その三、旅は道連れ世は情け。
前回のあらすじ
無理だわー、モンスターとかまじムリだわー。
絶体絶命だわー。
背の高い影は小人の腕を捻りナイフを落とすと足元をサッと払った。足払いを受けた小さな体は、いとも簡単に転がされ、その醜い顔に容赦なく靴の裏が叩きこまれる。
「うわぁ……」
あまりにも滑らかな一連の動きに感心していた優子はハッと我にかえり、改めて影を見る。徐々に見えるようになるその顔はやはり、クラスメイトの内藤剣也のものだった。
コンクリートにへたり込む優子を高い位置から鋭い眼光で見下ろしている。その琥珀色の瞳から感情を読み取ることはできなかった。
「テメェ……」
「は、はい……?」
剣也は突然ガッと優子の頭を掴み、ゼロに近い距離まで近付いて顔を覗き込んだ。
「ひぇ!? ななな、なにぃ!?」
優子の言葉を無視してまじまじと、何かを確かめるように目を見つめる。
「あ、あのぅ……」
「行くぞ」
剣也は優子の手を掴み、釣り上げるようにして強引に立たせた。優子はよろめき、剣也に縋り付くような体勢になった。
「は? えっ!?」
優子は不意の出来事に理解が追いつかない。
「ちょっ! ちょっと待って! 行くってどこに!?」
無理やり手を引かれ、引き摺られて足がもつれながらもなんとか踏ん張り剣也のあとに続く。
剣也は聞こえているはずの声を無視し屋上を後にする。足取りは迷う素振りを見せず、ガンガンと音を立てながら階段を降りていく。
「剣也くん!?」
「うるせぇな、さっさと足動かせ」
屋上から下へ降り、現在二階の西側階段。優子のクラスの二つ隣、最初に騒ぎが起きた場所だ。剣也はそこで立ち止まり、教室の扉に手を掛けた。
「ここに、なにかあるの? ここは安全なの?」
「黙ってろ」
ガラガラと音を立てて開いた戸の先に見えたのはある女生徒の後姿。
毛先が切り揃えられた長い烏の濡れ羽色の髪。その美しい髪の持ち主の口から凛とした声で言葉が紡がれる。
「……時空を司りし神の厳粛なる門よ、与えられし命に従い彼の者をここに召喚せよ」
彼女の命令に答えるように教室中に光が舞う。それらはだんだんと収束していき、彼女の前に光り輝く門を形造っていく。
「我、舞姫 斎の名の下答えよ。汝の名はアベル・カサルティス!」
光で作られた門の扉がゆっくりと開く。
溢れんばかりの光の中から現れたのは、金糸の髪と萌える若葉色の瞳を持った、一人の少年だった。
「はぁあー、やっとこっちに来れた。疲れたよ」
少年は軽やかな足取りで門から一歩踏み出す。その後ろで門は現れた時と同じように光となって散っていった。
「お疲れの所悪いけど、休んでいる暇なんか無いわ。もう異変は起こっているんだもの」
黒髪の少女は言う。
「わかっているよ」
少年は年寄り臭く肩を回した。
「ところで後ろの二人は誰だい?」
少年は指を指す。少女の後ろ、優子達をまっすぐに。少年の指に釣られて少女が振り返り、驚いた顔を見せた。どうやら今まで二人の存在に気付いていなかったようだ。
振り向いた少女の顔がよく見える。少女は異変が起きる前、優子に意味深なことを言った舞姫斎だった。
「……舞姫さん? どうしてここに? 逃げなかったの?」
優子の問い掛けに応えることなく、斎はツカツカと剣也に近付き睨み付ける。
「貴方、何者?」
剣也も敵意も顕に低い声で返す。
「人に尋ねるより自分が名乗るのが先じゃねぇか?」
二人は無言で睨み合い、教室に不穏な空気が流れた。
「ちょっと、斎! 喧嘩はダメだよ!」
険悪な雰囲気の二人の間に少年が割って入る。斎の肩に手を置き後ろの剣也を見上げた。
「驚かせちゃってゴメンね。許してあげて、斎に悪気はないんだ。」
少年はニコニコしながら話しかけるが、剣也の表情は変わらない。斎を見るよりも鋭く少年を睨む。しかし、それで少年が怯む様子はない。
「キミの言う通り、自分達から名乗るのが先だよね」
少年はパッと向き直り明るい声で言う。
「ボクの名前はアベル。アベル・カサルティス。太陽の国出身の魔術士だよ! あ、良かったらコレ食べて」
アベルと名乗る少年は服のポケットから包みを出すと、優子達の前で開いた。包みには数種類のナッツが入っていて、中には見たこともないような色の物もあった。優子は目を輝かせてナッツに手を伸ばす。
「わ! なんか美味しそう、頂きまーす!」
ガツン、と優子の頭に衝撃が走った。
「いったぁーい! 何するの!」
ズキズキ痛む頭を抑えて隣を見あげる。剣也が鬼のような形相で拳を握っていた。
「馬鹿かテメェ。こんな得体の知れない奴の出すもんなんて食えるかよ」
「得体も知れてるよ! アベルくんだよ! 怪しくなんかないよ! ナッツおいしそうだよ!」
「怪しくねぇ訳ねぇ、この状況で、こんなことしてたら誰だっておかしいってわかるだろ!!」
あまりの剣幕に面食らって思考が停止している優子。
アベルはそれを軽く流し、ナッツを一つ口に運んだ。
「ムグムグ、彼の言うとおりだ。この状況でボク達ほど怪しい人物は他にいないよね」
苦笑いをしながら、アベルは自分について語る。
「ボクはこの世界の人間じゃない。違う世界から来たんだ」
「違う世界?」
優子は目を丸くして驚く。
「アベルくんは宇宙人なの?」
「え、宇宙人?」
「アベルくん地球じゃないとこから来たんだよね、どこの星の人? 見た目は変わらないけど」
優子の言葉にアベルと斎は頭を抱えた。剣也もおかしなものを見る目で優子を見る。
(ねぇ、斎。ホントにこの子で間違いないの?)
(間違いない筈よ……多分)
コソコソと頭を寄せる二人を優子は頭にハテナを浮かべて見ている。
「………星とか、銀河とか、そんな次元の話じゃねぇんだろ?」
剣也の助け舟にアベルはホッとした表情を見せた。
「そうそう! 銀河の宇宙のその先の、まったく違う『世界』から来たんだ!」
ゴホン、と咳払いをして続ける。
「ボクはその世界――コルヴェトーリアから斎の力を借りて来た。ある目的の為にね」
「目的?」
「そう、その目的は」
一呼吸置いて、しっかりと優子の目を見つめて言った。
「キミを迎えに来たんだ。優子」
書き直したよー
次もお願いしまーす。