その二、武器は装備しなければ意味がないぞ!
前回のあらすじ
なんか真っ黒なところで真っ白な奴に突き飛ばされる夢見たぞ!
誰だアイツ!
つまずきながら靴を履き、母に見送られながら優子は玄関を出た。
寝癖のついた髪を抑えながら登校用の自転車が置いてある場所へ向かう。自転車は使い始めて一年が経ち、少しばかり錆が浮いてはいるが後二年の学校生活を共にするには申し分ない。
自転車の鍵を外しペダルを漕ぎ出すと、暖かな風が頬を撫でた。
「優子ちゃん、おはよう」
「おはよっ! おばあちゃん!」
「優子ちゃんはいつも元気で偉いねぇ」
「えへへ、ありがとう」
優子の家から少し離れた所に住む、老婆との会話。立ち止まっていれば始業のチャイムに間に合わない可能性もあるのだが、優子はわざわざ自転車を降りて老婆と世間話を交わす。
優子はこの日常を愛していた。平凡に過ぎる毎日を。
自分の生まれ育った街。そこに住む人々の生活。その全てが優子にとって大切なものだった。
カチッ、カチッ、
「あと三分……」
ジャージ姿の男性教師が袖を捲り時計を見ている。県立三ツ谷高等学校の正門前。優子の通う高校だ。
現在時刻は八時三十七分。既に殆どの生徒が教室に入り、自分の席に着いている頃だろうが未だ優子の姿は見えない。
長針が一つ進む。そこでやっと優子が自転車を立ち漕ぎしてやって来るのが見えた。
「ハァッ……! ハァ……! いそざきせぇんせー、おはようございまぁーす!」
「おう。おはよう、内原。今日もギリギリだな」
シャー! と、ものすごい速度で優子の乗った自転車が突っ込んでくる。教師はそれをヒョイと避けて腕の時計を見せた。
「時間無いぞー、急げー」
「急いでますってば!」
荒々しく自転車を停め、優子は校舎へあらん限りの力で駆け出した。
「貴方」
優子は廊下を脇目も振らず走っていた、その背中に声が掛けられる。
「貴方。内原優子」
「え? なに、誰?」
振り向けば艷やかな黒髪。いかにも美少女然とした肌の白い少女が優子をじっと見つめていた。声の主はこの少女で間違いはないだろう。
「……舞姫さん?」
クラスは違うが同学年の子だ。容姿端麗、成績優秀。余りにも完璧過ぎる姿に全校生徒から畏怖の念を抱かれ距離を置かれている……名前はそう、舞姫斎。
確かに近寄りがたい雰囲気だ。自分達とは一線を画したオーラを感じる。
舞姫と呼ばれた少女は優子に近付き、そっと耳に息を吹きかける様に呟く。
「今日は特別な日になるわ。貴方にとって、世界にとって」
舞姫の首筋からふわりと立つ花の薫りに、背筋にゾクゾクとした感覚を覚えた。
しかし舞姫は優子から顔を離し、途端に興味をなくしたかのように踵を返して去って行ってしまった。
「…………何だったんだろう、今の」
ポツンと廊下に一人取り残された優子は舞姫の後ろ姿を眺めていたが、ハッと我にかえり教室へ全力で走った。
「おはようございまぁす!」
ガラガラァー! と、教室の扉が壊れそうな勢いで開かれた。
「お、おはよう優子」
「おっすー!」
「ハァ……ハァ……間に合った?」
「ギリギリセーフ、良かったね」
汗だくの優子を出迎えるのはクラスメイトの橘 美佳と金本 剛太。優子の大切な親友だった。
キンコン、と教室の角に取り付けられたスピーカーからまったくもって平凡な、面白味のないチャイムが鳴った。まだ廊下にいた生徒達が一斉に教室に入っていくのが見えた。
「ん、時間だな」
「ちぇ、優子が早く来ればもっと話す時間あったのに」
優子が入ってきた扉とは違う扉から教師が入って来た。間延びした声でホームルームを始める。
「ごめんね美佳ちゃん。明日は早く起きるから」
優子も一旦美佳達と別れて、離れた自分の席に座った。
「起立、気を付け、礼、着席」
全員が自分の席に戻って、委員長が号令をかけ、皆がそれに従って行動する。いつものように。
「じゃあ、出席確認するぞー」
教師が少し擦れた出席表を開きながらまたも間延びした声で生徒一人一人の名前を呼んだ。
「高橋ー」
「はい」
「鶴ケ谷ー」
「ほいー」
「富谷ー」
「はーい」
「内藤ー。おーい、内藤ー?何だまたアイツ休みかー?全く、もう二年生だぞ。いつまでも一年生気分じゃイカンなー」
全員の出欠をとった教師の話は日課の確認に進む。
「えー今日はー」
その時だった。
「きゃぁああーーーーーー!!」
不意に廊下から響き渡る悲鳴。どう考えても虫が入ってきたレベルのものではなかった。誰かが倒れた? 不審者が入ってきた? そんなシチュエーションが頭を過る。
「何!? なんかあったの!?」
女生徒がいち早く声を上げる。
「何だあの声、A組の方からか!?」
廊下からバタバタと統率のとれてない多くの足音と悲鳴が爆撃の様に鳴り響く。朝の眠たげな雰囲気が緊迫感溢れるものに塗り替わった。
「落ち着けみんな! 俺が見てくる! 戻ってくるまでここを動くな!」
教師がそう言った時、教室の後ろがミシッと、
「え?」
ミシッ、ビキィ
「亀裂……?」
ミシッ! ビキィッ! バキッ…!
「…………」
ドガシャアアァァァアア!!
壁が、崩される。
何人かの予想は当たっていた。しかしそれは最も最悪なシチュエーション。
瓦礫の中から現れたのは、怪物。
大きく筋肉質な体にボロ切れを巻きつけただけの格好をした巨人が、棍棒を手に生徒の前仁王立ちする。
体に対して小さすぎる頭、充血して真っ赤になった大きな大きな一つの目…………
その姿はまるでゲームやマンガで出てくるサイクロプスそのもので――――――
「グゥオオオォォオオァアアァァア!!」
突如として現れた非日常的な存在に呆然としていた生徒達も、獣を思わせる野太い雄叫びに一気に現実に引き戻された。
「きゃあぁぁああああ!! いやぁああああ!」
「うわぁあああぁああああ!」
平和な日常がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。代わりに現れたのは非現実的なまでの現実。夢だと思いたいが砕けた壁材の破片が当たった痛み、鼓膜を破らんとする怪物の咆哮、生徒の叫び。全てがこれは現実だと裏付ける。
「おい! 邪魔だ退けろ!」
「お前が邪魔なんだよ!」
棍棒で襲い来る巨体から逃げ惑う生徒。しかし混乱状態では思うように動けず、どうにか自分だけでも助かりたいとする人達の無意識の足の引っ張り合いが始まった。
教室は地獄、廊下も既に秩序を失った人の群れがひしめき合っていた。その波にもみくちゃにされながらも比較的小柄な優子はなんとか、おしくら饅頭状態を抜け出し、怪物の手の届かない所へ逃げようと走る。
「ハッ、ハァッ! なんなのあれ!?」
兎にも角にもこの場所から離れようと優子はがむしゃらに足を動かした。体中が痛んだが気にしている余裕などない。
「ど、どどどうすれば! どうすればいいの!? は! とにかく遠くへ! 逃げなくちゃ!!」
優子は単純だった。その場から最も遠い場所へ逃げようと咄嗟に考えた。階段はすぐ傍だ。
「ええーと、ここから遠いのは……屋上だ!」
階段を飛ばしながら駆け上がり、屋上の扉を乱暴に開いた。
「ふん! ……よし!」
視線を左右に向け安全を確かめ、ついでに上下も確認する。晴れ渡る青空と所々湿ったコンクリート。優子はここが安全だろうと判断した。
「はぁー……なんなのよぅ……」
喧騒から離れ、多少冷静になってみると、今起きていることがまるで悪い夢のように思えてきた。それがただの現実逃避であることは気付いてはいないものの、仮初であっても少しの安心感を得られたのならば優子にとって幸運と言えるだろう。
優子は展望台の壁を背にし、ざらざらとしたコンクリートに腰を下ろす。
「美佳ちゃん、剛太くん、はぐれちゃったなぁ……」
ため息をつきながら日陰の少し湿った地面に手をついた時、指先に何かネチョッとしたものが触れた。
「ん?」
疑問に思いながら視線を下にやると、
目が合った。
「ひっ、ひぃいいい!?」
指先に触れる粘性のある液体の先に光る二つの目が、こちらをじぃっと見つめていた。
たじろぐ優子にその瞳の持ち主がゆっくりと近づく。日の当たる所に出ると、ハッキリ姿を見ることができた。
まず目立つのはその色。ヒト型をしているが、全身の緑色の皮膚が明らかに普通の人間ではないと感じさせる。よくよく見てみれば緑色の皮膚の他にも尖った耳、口の端から覗く鋭い牙、黄色く汚らしい長い爪が、ヒト型である以外人間とはまったく違うものだと示している。
ジリジリと近づいてくる背を丸めた緑色の体。大きさで言えば優子のほうが一回り大きいのだが、もともと臆病な性格の上、混乱しきった頭ではこれをどうにかしようなどと言う考えは出てこなかった。
「いやぁ……! 来ないで、来ないでよぅ……!!」
後ろは壁、コンクリートの壁の冷たさが服を通して伝わってくる。もはや優子に逃げ道はない。
涙目で訴えるものの相手はまるで聞く耳を持たず、石で作ったナイフを手の中でくるくると回す。
一歩、二人の距離が縮まる。まるで焦らすかのようにゆっくりと。
二歩、普通の人間ならば手の届く距離。しかし、二人には少し物足りない。
三歩、もうすぐだ。すぐに彼女の柔らかな髪に触れられる。嬉しさに舌なめずりをしながら、ナイフを逆手に持つ。
四歩、もう目と鼻の先だ。彼女の強張る顔を見て高鳴る胸の鼓動を感じながらナイフを振り上げそして、振り下ろ
そうとした手が誰かに止められた。苛立ちを隠そうともせず邪魔者を睨みつけた。逆光のせいで顔はよく見えない。
ナイフを持った手がギリギリと締め付けられる。
俺と彼女の邪魔をするのはダレだ?
「剣也くん……?」
キャラを思いついたらまずイラスト描くんですけどね、そうしないと小説書く作業に移れないんです。でもこのキャラデザが一番難しくて時間が掛かるという。誰か描いてくれないかなー(/ω・\)チラッ