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きょういく

本文中にも書き分けて仕込んでいるのですが、念のため補足。


魔法、魔法師:現在主人公達がいる世界での呼称。

魔術、魔術士:主人公マオの世界での呼称。


世界が違うならシステムとか呼び方や使える技も違うよねってことで分けてます。


 

 ギルドの屋内修練場は、日本における一般的な体育館と大差が無いものであった。

 違うところと言えば、鉄筋コンクリートが使われていないことやステージが無いことだろう。

 魔石を利用した壁の光源によって修練場は明るく照らされ、木の板で囲まれた無骨な造りが目に見える。

 床はところどころ何かが衝突したように割れていて、おそらく武器が当たったか誰かが転んだ拍子に傷がついたんだろうなぁと、ユウジは考えていた。

 そこまでは予想通りだったのだが、ユウジが驚いたのは、修練場の一辺に観客席までもが設置されていることであった。


「なぁ……何のためにアレ作ったんだ?」


 現在、ユウジとレティシアが立っている場所は修練場の隅。

 舗装された木の壁に背中を預け、ユウジは観客席の必要性に疑問符を浮かべていた。


「この冒険者ギルドは、半年に一度開催される闘技大会の予選会場になりますから、その時のためですね。屋外修練場だけでは対応しきれない人数が参加するので、こちらでも観戦用にと」

「……意外に余裕あるな、お前ら」


 世界は生命力や魔力の枯渇に陥っているらしいが、中に住んでいる人達は問題なくエンジョイしているようだ。

 知る由も無いので当然と言えば当然だが。


(まぁ、世界云々は置いておくとして。その闘技大会で賞与とかが出るんなら、冒険者は出場一択だよなぁ)


 ユウジは溜息をつき、木造の天井を仰ぐ。

 冒険者とは、ランクによって収入が大幅に変わる職業であり、ルーキーの頃は生活費カツカツといった事態も珍しくない。

 そのため、冒険者や騎士志望の者にとって、闘技大会といったイベントはありがたい部類に属する。

 何かしらので実力を示せば、賞金だけでなく貴族が来ることもあり、仕官への道が開けるといったパターンも時折あるからだ。

 観客席は、その際に貴族が拝見するために設置されたものなのだろう。

 梁を見上げるのをやめ、大会では数多の人間が見学すると思われる場所を見ながら、ユウジが続ける。


「でもさ。今、その観客席で賭け事やってるよな?」

「いえ、その……ギルドとしても黙認しておりますので……」


 ユウジが隣のレティシアを半眼で睨むと、彼女は居心地悪そうに身をすくませる。

 今の観客席には二十人ほどの冒険者が修練場を見下ろしており、彼らの間を馬券らしき紙束を持った小狡そうな男が走り回っていたのだ。

 十中八九、これから始まる決闘の勝敗で賭けをしているに違いない。


「すみません……」


 レティシアが分かりやすく項垂うなだれる。

 間接的にではあるが、ギルドのため、そして何よりもレティシアのために生死を賭した戦いに出ようとしているのだ。

 それを賭けの対象にされては、ユウジとマオも気を悪くするに違いない。

 レティシアの狼狽をどう取ったのか、ユウジが口を開く。


「まったく。マオとあいつだったら賭けにならんだろうに」


 その言葉を聴いたレティシアが、ポカンとした表情をした。


「……えっ? そ、そっちですか?」

「いや、だって。マオが負けるって、それこそ天地がひっくり返ったりしない限り有り得ないし。むしろ、天地がひっくり返る事態がマオの仕業でしたって言われたほうが、まだ可能性としては納得できる」


 こいつのマオに対する信頼は何なのだろうかと、レティシアは溜息を吐かずにはいられなかった。

 確かに、マオの七属性を同時に扱うという行動には驚嘆させられたレティシアである。

 しかし、魔法師とは、とどのつまり砲台なのだ。

 砲台でいう装填にあたる行動の呪文詠唱が必要であるし、近づかれてしまえば近接戦闘を行いながら呪文詠唱も同時に行わなければならない。

 はっきり言って、対人戦闘において魔法は扱いが難しい。

 お互いに中距離から始まる決闘であれば、尚のこと厳しい戦運びを強いられるだろう。


(加えて、ベルガ様は近接戦闘専門。マオ様は近づかれる前に倒すしかない……)


 腕を組んで楽観視するユウジと、大きめの胸の前で祈るように手を握るレティシア。

 そんなユウジの方に、修練場の中央から御呼びの声が掛かる。


「ユウジ殿! こちらへ!」


 大きな修練場の中央には、三つの人影があった。

 ベルガと呼ばれた冒険者に、執事服に似たギルドの制服を着ている男。そして、小さな少女の姿。

 ユウジを呼んだ声は、手を上げているギルドの職員のものであった。


「ん。準備が整ったらしいな。それじゃ、行って来るわ」

「ええ。ありがとうございます。それと……」


 優雅な動作で礼をするレティシアは、頭を下げたまま小さく呟く。


「どうか、死なないで……私なら大丈夫ですから……」


 マオが重傷を負いそうになったら、自分のことはどうでもいいから降参して。

 言外に込められた思いを、ユウジは溜息をついて流した。


「だ・か・ら。そもそも負けるってのがまず有り得ないから。見ていれば分かる」


 もうこれ以上の会話は無用であり、彼女の不安を払う為には実力を見せつけるしかない。

 そう判断したユウジは、修練場の中央へと足を進める。


「てめぇ。俺が手を出せねぇからってレティシアと……。このガキが終わったら次はてめぇを真っ二つにしてやるから待ってろよ……」

「おお。ユウジ、遅かったの」


 ベルガの怒声を聞き流しながら近づくと、中央ではマオとベルガが向き合い、両者の間にギルドの職員がいる。

 ギルドの職員は眼鏡をかけていて、実直そうな雰囲気を持った男だった。

 

「ティレル殿! こちらへ!」 


 ユウジがマオの後ろに立つと同時に、観客席からも一人の男が呼ばれてベルガの後ろに立つ。

 その男はベルガのパーティーメンバーらしく、似たもの同士なのか、マオに粘つく視線を浴びせていた。


(うわぁ……)


 見た目小学生の少女に向けられた明確な情欲に、はっきり言ってドン引きのユウジであった。

 それはマオも感じていたようで、汚物を見るような目を返すだけでなく、わざわざドレスを捲って鳥肌を確認しているほどであった。


(魔王に鳥肌って……。ある意味すげぇよ、この冒険者)


 妙なところでユウジが感心する光景のなか。ベルガ側に二名、マオ側に二名が揃ったことを確認すると、ギルドの職員が観客席に聞こえないよう小声で話し始める。


「今回は私、ステルゲンが決闘責任者として進行を行う。勝敗が決した時点で私が止めに入るので、その際は従うように」

「ハッ。いいぜ」

「うむ。何でも良いから早く始めるのじゃ」


 ステルゲンの言葉に、ベルガが勝ち誇ったような笑みを、マオがどうでもいいから早く始めろと急かす。

 ベルガにしてみれば、審判に止められる前にマオを叩き殺すことなど造作もないと思っているに違いない。

 マオの場合は、ベルガの後ろに控えたティレルの視線から逃れたい一身である。


「介添人については一名まで認める。マオ殿の介添人はユウジ。ベルガ殿の介添人はティレル殿で問題ないか?」

「ああ。出番はねぇだろうが、必要なら仕方ねぇな」

「妾も問題ないぞ。ユウジ以外に背を託すなど考えられぬわ」


 ステルゲンの目線が向けられると、躊躇いなく頷くユウジ。

 彼の首肯を見たマオは、先ほどまでの冒険者の視線など何処吹く風と言わんばかりに、いかにも少女らしい純粋な笑顔の花を咲かせた。


 ちなみに、介添人とは、プロレスで言えばセコンドのことである。

 介添人に選ばれた者は決闘途中であっても介入が認められ、決闘者の代わりに負けを宣言することが出来るのだ。

 それはつまり、決闘している者が降参を言う事の出来ない状況に追い込まれる可能性を示している。


(まぁ、考えるだけ無駄だからいいけどさ)


 どの道、ユウジにとってマオが負けるという未来は有り得ないのだから、この立ち位置は至極意味の無いことであった。

 はいはいと適当に聞き流す彼の前で、決闘のための前準備が進んでいく。


「決闘においての注意だ。武器の使用は許可するが魔法は禁止だ。屋外ならともかく、ここで大規模魔法を使われると被害が出るからな。……両者とも最後に何か言うことはあるか?」

「ふむ……」

 

 あらかたの説明が終わり、最後通牒とばかりにステルゲンが念を押すと、マオが何かを思いついたようにニヤリと嗤った。


「お主、ベルガと言ったかの。妾と賭けをせぬか?」

「……あ?」


 背中の剣に手をかけていたベルガの動きが止まる。

 その顔には、この期に及んで何を言い出すのかと訝しむ感情がありありと表れていた。


「なに。この決闘はお主の名誉を賭けたもの。妾には益がない上、互いが死んで終わりとは少々面白くない」

「……何が言いたい」


 マオの口調は、まるで決闘について異議がある。しかも、ただの決闘程度では生ぬるいと言っているかのような口ぶりだった。


「そ、こ、で、じゃ……もし負けた者が生きていた場合、その者は奴隷に身をやつすというのはどうかの?」

「「「なっ!?」」」


 マオの言葉に、ユウジを除く面々が絶句する。

 そのなかで一番早く立ち直ったのはベルガであり、聞き方よっては助命嘆願にもとれる言葉に憤慨した。


「てめぇ……ここから生きて帰れるとでも思ってんのか? あぁん!?」

「ふっ。それはお主の理屈じゃ。妾としては問題なく生きて帰られると思っておるからの。手土産の一つもなければ、決闘に参加した意味がないのじゃよ」


 そう言って、マオは壁際にいたレティシアを見る。

 少女が放った意味ありげな目線に、ユウジは納得を返した。

 

(なるほど。ここで勝っても、あいつが素直に引くかは分からないってことか)


 この決闘は、ベルガ側が名誉の回復のために挑んだものであり、勝ったところでマオに利点はない。

 勝負の如何に関らずレティシアへの行動を制限することが出来ない上、負けたからと意趣返しに来る可能性は否めないのだ。

 マオやユウジに対する復讐なら別段問題などないが、それがレティシアに飛び火してしまっては目も当てられないことになる。

 マオの提案は飛び火を防ぐためのものであり、同時に彼女の腹黒い面を反映した結果でもあった。


『殺すって選択肢をあえて採らない辺り、やっぱお前って魔王だわ』

『ふふ。こやつがどうなるかは天のみぞ知ると言ったところじゃな』


 意地の悪い嗤いを浮かべるマオに、ユウジは【念話】で語りかけた。

 今の発言でこの世界に奴隷制度があることは分かったが、二人はその詳細までは知らない。

 一般的な家政婦の立場なのか。それとも人権が最低限保障されている程度のものなのか。はたまた殺されても文句を言えない立場なのか。

 マオの賭けは、他人の人生をルーレットに乗せる事と同義である。

 

「それで、どうするのじゃ?」

「……」


 マオの確認に、ベルガは即答できない。

 彼だけでなく、その場にいる人間は強張ったように動けなかった。

 静寂が支配する中で、剣に手をかけたまま動かないベルガを見たマオは、端正な顔に嘲りを浮かべる。

 喧嘩を売った割にはその程度か、と。


「考えてみよ。この場で叩き殺すより、売られた妾を奴隷として飼ってから、お主の好きになぶったほうがよいと思わぬか? 眼球を針で潰してよし。鼻を炙ってもよし。糞尿を食わせてもよし。手足を切り落としてもよし。犬や馬に犯させてもよし。お主の寄り取り見取りなのじゃぞ?」


 両腕を広げてくるくると踊りながら、自身に降り注ぐかもしれない災難を楽しそうに語るマオ。

 煌びやかなドレスと銀髪が翻り、雪のような肌は愉悦ゆえつと狂気でほんのりと紅く染まる。

 妖しくも愉しげで、されど冷たい深紅の瞳を向けられて、得体の知れない恐怖がベルガ達を襲った。


(な、なんだコイツは!? 普通のガキがこんなことを言うってのか!?)


 この時、ベルガの脳内では最大限の警鐘が鳴っていた。

 こいつだけは相手にしてはならない、こんな発想を土壇場でするガキを相手にしてたまるかと、冷え切った思考が叫んでいた。

 もしベルガが負けてしまえば、彼女の発想はそれこそ自分に降りかかってくるのだから。


「ベ、ベルガの旦那。ちょっと耳を貸してくれ……」


 目を見開いていたベルガの隣で、介添人のティレルがこっそりと耳打ちする。

 何かに気付いたようなティレルの行動に、ユウジは眉をひそめて念話を飛ばした。


『何やってんだ、あいつ。マオを好きに出来るからって、いきなりやる気を出したっぽいけど……何か策でもあるのか?』

『ふむ。奴らの考えていることは大方の予想がつく。問題ないじゃろ』


 こそこそと修練場の隅まで行ったベルガとティレルの会話は、さすがの勇者と魔王をもってしても聞き取れない。

 それでもマオにしてみれば想定の範疇のようなので、心配は要らないらしい。

 

『……俺にはさっぱりだよ』


 疑問符を浮かべるユウジをよそに、ベルガとティレルが戻ってくる。

 ベルガは勝利を確信した顔で、ティレルはマオに情欲の目を向けて笑っていた。


「いいだろう。お前の賭けに乗ってやろう」

「ふむ。決まりじゃな」


 あまりにもあっさりとしたベルガの返答を聞いて、なおさらユウジの顔が曇る。

 間違いなく何かあるだろうが、それでもマオのことだから問題ないだろうと、少年は頭を振った。


「……了解した。負けた側は奴隷印を押され、ギルドが奴隷商人に受け渡すところまでを確認する。それで良いな?」

「オゥ」

「うむ」


 ステルゲンも、物事の成り行きに頭を抱えている。

 それでも決闘責任者としての責は果たすようで、溜息をつきながらも最終確認を行った。

 そして、いよいよ決闘が始まるのか、ステルゲンは大声で宣誓を始める。


「では、決闘を始める! 勝利条件は相手を戦闘不能にすること! ただし、私が勝敗が決したと判断した時は途中で制止する場合がある!」


 その場にいる全員に聞こえるように話すステルゲンの前で、ベルガが背中の剣に手をかけ、対するマオは丸腰のまま棒立ちしている。

 観客席から聞こえる熱狂が大きくなるなか、進行は続く。


「武器と魔力の使用は認めるが、魔法は禁止! 勝敗が決した後、敗者をギルド監修のもとで奴隷商会【フェリーエル】へと引き渡す!」

「えっ!?」


 ステルゲンの言葉に、観客席が騒然となった。

 当然だ。今までのマオとベルガのやり取りは観客席に聞こえていないのだから。

 そのなかでも一番大きな驚愕をあらわにしたのは、離れたところから見ているレティシアであった。


「な、なぜ……そのようなことに……」


 レティシアの顔は、これ以上ないほど血の気が引いていた。

 今でこそマオは可愛らしい少女だが、将来は絶世の美女になるだろう。

 そんな者が奴隷に身を落とせばどうなるのか、死よりもつらい目に逢うことは避けられない。

 加えて、レティシアはここが屋内修練場であるということを失念していたため、マオの主力である魔法が封じられていると、今になって気付いたのだ。

 

「ふあぁぁ。あー、眠い」


 後頭部を掻きながらレティシアの傍へ戻って来たユウジ。

 どうしようどうしようと震えるレティシアを置いて、少年は独り言のように呟いた。


「さて、何秒持つかな……」


 床に座って胡坐あぐらをかいたユウジの耳に、戦いの始まりが告げられた。




「始めッ!」



 ステルゲンが開始を宣言すると同時に後ろへ下がり、二人の邪魔にならない場所へと移動した。


 その瞬間、ベルガが十歩ほどの距離を瞬時に縮め、マオに向かって青銅色の大剣を振り下ろす。

 声すら出さない、相手に先手を打たせないための一撃。

 格下が相手であれば、まず間違いなく反応すら出来ずに剣戟を受け、その命を散らしていただろう。

 

 しかし、目の前の少女は、急速に接近するベルガの目を確かに見ていた。


「ほぅ。意外に速いのじゃな」


 マオの銀髪へ刃が触れる直前、ベルガの耳を少女の言葉がくすぐる。

 が、今しがたベルガの目前にあった小さな姿は、既に消えていた。


 目は離していない。

 まるでそこに少女などいなかったかのように、空気すら動いていない。


「ッ!?」


 何もなかった場所にベルガの大剣が振り下ろされると、修練場の床が砕かれ、木片が舞い上がる。

 なるほど。確かに普通の人間が当たってしまえば肉が断ち切られ、骨まで砕かれるような威力だろう。

 だが、当たっていない。

 切り裂きたかったモノは華奢な少女であって、空気と床ではない。


(どこだッ!?)


 ベルガの顔が驚愕に染まり、左右へと目を走らせる。

 しかし、マオの姿は視界にない。

 何処で逃げられたのかすら、捉らえることができなかった。


(あ、ありえねぇ……)


 魔法を使われたのなら分かる。

 だが、この決闘では魔法が禁止されている。

 つまり、マオがルールを破っていない限り、Bランク冒険者にも捉えられない速度で移動したことになる。


(そんなの、Aランク冒険者だってできねぇぞ!?)


 木片が舞う中で必死にマオの姿を探していると、不意に後ろから鈴のような声が耳朶じだを嬲る。

 込められた感情は、落胆か、失望か。


「期待はずれじゃな。この程度で驚くなどと……」


 ベルガが勢いよく振り返れば、数歩ほどの距離で退屈そうに天井を仰ぐ少女の姿。

 彼の視界に映るは、綺麗な銀髪と黒いドレスに包まれた細っこい『背中』であり、ブーツの踵がトントンと床を叩いている光景だった。

 

 そう。

 深紅の瞳は、ベルガを見てすらいなかった。


「く、クソがあああぁあぁっ!!」


 少女の嘆きを受け、怒りを露にして距離を縮めるベルガ。

 再度剣を振り下ろすが、今度はスレスレの場所を華奢な背が掠めていく。


「ほれ。怒りで剣が鈍っておるぞ」


 袈裟斬りを避けられると、ベルガは返す刀で水平斬りを繰り出す。

 が、それも瞬時に身を縮められてかわされる。


 ベルガを見もせずに、だ。


「このっ!」


 今度は避けられないように、マオの肩を握り潰そうと手を伸ばすが、それも空を切る。

 本当に、本当にあと数ミリの所を殺意が掠めるものの、一向に当たらない。

 当たる気配すら見えない。


「くそっ! ガキ程度、当てさえすりゃ……」


 十数度の斬撃を繰り出しながら、ベルガが苛立ったように呟く。

 何度剣を振ろうとも、まるでダンスを踊っているかのようにくるりくるりと回避されるのだ。

 しかも見もせずにとなれば、愚痴の一つや二つ言いたくなるものだろう。

 彼の苛立ちを聴いて、振り返ったマオの唇が三日月形に歪んだ。


「ほぅ。お主は剣を当てさえすれば妾を倒せると。そう思っておるようじゃな」


 ベルガの苛立ちが込められた剣閃を回避し、跳躍して数歩分の距離を後退しながら、マオは口を開いた。

 ふわっと着地の音すらさせずに降り立った少女が、ベルガを見ながら愉しげに嗤う。

 

「よい。その思い上がり、正してやるとしよう」

「……あ?」


 マオが何かしでかすと思ったのか、踏み出そうとしていたベルガの動きが止まる。

 一挙手一投足を観察するベルガの視線を浴びながら、少女はクイクイっと人差し指で手招きをした。

 

「お主が出せる最大の一撃を放つがよい。妾は逃げも防ぎも小細工もせぬ。はんでぃーきゃっぷ、というやつじゃな」


 それは明らかな挑発。

 少女は両腕を広げ、全てを受け入れようとするかの如く、ベルガへ掌を向ける。

 普段のベルガならこの挑発にはまず乗らない。間違いなく何かある。

 

 しかし、マオの目を見た瞬間に冷静な思考は消えた。

 彼女の瞳に宿っていた感情は慈悲であり、決して敵わない者へ必死に挑むことを哀れむ視線だった。


「な……なめんじゃねええぇッ!!」


 修練場に響き渡るベルガの怒声。

 彼の怒りに応えたのか、ベルガの大剣が淡い光を放ち始める。

 その光は徐々に勢いを増し、ついには修練場の隅から隅までを青く照らし出した。


「ほぅ。やはり、それは魔導具まじっくあいてむじゃったか」

「さぁな。それよりも、次の一撃は防がねぇんだったよな?」


 キキキキキと耳障りな音をさせ、大剣から青い魔力が迸る。

 おそらく、持ち主の魔力を消費して切れ味を上昇させる効果を持つ物だろうと、マオは予想した。

 ベルガがマオを過小評価していたために最初から使っていなかったのだろうが、どの道攻撃が当たらないのであれば使っていても同じである。

 その虎の子を、ここぞの場面で使ってきたということか。


(ふむ。面白いが、予想できる時点でたかが知れとるがの)

 

 マオが使うのであれば、あんな雑で耳障りな音を立てるなどしない。

 静かに魔力を纏わせ、相手に悟られないようにして使うべきだとマオは考えていた。


「うむぅ。もったいない……」


 眉をゆがめるマオの表情をどう取ったのか、ベルガの顔に勝利を確信した笑みが浮かぶ。

 数瞬後、纏った魔力の濃度が最高潮になった瞬間、剣閃を煌かせながらベルガが地を蹴る。


「死ねぇ!! クソガキがあああぁぁ!!」


 周りからしてみれば一瞬。

 マオとユウジからしてみれば欠伸が出そうなほどの一時。


 殺意の塊が、小さな身体に振り下ろされた。



 ガカアアアアァァァンッ!!



 まばゆい青が、その場にいる者の視界を埋め尽くす。

 直後、地震と見紛うほどの大きな揺れが、修練場を襲った。


 観客席から巻き起こるは、悲鳴と驚き。そして、殺人を楽しむ者が発する小さな歓喜。

 青い剣閃が振り下ろされた瞬間、床が弾け、木片が舞い、さらにその下にあった土の地面にまで衝撃波が打ち抜かれる。

 

 それは小規模の爆発。それは剣戟とは思えないほどの破壊。それは魔導具が放った人外の一撃。

 

 巻き上がった土煙がマオのいた場所を覆い隠してはいるが、その華奢な身体は目も当てられないほどに砕かれてしまったに違いない。

 決闘責任者のステルゲンが止めることもできず、幼い命は失われてしまった。

 


 誰もがそう思い込んでいた。

 ユウジ以外は。



「なんじゃ。この程度か?」


 土煙の中から、鈴を鳴らしたように可憐な声が響き渡る。

 それは土煙でくぐもっていながらも、確かに存在感を主張して広がった。


「な……んと……」


 土煙が晴れるにつれ、振り下ろされた場所が徐々に露になる。

 その光景を視界に捉えた瞬間、観客席から茫然自失とした声がポツリと漏れた。


「う、嘘だろ!? んなこと、ありえるかよっ!」


 観客席から見えるは、袈裟切りに魔導具を振り下ろした姿勢のまま驚愕するベルガ。

 そして、華奢な肩で剣を受け止めているマオの姿であった。


 ベルガが驚くのも無理はない。

 何せ、剣を受け止めているマオは、傷どころか土埃すらついていない。

 その華美なドレスすら切り裂けていないのだ。あの一撃を受けて。


「な、ん……で……」


 ベルガは少女から床へと視線を移す。

 彼女の数歩隣にはクレーターのような大穴が開いており、周囲には無数の木材が散らばっている。

 それはベルガが完全に剣を振り切った結果で、マオの身体を衝撃が貫通したであろうことを示していた。



「ふむ。これで仕舞いか。残念じゃな」



 可憐な鈴の音は、恐怖の色を持って修練場に響き渡った。





 




(あいつ、遊んでるなぁ……)



 ベルガが硬直する姿を、ユウジは欠伸を漏らしながら見ていた。


 彼の脳裏には、数日前のマオ(筋肉達磨形態)と戦った光景が映し出されている。

 何度斬っても貫通しない皮膚に苦戦していた、自分自身の姿を。

 ユウジ本人は何となく察知しているが、それこそがマオの持つ固有技能【覇撃無効】の効果であった。

 

 勇者と魔王は相反する存在であり、備わっている固有技能も逆の性質を持つ。

 実体のない魔術攻撃全てを無効化する【魔撃無効】を勇者が獲得しているのであれば、実体のある物理攻撃全てを無効化する【覇撃無効】を魔王が獲得していてもおかしくはない。


 ゆえに、マオは単純な打撃斬撃によって死ぬことがない。

 魔術の類であっても、無限に湧き出る魔力の鎧が全てを阻む。


 それが、勇者と魔王の戦いに決着がつかない理由の『一つ』であった。


(まったく……卑怯臭い能力だよな、ホント。他人のこと言えないけど)


 ユウジは嘆息しながら、マオの次なる行動を見物しているのであった。



今回でマオのチート性能の一端が判明しました。

その割には数話前、ユウジの雷でマオが「あばばば」していましたが、これには理由があります。

一応伏線は仕込んでいるので、これはまた別の機会に。


次は26日投稿予定。場合によっては27日になるかも。

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