也が不貞腐れて言葉を挟む。

「面倒くせぇな、女なんか放っとけば良いだろ」

 その言葉にびっくりして優子は声を上げる。

「なんでそんなこと言うの!? だめだよ! 美佳ちゃんは私の大切な友達なんだから!」

「私としても見逃せないわ。あの子の音楽が聴けなくなるのは勿体無いもの」

 思いがけない所から助けが入った優子はきらきらと目を輝かせて斎と目配せをする。二人は剣也を真正面から見据えて非難の視線を送った。

「チッ、わあーったよ」

 女子二人からの攻撃を食らってしまっては反論する気も失せてしまう。

 剣也はガリガリと頭を掻いてそっぽを向いてしまった。


 話のカタがついた頃を見計らってアベルが作戦を伝える。

「それで、作戦はこうだ。まずボクが光の魔術でヤツの目潰しをする。その内に皆が中に入って隠れる。キミ達はミカの所に行って待機。斎の召喚の準備が出来るまでボクが時間稼ぎをし、精霊がヤツにとどめを刺す。カンタンでしょ?」

 作戦は単純至極。優子と剣也は美佳の近くでサイクロプスが倒れるのを見ていればいい。それだけだ。

 しかし剣也は納得いかないようで、

「正面切ってやり合りゃあ良いじゃねぇか。何なら俺がやってやるぜ」

 魔物とのタイマンを望んでいるようだ。

「貴方って本当に凡愚ね。武器も持たないでどうやって戦うというの?」

 斎は鼻を鳴らして吐き捨てた。

 ムッとした表情をしながらも女子に殴りかからないのは不良の美意識に反するからだろう。

「武器ならある」

 そう言って立ち上がり、少し離れたところにある体育倉庫に歩いて行って、何かを手にして戻ってきた。

「そ、それって、バット?」

 野球部が練習で使っているものだろうか、へこみのある黒い体の得物を少しニヤついてブオンと振った。

「ふふふ、笑わせてくれるわね。そんな物で対抗できるのかしら?」

 斎はフンと鼻を鳴らして馬鹿にしたように剣也を見る。その態度に剣也はあからさまに不機嫌になった。斎を見下ろしながらバットを肩にかける。

「テメェの頭で試してやろうか」

「またキミはそんなこと言って。でも、うーん……願わくばソレを使う機会が無いことを祈るよ」

 反論しようと口を開きかけた斎を宥めながらアベルが言う。ここに来てからこの二人の為に心労を重ね続けているが大丈夫なのだろうか。

 それはさておき、これで前準備は整った。

 いざ、一つ目の怪物との勝負だ。

「じゃあ、行くよ」

 アベルが目を閉じ呪文を唱える。すると体育館の中に白い光球が生まれた。

 サイクロプスが突然現れた物体に疑問を持ちながら近づき、顔を寄せた瞬間、

 ピカッ

 光球が弾け、体育館中が光で白く染め上げられた。

「今だ!」

 扉を開け、全員が中に転がり込む。

 のたうち回る巨体から距離を取りながら、作戦通り、各々の場所に向かう。



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 カンカンカンカンッ!

「ヒッ!」

 いきなりピカッと目が痛くなるくらい光ったと思ったら、今度は何かが階段を登ってきている。

(ああもうダメだあたし死んじゃうんだあんなわけわかんない奴に殺されて食べられちゃうんだまだピチピチの女子高生なのにまだパパにお別れ言ってないのに…………パパ、おねえちゃん……)

 若く生涯を閉じることを憂いて辞世の句でも詠もうかと思っていた時、

「美佳ちゃあん!」

 何かが聞こえた。それは仲のいいクラスメイトの声に思えた。

(ああ優子の声だ何かもう懐かしいなこれが走馬灯って言うんだろうな……)

「美佳ちゃーーん!」

 ゆっさゆっさと体を揺さぶられる感覚と肩に小さな掌で掴まれたような熱が広がった。

(グフッ……最近の走馬灯ってのはすごいな、感覚まで付いてくるのか。お得だなあ……)

「美佳ちゃんてば!」

「さっさと起きろこのデブ」

 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「……あんだとコノヤロー!」

「良かった! 生きてたよ美佳ちゃん!」

 前を見ればアホ面。もとい、優子の丸い顔がこちらを見つめていた。

 その後ろにクラスの不良男が居る気がするが無視しよう。

「優子? なんで……」

「助けに来たんだよ! 美佳ちゃんの事!」

「あ、あたしの事? あんたが?」

 信じられなかった。

(臆病でいつもあたしの後ろに隠れていた、あの優子が? ああ、涙が出てきた。まるで我が子の成長した姿を見たみたいだな。パパもこんな気持ちだったのかな?)

 なんか不良が苛ついた顔でこっちを見ている気がするが、幻覚だ。

「ありがと、優子……でもアイツがいる限りあんたも危険なんじゃあ……」

 顔を左下に向けてみるとあの憎らしい魔物のハゲ頭が見えた。

 しかし、なにか様子がおかしい。

「何あれ……鳥?」

 一つ目の周りを色とりどりの光が飛び交う。よく観察してみるとそれは鳥のような形をしているようだった。

 赤の鳥は足の間を通り抜け、青の鳥は目を突き、黄色の鳥はこれみよがしに悠々と旋回し、その姿を見せつける。

 魔物はうるさいハエを捕まえてやろうと手を伸ばすがその巨体故、素早い動きができずに空を掴む。もどかしさに癇癪を起こし、咆哮を上げながら手に持った棍棒を振り回している。

「え、なにあれ! どうなってんの?」

「アベルくんかな」

「アベル? なに? 人の名前?」

「うーんと、アベルくんて言うのはね」

 優子の言葉を遮って剣也が言う。

「くっちゃべってる暇なんかねぇぞ」

 バットのグリップを握って小さい声で呟いた。

「チッ、やりづれぇ……」



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



(……上手くやってるみたいね)

 ステージの裏で精霊を呼び出す為の詠唱をしながら斎が考える。

(これなら早く終わらせられそうだわ)

 瞳を閉じて集中しようとした時、視界の隅に光の玉が飛び込んで来るのが見えた。

「……ッ!?」

 サッと猫のような身のこなしで避けて、飛んできた物体を見る。

(これ、アベルの鳥じゃないの!)

 ステージのもう一方の端にいるアベルを見る。目立つ金色の髪をした少年は肩で息をし、随分消耗している様子だった。

(アベルは元々保有魔力が低い……それにこちらに来たばかりで体が慣れていないんだわ)

 唇を噛む。考えが甘かった。早急に事を済ませようと思った自分を恨んだ。もっと準備をしていれば……

(お願いだからもうちょっと保って頂戴。もう直ぐだから……)

 今更悔やんでも仕方がない。もう既に戦いは始まっている。

 祈りを込めながら口を動かす。唇から溢れる言葉には冷気が宿っていた。



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



「……っていうことなの」

「なるほどつまり陽動作戦ってことね」

 美佳は納得した様子でうんうんと頷いている。

 魔法や精霊など現実的なものでない単語も交えて作戦を伝えたが、すんなりと受け入れられたようだ。………もっとも、目の前に非現実そのものの一つ目の怪物がいれば、疑う余地などないのだが。

「ん……?」

「どしたの? 剣也くん。」

 身振り手振りで優子が説明している時、剣也が何かに気付いたようだった。魔物の方に視線を向けている。

「あの野郎……」

剣也が見ているものは鳥達の動き。いや、もう鳥と言っていいのかも判らない程形がぼやけ、統率を失っためちゃくちゃな動きをしていた。

「あれ、どうしたんだろう?」

「アベルの野郎が疲れてきてやがる。まだあの女の準備も終わってねぇみたいなのによ」

「え! うそっ、どうしよう!」

「どうするのよ……」

 美佳が疲れ切った様子でぼやく。

 焦点の合わなくなってきた双眸を下に降ろすと先程までちらついていたものがピタッとなくなり、やっと目を休ませることが出来るようになった。

……いや、おかしい。動いているものが無くなることはあってはならないのだ。

 少し顔を上げ、体育館の中央に視線を移すと、

「ヒッ……」

 見つめられていた。

 人間の頭程もある大きな単眼がこちらをヒタと見据えている。

「ゆ、優子……優子!」

 いつの間にか優子に頼っている自分がいた。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

「なに、美佳ちゃ……」

「ガアアァァァアアアァア!!」

 耳が痛くなるほどの咆哮を上げながらサイクロプスが棍棒で殴り掛かって来る。

「ひょえっ……きゅあああ!!」

「クッ……」

 運良く直撃を避けた優子と剣也だが、代わりに怪力から繰り出される打撃をもろに受けた足場が音を立てて崩れ、二人諸共落ちていった。

「……! 優子!」

 ギャラリーに一人残された美佳は落ちないギリギリの際まで進み、優子の落ちた先を覗き込む。

「優子! 大丈夫!」

「うん……剣也くんは……大丈夫?」

「うるせぇ……」

 落ちた際にところどころ打ったものの、大事には至らなかったようだ。

「……おい、下がってろ」

 大きな怪我が無くて良かったと喜ぶ暇などありはしない。

 ドスンと目の前に飛び込んできたのは太い足。上を見あげると血走った一つの目があった。

 剣也は立ち上がり、優子を守るように前に出る。

「グルルルルル……!」

「この図体ばっかりデカい木偶の坊が……!」

 巨体の魔物が棍棒を握りしめる。ゲームでは序盤で倒せるくらいのモンスターも、現実では自分の死をちらつかせる。

「逃げて! 剣也くん!」

 魔物がゆっくりと棍棒を振り上げる。

 優子が後ろで逃げろと叫ぶが剣也は、

「が、はぁッ……!」

 何もかもを破壊するような威力で振り下ろされた棍棒を、その身で受け止めた。

 カラン、と持っていたバットが音を立てて足元に転がる。

「! どうして!? 避けられたはずなのに!」

 優子は知っていた。棍棒を振り下ろす魔物が自分だけを見ていたのを。剣也は逃げようと思えば逃げられたはずだ。なのに、そうしなかった。

 優子は疑問に思っていた。あったばかりのこの少年がなぜ身を挺してまで助けてくれたのか。

「ぐ……お前に死なれちゃ、困るんだよ……!」

 相手の棍棒をしっかりと抱え込みながら瀕死の少年は言う。

「お前には、まだまだやってもらわなくちゃあ、ならねぇ事が沢山、あるからな。だから……」

グッと棍棒を掴み吐いた言葉は――――

「やれ! 斎!」

「……凍てつく吐息で全てを閉じよ! 《グリアメイア》!」

 斎の声が光の帯となり陣を描く。

 その陣から這い出てきたのは透き通る体をした、スカーフ代わりに冷気を纏う異形の貴婦人だった。蹄を踏み鳴らし、薄い氷のレースを振るう。

「……!」

 美佳はヒンヤリとした空気に身震いしつつ突然現れた異形を凝視した。それは理解を超えるほど美しく、この上ないほど魅了された。

「あれが、斎ちゃんの?」

 優子の吐く息が白く凍る。折れたギャラリーの手すりを霜が覆っていた。

 貴婦人は優雅な動作で腕を魔物の方に向けると、背後に冷気が集まり、徐々に鋭利な氷の矢が生成される。

 そしてそれを――


――サイクロプスは自慢の目に冷たい氷の矢が突き刺さる未来を想像した。こりゃたまらん、とばかりに棍棒から手を離し氷の矢の軌道の外へ逃れようとする。

 その背中を貴婦人がゆっくりと追って行く。

「剣也くん!」

 サイクロプスが離れたのを見て、優子が剣也のもとに駆け寄った。手を取り涙声で必死に呼びかける。

「ぐっ、はぁ……うう」

 剣也は胸を抑えて倒れ込んでいる。口の端からは血が滴っていた。吐く息はゼイゼイと荒く、どうやら折れた肋骨が肺に突き刺さっているようだ。すぐに命に関わることはないが、手当をしなければ危険な状態だ。

「怪我は……ないか……?」

 優子に握られている手をギュッと握り返して虚ろな瞳で見る。

「!? 私は大丈夫だよ……それより剣也くんが……」

「死にゃあしねぇよ……守るって決めたからな、今度こそ……」

「今度……?」

 今度とは一体なんのことだろう。

 剣也とは親しい間柄ではなかった。今まで話したこともないぐらいだ。それが、なぜ?

「優子! 大丈夫なの!?」

 名前を呼ばれ、ハッとして上を見上げた。美佳が心配そうな顔で覗き込んでいる。

「私は大丈夫っ! でも剣也くんが!」

「なんかあっちもやばいみたいだよ!」

 美佳はステージの端を指し示す。緞帳の端から焦りの表情を浮かべる斎と、倒れた人の足が覗いていた。その傍に数枚の紙が落ちている。

「アベルくん!」

 その声に反応したのか、貴婦人と一緒に踊っていたとても紳士とは言えない怪物が、舞台袖に目を付ける。

 そこからは今までの動きからは想像できないほど素早かった。怪物は棍棒を振り、氷の貴婦人を遠ざけるとドタドタと地を揺らしながらステージへ走っていく。

 踊りを中断された貴婦人は大量の矢を作り出したがこのまま放つと主人である少女に当たってしまうと判断し、撃つに撃てないとオロオロしていた。

「どうすれば………わ、私が、やるしかない、私がやるしかないんだ!」

 優子が震えながらも恐ろしい怪物をしっかり見る。

 意を決した勇者の少女はドカドカと足音を立てる巨体に向かって走りだすが、

「あいたっ!」

 もう少しで追いつくという所で足がもつれて転んでしまった。

「ううう……うう」

 所詮ただの女子高生がどうにか出来るわけもないのである。

「ダメだ、こんな所で……!」

 アベルが苦しげに呻き、紙を握りしめるが何も起こらない。何もすることが出来ない。

 ほら、音に気付いた怪物が振り返り、腕を振り上げ……

「グゥウウォオォォォォオオオオ!!」

「優子! 前!」

「クソッ……また……!」

「何をしているの! 早くそこから退きなさい!」

「優子ぉーーー!」


「私……私は――――」


 キーーー…………ン


『大丈夫、心配しないで。だって君は……』






『「勇者なんだ!」』





 優子の手元に光が集まる。白く輝く光の粒が頬を照らし、細く長いものを象っていく。

 一段と強く輝いた時、それは美しい装飾のついた白銀の剣になり、優子の手に収まった。

「あれは……」

「もしかして【勇者の剣】!?」

 優子は剣を持ったことがない。けれどその剣は驚くほど手に馴染んだ。

 グリップをしっかり握り、構える。この剣で何をするべきか考える必要もなかった。

 いよいよ勇者らしくなってきた優子がキッとサイクロプスを睨む。その真っ直ぐな瞳に射抜かれた一つ目は身動きすることすら出来なかった。

「はああぁあああ!」

 剣を手にした優子が勢い良くサイクロプスに突進する!

 が

  、




 ずべっしゃああああ!




 思い切り転んだ。パンツまで見えた。


「はあああああああ!?」

「なんだって!?」

「えぇ……」

 皆クマちゃんパンツに目を奪われ、開いた口が塞がらない。

「やっぱむーりー!!」

 格好を付けた反動で、恥ずかしさのあまり半泣きになる優子。その茶番からいち早く抜け出したのは、一番愚鈍なはずのサイクロプスだった。

「グウウッォオォォオ!」

 その声でやっと正気に戻った斎が下僕の名を呼ぶ。

「《グリアメイア》!」

 主人の声が自分の名を呼んだことに嬉しさを爆発させながら、彼の氷の貴婦人が局地的な吹雪を起こす。

 小さく渦を巻きながら一つ目めがけて氷の風が吹く。

「グゥウルルゥウアアアァァァア!」

 吹雪に目をやられたサイクロプスが叫ぶ。

「くっ、イケるかな……!!」

 膝をつきながらも、アベルが服の内側から紙を取り出し、呪文を唱える。

「優子! サイクロプスの弱点はあの大きな目だ!」

「目!? 目をどうするの!?」

「どうするって剣でどうにかするしかないでしょ! そのまま構えてて!」

 凍える寒さの中、奇妙な踊りを繰り出すサイクロプスの足元に、どこからともなく縄が巻き付く。サイクロプスは縄に足を取られそのまま頭から転び……


 グサァッ!


「よし、ビンゴ!」

 優子の構えていた剣に深々と突き刺され、絶命した。

 サイクロプスの体からは体液がドクドクと止めどなく流れ出て、

「い、いやあああああああ!?」

 優子の制服をびっしょりと濡らした。



 こうして、勇者一行は初の戦闘に勝利を収めた。

 優子の服と引き換えに。


 長い旅の幕開けである。

長くなったー疲れたー寝るーおやすみー

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