その九、説明書はしっかり保存しよう。[上]
前回のあらすじ
ご飯食べたよ!美味しかった!明日の朝ごはんは何かな!
「そこ、危ないわよ」
「わ、わかってるよ」
賑やかな食事会の後、優子達はマグダの淹れたお茶とカップを持って用意された部屋へ向かった。
教えられた通りに進んでいくとドアがあり、一番最初入ったアベルがろうそくに火を付け部屋の全貌が揺れる光に照らし出される。この家で最も広いであろう部屋をあてがわれたようで、大きなベッドが二つと中央に丸いテーブル、四つの丸椅子が置かれていた。
窓からは柔らかな月明かりが差しこんでおり、とても快適に過ごせそうな空間だった。
優子は中央のテーブルにカップの載ったトレーを置き、部屋を見渡す。
「修学旅行みたいでドキドキするね!」
「シュウガクリョコウって言うのが何か分からないけど、初めて来た土地で寝泊まりするワクワクはボクにも分かるよ」
ベッドに飛び込むと、日中干していたのか柔らかくふかふかで、爽やかな匂いに包まれる。優子は枕を抱いてごろごろと満足そうだ。
「そのまま寝ないで頂戴。少し今の状況について説明するわ」
椅子に座りお茶を注ぎながら斎が言う。
「はい」
「ありがとう」
優子も椅子に座りカップをお茶の入った受け取る。斎は剣也にも勧めたが首を横に振り、警戒するようにドア近くの壁へ背を預けていた。
「何だか不思議な匂いだね」
「コルンと言う穀物を使ったお茶だよ。この地方の特産品で疲れた体に良いんだ」
「あちらの世界ではなかなか味わえない独特の味ね。こういうのは初めてだわ」
そう言ってアベルはお茶を一口飲んで見せる。優子もそれにならいフーフーと少し冷ましてから恐る恐る口に含んだ。
豊かな香り。燦々と降り注ぐ日を伸び伸びと浴びて大地から十分な栄養を受け、愛情を持って健やかに育てられた穀物の香りだ。
深くローストされた苦味があるかと思えば吹き抜けるような酸味とほんの少しの甘みがアクセントなり、少しも飽きさせないその味と香りは優子が体験したことのない複雑な……
「あれ? 私これ飲んだことある」
「えっ?」
確かにこれは優子の少ない人生経験の中では出会うことのなかった味。だが一口飲む度、香りと共にある記憶が頭をよぎる。
やっと宿に辿り着き、着替えるのも億劫でぼろぼろの服のままベッドに倒れ込んだ。戦闘で傷付いた腕を擦っていると黒衣の騎士、グラウディウスがコルン茶を淹れてくれて、無愛想に差し出されたそれを受け取った私は懐かしい香りに故郷を思い出しながら−−−
「優子?」
斎の心配そうな声にハッと我に返った。どうやら少しの間ぼうっとしていたようだ。両手に包むカップを覗き込むとコルン茶に歪む自分の顔が映っていた。
「グラウディウス……」
小さく呟いたその名がなぜかとても懐かしく、涙が出そうになるほど胸を締め付ける。
あれは一体……いや、優子は分かっていた。白い衣に身を包んだ青年の視点で送られる物語、これこそかつて勇者と呼ばれた者の記憶に間違いないと。
「魂の記憶、か。おや? 剣也、グラウディウスの名を知っているのかい?」
アベルの声に顔を上げるとなぜか剣也は腕を組んだまま優子を睨み付けていた。その様子は尋常ならざる面持ちで、いくつかの感情がないまぜになり深くは伺い知れないが、その名前に酷く特別な思いを持っていることは誰の目にも明らかだった。
「キミも勇者の力の一部を受け取っているからね、何か思うところがあるかもしれない。どうだい?」
「……知らねぇよ」
ぶっきらぼうに答えてまたそっぽを向いてしまった。だが先程よりもこちらを気にしている様子でそわそわと腕を組み直している。
「ふーん、まぁイイや」
アベルはそう言ってお茶を飲み干しおかわりを注ぐとポットは空になり斎は少し残念そうな顔をする。それを知ってか知らずかアベルはコルン茶を一口飲んでホッと息を吐いた。
「ソレでだね、さっきキミが見たのは先の戦闘で手に入れた勇者の魂が見せた記憶だろう。コルン茶がトリガーとなったに違いない」
「うん、グラウディウスっていう人がこのお茶を淹れてくれたの」
「そうか……優子、そのグラウディウスと言う人はね、勇者の右腕、世界一の剣豪と呼ばれる偉大な戦士だ。漆黒の剣の一振りで、魔物の大群を土に還したなんて逸話を持っている」
「漆黒の剣かー、剣也くんのとそっくりだね!」
ね! と、元気よく優子は話を振るが剣也は睨み返すだけで返事をしない。
「貴方……もう少し協調性を見せたらどうかしら。貴方の我儘を聞いてやってここまで連れて来たのに、少しも話に加わろうとしないなんて常識知らずにも程があるわ」
「んだとテメェ……!」
「二人とも、ケンカはダメだって何回言ったらわかるんだい? このまま続けるつもりなら強制的に眠ってもらうよ」
発言したアベルの方を見ると手元に魔法陣が書かれた紙が二枚握られており、魔法陣は既に不穏な光を発している。
「チッ」
「眠りの魔術ね……分かったわ、私の負けよアベル」
「素直でよろしい」
アベルは紙を仕舞って、斎は椅子に座り直した。剣也はバツが悪そうに頭を掻いた。そんな剣也に優子は近付きチョンチョンと腕を突く。
「あぁ?」
「あ、あのね、私剣也くんの剣もう一回見たいなぁって……」
「見せるわけねぇだろ、こんな所で無駄遣いできるか」
邪魔だ、という風に優子の手を払い除けるが、それでも優子は食い下がる。
「でも……剣也くんのって、まるで太陽がなくなっちゃった空みたいに綺麗だと思うの……混じり気のない、純粋な空……」
それはまるで剣也自身のようだと、優子は思った。
「……仕方ねぇな」
優子の目の前に伸ばした手に赤い光が集う。その手をギュッと握ると、たちまち光は弾け、黒い刀身を携える大剣が姿を現した。
どこまでも透き通るようで、一寸先も見せることはない闇を纏うような剣、勇者の剣とはまた違った美しさに、優子を含めその場の全員が魅了された。
「満足か」
そう言って剣也は、黒の大剣を消した。アベルが、パチパチと手を鳴らし賞賛する。
「もう剣の使い方に慣れたんだね、凄いや。で、だ。優子の剣も見せてくれないかい?」
「私の? でも、何だか出し方が分からなくなっちゃって」
サイクロプス戦では命の危機に晒されていたためだろうか、あの時自然に出せていた剣も、今の状況ではどこに力を入れればいいのかさっぱり分からない。
「剣也くぅん……どうすればいい?」
「はぁ……刀身の輝きを思い出せ、精神を集中させろ、グリップを握れ……そうすれば剣は形作られる」
優子は目を閉じて剣の輝きを思い出した。鋭く研がれた切っ先は、悪を切り裂く威力を誇り、仲間を守る優しさを秘める。暴力ではなく、勇気を以て輝きを増す。
優子は集中した。全身の力を抜いてしかし体勢を崩さず、ゆっくりと手を動かす。掲げた手に熱が集まるのを感じる。
パッ、と目を開け瞬間的に手を握れば、
「できた……!」
白く煌めく勇者の剣が握られていた。
遅くなり申した。
ごめんなさい、不定期ですね。何が週一だよ。
お詫びですが只今人物紹介で載せる絵を描いています。汚い上にアナログですが、少しでも話がイメージしやすくなると良いなぁと思います。