私の趣味は毎日を無駄に過ごすこと
Twitterで与えられたお題を元に書いたものです。
【私の趣味は毎日を無駄に過ごすこと】
――趣味。
それは人それぞれが興味をそそられたことを継続的にこなすこと。
楽しいと思うことを楽しいと思えることが。
好きなことを好きでいられることが。
長く続くなんて当然らしいですね?
――でも、私は趣味って今一、理解に苦しみます。
いいえ。
趣味という言葉の意味くらいは理解していますよ?
ただね。
その事柄に没頭することが不可解なのです。
興味をそそられたことを継続的に。
好きなことを継続的に。
そんなことはてんで馬鹿げた話だと思っています。
なぜかと問われれば。
強いて言うなら、私は飽きっぽいのかもしれません。
ですから。
一つの物事を長々と続けることが出来ないのです。
どうです?
理に叶っていますよね。
――私、つまりは『神様』ってそんなもの。
――ならばと。
いっそ、人間になってみてはどうかと思いました。
軽い気持ちで、ですよ?
死が訪れない私が、自ら死の宣告迫られる立場となって。
自らの老いに首を絞められる。
それも一興だと思いました。
時間に限りがあるならば。
趣味の一つでも見つけられるのではないかとね。
そんな安易な気持ちで。
私は『人間』になりました。
――まま、『神様』であった記憶を引き継いで。
――得て、『人間』として生まれ落ち、赤子として。
――私は『人生』を始めたのです。
幼き時、父と母の温かみに触れました。
若かりし時、初めての友人に恵まれました。
大人になった時、大切な人が出来ました。
長い年月の中で、私は多くの大切な物を手にしました。
――しかし、私は「大切」な物が欲しかったのではなく。
自分が興味をそそられる『趣味』を探していたのです。
『それ』を探している間に、私の元から、私の心から。
「大切」な物はどんどんとなくなっていきました。
幼き頃の父と母の温かみは、とうの昔に亡くして。
若かりし頃の友人は、私たちよりも早くに逝って。
生涯を共にした大切な人は。
――今、この世を去りました。
私はいい加減に『人間』にも飽きて来ていました。
大切な物はもうありません。
『人間』と過ごした時間。
それは、とてもとても、よい思い出でありました。
が。
その思い出を趣味と呼ぶことは、私にはできません。
――ふと、私は自分の本来の目的を思い出しました。
人生は趣味と呼べないのなら。
では、私の趣味はなんなのかと。
ここまで生きてきた意味はなんだったのかと。
――そこで私はまた思ったのです。
ここまでの日々は無駄だったのではないかと。
そこで私は、逆転の発想に行きつきました。
――『毎日を無駄に過ごすこと』
これを趣味としてしまえばいいのではないかと。
そうすれば今までの『人生』を趣味として捉えることが出来て、この趣味に飽きた時。
言うなれば、今この瞬間に。
また無駄に過ごしてしまったという事実から趣味を続けることが可能だという訳です。
――ええ。
そうです。
ついに私は自分の趣味を見つけたのです。
これから私は人生を無駄に過ごすことを趣味として。
『それ』を生き甲斐として生きていくのです。
この気持ちは。
『神様』であった時にもなく、『人間』として生きてきた中にもない。
今までにない新鮮な気持ちでした。
――そして、ここで私の人生は終わりました。
――結局、最後の最後に趣味を得て、人生を謳歌してしまったせいで。
――全て無駄だったことは無駄では無かったことになってしまったのです。
【終わり】




