その九、説明書はしっかり保存しよう。[下]
前回のあらすじ
剣でたぁ!アベルくんに調べてもらうよ!
「やったじゃないか優子!」
優子の手に勇者の剣が握られている。まだ二回しか触ってないのにいつも近くにあったような暖かい感覚に包まれる。
「わーい! やったー!」
小さな子供のようにはしゃぐ優子だが、突然ばたんと倒れ込んでしまう。
「優子!」
「あ、れ? くらくらする……」
「あああ! 魔力ダダ漏れじゃないか。仕舞って仕舞って!」
駆け寄ったアベルが床に倒れ伏す優子を抱きかかえる。しかし、その体はまるで芯が抜けたようにだらりとしていて、目も虚ろ。どうやら尋常ではない様子だ。
「しまうって言われても……どうやるんだろ……?」
「アベル! 魔力の制御ができてないわ!」
「あわわ、コレ付けて!」
本人よりもパニックを起こしているアベルが自分の指から指輪を外し、優子に付ける。
「深呼吸して……心を落ち着かせるんだ、魔力の放出を止めなければいけない。蛇口を閉めるイメージ、分かるかい? 強くイメージして魔力を少しずつ絞っていくんだ」
「蛇口……閉める……」
力なく呟く優子だが、無事に剣を仕舞うことができた。指輪が鈍く光り、剣が霧散した。
優子の目に段々と生気が戻っていき、それを見たアベルはホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫かい?」
「うん……だいじょぶ」
「良かった! 魔力が切れちゃったらどうしようかと!」
「あまり心配をかけさせないで頂戴。優子、貴女にはここで倒れられちゃ困るわ」
二人で優子をベッドに横たわらせ、斎は気付けのため、お茶のおかわりを取りに部屋を出た。
「ありがとう……でも何でいきなり倒れちゃったんだろう?」
「ソレは優子の保有魔力が切れかかってたからだよ」
「保有魔力?」
「ああ。体内に貯めておける魔力の量のことだよ。この世界には魔力の元になるマナが満ちていてね。ソレを体内で魔力に返還することで、魔術や召喚を行うことができるんだよ。しかし、変換率や速度、そして保有魔力の量には個人差があるんだ。……魔力は命の源だよ。優子の世界では魔術の類はないから使い切ることはないけど、もし切れてしまったら……」
「しまったら……?」
「死ぬ」
優子は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。軽い気持ちで剣を出してみただけのあの一瞬で、死んでしまったのかも知れないのだ。
「良かったよ、ホントに」
アベルは優しく優子の手を握った。そこで優子はやっと気付く、自分の指にピッタリと嵌められた鈍い銀の指輪に。
「この指輪って何なの?」
「コレ? ああ、コレはね、魔術の使用を補助する道具だよ。本当は魔術習いたての初心者なんかが使う道具なんだけどね。一度に使える魔力は少なくなるけど、その分扱い易くなる。着けた人物の保有魔力以上が求められる魔術の使用を制限する機能も付いている。コレは優子にあげるよ。慣れるまで着けておくといい」
優子は手を伸ばし、指輪を観察する。何も装飾の施されていない、ただよくわからない文字で一文字だけ掘られている銀の指輪。優子より太いアベルの指に嵌められていた筈だが、今は優子の指に完璧にフィットしている。
指輪を見つめながら優子は静かに考えた。勇者の剣、自分にしか使えない力。それなのに使いこなすどころかその力で死にかけている。同じような力を持つ剣也は息をするように使いこなしているというのに。
「優子」
お茶を持ってきた斎が、優子を見つめながら静かな声で呼ぶ。その強い視線を受けて優子の体がビクリと震えた。
「何を考えているかお見通しよ。自分を卑下するのは止しなさい、何の得にもならないもの。……そんなことをしている暇があったら、少しでも学びなさい。この世界のこと、勇者のこと、そして……魔王のこと。知識が増えればそれだけやれることが増えるわ」
優子はどんなお説教を受けるのかと身構えていた。自分に自信が無い、そんな事で勇者が務まるのか。自分を攻撃されるようなことを言われるのだと、無意識にそう思い、自分を守るように体に腕を回していた。
しかし……しかし、斎の言葉に優子が傷つくことはなかった。学びなさい。色々なことを知りなさい。諭すように、言い聞かせるように。優しく優子にそう説いた。
「斎ちゃん、私……」
少しだけ潤んだ瞳で斎を見る。斎もその視線をしっかりと受け止めた。
「そうだよ! 今すぐにできるようになる必要はないのさ! これから慣れていけばいいんだもの、ボクらと一緒にね!」
グッと立ち上がって叫ぶアベルの姿に勇気付けられる。負けてはいられないと、優子も拳を握り強く締め宣言する。
「わかった、私頑張るよ! いっぱい勉強してみんなの、世界の役に立てるように!」
「その意気だよ、優子!」
さっ、と優子に手を伸ばしてきたアベル。その手を握ろうと思わずベッドから体を起こすが、
「あっ……」
優子の体は未だに回復せず、ふらっとアベルの腕に倒れ込む。
「まだ辛かったか。ゴメン、気付けなくて」
「少し気合を入れすぎたようね、そろそろ休んだ方がいいかしら。もう夜も遅いし、明日に備えなければ」
斎が眺める窓のの先には月の光も入らない程の暗闇が広がっていた。静かな空間に虫の声が響く。
「このまま話し続けるにはろうそくの火じゃ心許ないわ」
「確かに、少し話に夢中になり過ぎちゃったね。じゃあ、今日はもう寝よう!」
アベルがそう言ったのを皮切りに、各々が就寝の準備をする。
「あれ?」
着替えを出す斎の後ろで優子が呟く。
「何?」
「いや、何でアベルくん達もここで準備してるのかなー、って」
優子が後ろを振り向くと、丁度アベルが着替えている所だった。
かぁぁっとなって顔を戻す優子。その姿を見て斎は無情にも真実を告げた。
「部屋はここひとつよ。皆一緒に寝るわ」
そう言って自分も着ていた制服を脱いで惜しげもなく滑らかな肌を外気に晒す。同世代の女の子が同じく同世代の男の子がいる前で着替えをしている。そして自分もそうするしかない現状に優子は、
「えええええぇぇぇ!!」
今日一番かもしれない驚きの声をあげた。
こうして、お騒がせ勇者ご一行の長い1日が終わりを告げた。
この先に待ち受ける強敵、試練に立ち向かい一行は世界を救うことができるのか。
朝日を待つ優子達は希望を胸に目を閉じた。
続きます。
スミマセン、終わりみたいな書き方しちゃって。
よければこのまま優子達の旅に付き合ってやってください。更新頑張ります!