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ぎるどだ

投稿後30分くらいはミス見つけて修正してるので、少し時間が経ってから読まれることをお勧めします。

 

 エスベルクの中央には領主の館があり、そこから東西と南北に門をつなぐ縦横二本の大通りによって四つのエリアに分かれている。

 大通りを起点にして細々とした道が縦横無尽に張り巡らされているため、蜘蛛の巣のように複雑な場所もあって余所者よそものは住みづらいといえた。

 中心から遠くなるにつれ裕福層から貧困層まで徐々にランクが下がっていき、一番外周にはいくつものスラム街が存在している。

 昼は大通りに数多の屋台が立ち並んで活気に溢れ、夜は裕福層を除いて静寂に包まれる。 



 そんなエスベルクの夜。

 エリアを分ける石畳で舗装された道、東大通りへ面した一角に冒険者ギルドはあった。


「ほぅ。日が沈んでも、ここだけは人がごみのようじゃな」

「お前がバ○スって言うとシャレにならんから絶対言うなよ」


 松明に照らされたギルドの外見は、西部劇に出てくる酒場。

 キィキィと軋んだ音を立てるスイングドアが、いかにもな様相を呈している。

 その入り口の前で、マオは酒場から聞こえる喧騒に耳を喜ばせていた。


「うむむ……楽しそうじゃの。妾達も早よう入ろうぞ」

「そうだな。あまり外で立ち話ってのもなんだしな」


 エルバートに聞くのを忘れていたため分からないが、気温からして現在の季節はどうやら秋のようだ。

 まだ、吹きすさぶ風が寒いわけではないものの、それでも外でボーッとしているのは身体によくなさそうである。


「よ、よし。ゆくぞ、開けるぞ…………おおっ! 開いたっ! 開いたぞ、ユウジ! また戻ってきたぞ、ユウジ!」

(ただのドア開けるだけでここまではしゃぐ魔王って……)


 冒険者への憧れが一周して変なスイッチが入ってしまったらしい。

 ユウジとて最初に異世界転移した際はフォークが転んだだけでもテンションマックスだったので強くは言えない。

 そういう意味では扉を開けただけでテンションマックスな魔王様とお似合いなのかもしれない。


 しかし、冒険者ギルドとは討伐や採取から街中のゴミ掃除まで幅広く行う仕事の斡旋所である。

 百歩譲って少女と言える外見の者がロリータドレスをまとって入れば当然……。


(まあ、そうなるな)

 

 目の前に広がるは食堂のような場所。

 デルバートによれば二十四時間営業のようで、夜でもシャンデリアと蝋燭、松明が光り、木材の温かさが感じられる造りになっていた。

 内部には大小さまざまなテーブルと椅子が置かれ、多くの冒険者パーティーが酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打っている。

 左右の壁一面には無数の羊皮紙が張られたコルクボードのようなものが立ち並び、一番奥は数人の受付嬢が座るカウンター。

 銀行や郵便局のように複数並んでいる受付の隣には、職員用なのか奥へと続く階段があった。

 日が沈んだ直後なので依頼から帰ってきた冒険者が多いらしく、カウンターには複数の列が出来ている。


 イライラしながら列の消化を待つ獣人の冒険者。酒を酌み交わす無精ひげの冒険者。タジン鍋の料理をかきこむ女性の冒険者。壁際のボードで何かを探すひ弱そうな冒険者。冒険者の列を捌く美人の受付嬢。愛想笑いをするエルフらしき受付嬢。カウンターの奥で書類と額を突き合わせる男性職員。

 

 それらの目が一斉にマオへと向けられた。

 

「むむ? どうしたのじゃ?」


 いきなり止まった喧騒に疑問符を浮かべるマオ。

 彼女の視線の先では、テーブルに座った冒険者の一団が小声で会話をしている。


「なんだ、あのガキ。隣にいる男も大した野郎には見えねぇが……」

「ああ。初めて見る顔だな。ってことは奴等は新人か」

「いや、ガキのほうは冒険者ですらねぇだろ」

「お前ら情報が古いな。ついさっきから、ドレスのガキを連れた冒険者志望の男がエスベルクに入って来たって噂になっているんだぜ」

「いや、なんでそんなのが噂になるんだ?」

「それが……どうも男の方はアイテムボックスを持ってるらしいんだよ」

「はぁ!? アイテムボックス!?」

「間違いないらしい。何せ『孤月こげつ』の情報だからな」

「まさか。この国にあるアイテムボックスはヒュマリア王の一個だけなんだろ? 何か別のマジックアイテムとかじゃ……」

「さあな。だが、孤月によれば、一流魔法師に匹敵するほどの雷魔法も操るって話だ。ナメてかかると藪をつついてドラゴンが出てくるかも知れねぇぞ」

「マジかよ。まぁ……アイツは戦闘能力に関しちゃ嘘を言わねぇ野郎だからな」

「ああ。ガキの方はともかく、お守りの男は要注意ってことだ」


(解説ど~も。……さすがギルド。情報が早いな)


 どうやら運の悪いことに、先ほど北門でひと悶着起こした際に情報屋がいたらしい。

 または、ユウジ達の情報が売れると判断した冒険者がギルドに売ったか。

 どちらにしろユウジにとっては面倒以外の何物でもない。

 

 チラチラどころかガン見されている勇者と魔王は壁際を通り、極力誰にも当たらないように注意してカウンターへ向かう。

 マオもここでは新米として振舞うらしく、テーブルに座る冒険者と目が合うたびにぺこりと頭を下げている。

 可憐な美少女が自分達に反応を返してくれるのが嬉しいのか、冒険者達の表情も幾分か柔らかいものになっていた。


「意外だな。マオのことだからガキ扱いされてキレたりギルドの真ん中を物理で突っ切るものかと思ってたんだけど」

「むぅ。お主は妾を何だと思っておるのか……。彼奴きゃつらは妾の先達せんだつなのじゃ。敬意を払うのは当然であろう?」


 カツカツとブーツを鳴らして歩きながら、いかにも不愉快ですといった表情のマオが頬を膨らませる。

 姿形はどうあれ、中身は八百歳なのだ。

 物理法則は無視するが道理礼儀は無視をしないのがマオのスタンスである。

 もっとも、言動に関しては魔王としてのモノが染み付いているようだったが。


「ん、まぁ、俺が止めるようなパターンにならなくてよかったよ」

「笑止。お主に妾が止められるとでも?」

「そんときは何とかしてみるさ」


 好奇の視線を風のように流しながら、カウンターから伸びる順番待ちの列に並ぶユウジとマオ。

 前に並ぶ冒険者が何か話したそうに見てくるものの、特に何もすることなく列が進んでいく。

 二人の会話を耳にした冒険者の目は、もっぱらマオの方に集中していた。

 

 冒険者志望の男は一流の雷魔法を使うらしい。

 その達人が何とか止められるという相手は、握れば潰れそうなほど華奢な少女。

 傍から聞いていれば冗談としか思えない会話であった。


 そんな目線を投げかけていた前の冒険者も用事が済み、ついに二人の番となる。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件で?」


 カウンターに座っていたのは、黒を基調としたメイド服のような制服を着た女性。

 この世界では珍しくユウジと同じ黒髪で、ポニーテールと切れ目が印象的な美人であった。


「俺達の冒険者登録をしに来たんだが……」

「では、こちらのプレートに手を触れさせてください」


 印象通りで起伏のない冷静な声と共に差し出されたものは、マウスパッドのような黒い金属プレート。

 おそらく何かを測るためのものなのだろう。

 二人が手を触れさせると、受付嬢がカウンターの中で何やら手を動かしてから顔をあげる。


「……魔素配列の測定が終わりました。問題ないようです」


 受付嬢の言葉を聞いた瞬間、マオからの【念話】がユウジの耳に聞こえてくる。


『ふむ。あの金属板は魔力の並びを解析して個人を識別するための物なのじゃろうな』

『犯罪者が別名義で登録しないようにすることもできるってか。便利なもんだな』


 内心で納得している二人の前で、受付嬢はテキパキと手元を動かして進めていく。

 見た目の印象もあいまってキャリアウーマンといった形容がぴったりであった。


「今回は初回登録のため手数料は無料です。お二方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「俺はユウジ。んで、このち『死ぬがよい』……可愛らしい女性がマオ」

「ユウジ様とマオ様ですね。登録審査の申込みはどうしますか?」

「むっ。登録審査とな?」


 真横から放たれた殺気に冷や汗を流すユウジは、受付嬢の言葉を聞いて疑問符を浮かべる。

 それは処刑方法を決定したマオも同様であった。


「はい。冒険者は実力によってFからSまでのランクに区別されます。依頼に関しても難易度によってランク分けがされ、冒険者自身の一つ上までの依頼を受けることが出来ます」

「つまり、俺達みたいな駆け出しはFランク冒険者で、FランクとEランクの依頼から始めると」

「そうです。そして冒険者のランクは固定ではなく、ギルドへの貢献や達成した依頼内容を考慮して上下することになります」


 受付嬢の言葉を反芻はんすうするユウジ。

 彼が日本にいた頃に物語で読んだシステムと同様であったため、特に悩むことなく理解は進んでいった。


「しかし、極端な話ですがドラゴンを倒せるような人物をランクが低いからといって街中の掃除に充てる訳にもいきません。戦力の無駄です」

「ふむ。納得の話じゃな」

「そのため、登録時に戦闘力や魔力、知識を測ることによって最大Dまでのランクアップが出来ます。それが登録審査です」


 マオは細い腕を組んで、成程と頷いている。

 

 ギルドにとって戦力になる人物は最初から優遇する。

 いかにも実力重視の冒険者らしいやり方であった。


「その審査はどうすれば受けられるんだ?」


 これは、ユウジとマオにしてみれば願ってもない話である。

 先ほどカウンターに来る際にあった壁一面のコルクボードを見てみると、そこで無数に貼られていたのはクエストの依頼内容が書かれた紙であり、Fランクの文字に添えられている仕事名は『ごみ拾い』や『迷子犬の捜索』などであった。

 当然ながらFランクとEランクは報酬額もたかが知れたもので、数をこなした所で大した稼ぎにならない。

 魔物や盗賊の討伐といった二人の土俵が主となるDランクに昇格できるチャンスともなれば、この審査は積極的に受けるべきであろう。


「明日、正午の鐘が鳴る前にギルドへ来てください。昼から登録審査を行います。……それと、こちらが冒険者カードになります」


 日時を伝え終わると同時に登録処理も終わったのだろう。

 受付嬢はカードサイズの青い金属プレートを二枚、カウンターの上で滑らせる。

 カードの上部には二人の名前とランク、下部にはエスベルクの通行証にもあったバーコードのような凹凸が彫られていた。


『年齢とか出身地は聞かないんだな……』

『うむ。あの黒い金属板で本人確認は問題ないのじゃろう。それに、冒険者は実力重視じゃから歳なんぞ聞いても意味がなかろう』

『なるほど。確かにな』


 カウンターに置かれた自分のカードをとって、小さい手でぺたぺたと触るマオ。

 試しに裏返してみれば、目に入ってくるのは3×4で合計十二個の空白マスであった。


「んむ? これは何じゃ?」

「そちらは勲章を記載する部分になります。ドラゴンを討伐したりSランクになったりと、多大な功績を挙げた際の証明になります」

「やりこみ要素みたいなもんか。これ全部埋める奴とかいるのかな……」

「やりこみが何なのかは分かりませんが、勲章をすべて獲得された方は特別にSSランクの認定がされます。過去に存在していたSSランク冒険者は三名ほどで、現在は一人もいません」


 そいつら日本にいたら絶対廃人ゲーマーになっただろうなぁと、受付嬢の言葉を聞いたユウジは遠い目をしていた。

 その隣で彼の哀愁漂う顔に疑問符を浮かべながら、マオが話を続ける。


「これで冒険者登録は終わりかの?」

「本日はこれにて終了です。後は明日の昼にお越しください。他にご質問等はございませんか?」

「あ、そうそう。冒険者登録したってことは、もう魔石の売買とかも出来るんだよな?」


 これで君たちの順番は終わりとばかりに受付嬢が畳み掛けると、ユウジが思い出したように付け加える。

 魔石を換金しなければ宿に泊まることも出来ないのだ。


「皮などの大きな素材は専用の受付になりますが、魔石だけであればこちらでも受け持ちます。鑑定が私でよろしければ、今すぐにできますよ」

「問題ないよ。それじゃ、これを買い取って欲しいんだけど……」

「ふむ。そうじゃったな。妾も金子きんすを確保しておかねば……」


 そう言って、ユウジとマオは虚空から魔石を取り出してカウンターに並べる。

 そんなことになれば当然、今まで静観していた周囲も再び喧騒に包まれていた。

 

「……今の見たか?」

「ああ。あれは本物だな」

「しかも、男だけじゃなくてガキまでアイテムボックス持ちだったとは……」

「可哀想に。あんな物をエスベルクでチラつかせちゃ、あいつら三日と保たねぇだろうな」


 こそこそと話す冒険者は二人には聞こえないと思っているのだろうが、そこは勇者と魔王といった人外のスペックを持つ者達である。

 雑多な喧騒の中でいくつか情報を拾いながらも、ユウジはマオが躊躇いなく虚空を使ったことに驚いていた。


『よかったのか?』

『うむ。これから依頼を遂行する際に毎度毎度手荷物は面倒じゃ。元々噂は広まっておるゆえ、いつかは妾の虚空も発覚することになるじゃろうて。それに、お主も虚空程度なら隠すようなものでもあるまい?』

『まぁ、別に戦闘技能を知られるわけじゃないしな……』


 念話で話す二人は何でもないかのように言うが、【虚空収納】も利用法によっては十二分に凶悪な戦闘技能になる。

 回復アイテムを収納するだけでなく、戦闘中に武器が折れても予備を用意しておけばすぐに取り出すことができる他、敵の上に虚空を開いて剣や矢の雨を降らせたりと攻撃手段にも転用可能な汎用スキルなのだ。

 この場合、その利用法に気付いていないというわけではなく、虚空があろうとなかろうと問題ない二人が別次元過ぎるだけである。


「……あの噂は本当だったのですね」


 どこからともなく魔石を取り出す光景に、冷静だった受付嬢の顔にも驚愕の色が張り付いていた。

 それでもギルドの顔とされる役職についているだけはあるようで、すぐに何事も無かったかのような無表情に戻って鑑定を始める。


「冒険者とか商人になるにはこれ以上ないアイテムだろ? いろいろと稼ぎながら世界を回ろうって思ってな」

「そうですか。お二人はご兄妹なので?」


 魔石を光に透かしたり表面を撫でたりしながら、受付嬢が口を開く。

 

 二人の外見は、成人前後といった少年と、まだまだ蕾である少女。

 平均寿命が短い世界において恋愛関係に早いも遅いもないが、どうもそういった繋がりには見えない。

 ゆえに受付嬢が抱いた印象は『仲睦まじい兄妹』であった。

 もっとも、兄妹にしては外見的に全く似通っていないが。


いな。血縁ではないぞ。あえて言うならば……らいばる、といった関係じゃの」

「ライバル、ですか。何やら色々と込み入った事情があるようですし、これ以上は詮索しない方がよさそうですね」


 魔石の鑑定風景を分析しつつマオが頷く。

 その隣にいるユウジは腕を組み、手を顎に当てて何やら考え事をしているようだ。


『もし兄妹って関係で通してたら、マオに「お兄ちゃん朝だよ起きて」とか「やだ、お兄ちゃんのえっち」とかフリで言って貰えたかもしれないのか……チッ。惜しいことしたな』

『お兄ちゃん死んで。お主殺せない』

『……その冷凍ビーム、俺じゃなかったらエスベルクの町ごと氷漬けになってるからな?』


 なにやら目に見えない極低温の魔術を受けているらしいお兄ちゃんが耐えること数十秒。

 鑑定の終わった受付嬢が顔を上げる。


「フォレストワームの魔石が六個で銀貨三枚。ゴブリンの魔石が五個で金貨一枚。こちらは状態が良いため定価での買い取りとなります」


 魔石と引き換えに、受付カウンターの上には金貨が一枚と銀貨が三枚。

 貨幣のサイズは五百円玉程度といったところだ。


「ん、まぁ、こんなとこか。サンキューな。……最後に、ここの近くでオススメの宿ってある? 金貨一枚で個室が使えるような宿がいいんだけど」

「うむ。それは妾も尋ねたいと思っておった」


 金貨をマオが、銀貨をユウジが虚空に収納しながら宿を尋ねる。

 受付嬢としても何か思い当たる宿でもあったらしく、彼らの言葉にさして悩むことなく答えを返した。


「お二人で金貨一枚でしたら、中央区に行かれない限り問題なく泊まれるでしょう。私が聞く限りでは、ギルドを出て東に進むと見える『レギルスの宿』がサービスが良いと評判のようです。珍しい青レンガの建物なので、すぐに分かると思います」

「ほぅ。お主のお墨付きであれば期待せずにはおれぬというものよ」


 受付嬢の言葉を聴き、マオは満足そうに腕を組みながら首肯する。

 そこらに転がっている人間ならともかくギルドの顔とされる彼女の言葉であれば、冒険者を案内する類の情報にまず間違いはない。


「あ。でも、そんだけ良い宿だったら客で埋まっているんじゃないのか?」


 ユウジの疑問はもっともであったが、カウンター越しの受付嬢は首を横に振る。


「あと一週間ほどすれば納税の為に繁盛期が始まりますが、今はまだ手薄です。今のうちに宿を押さえておいた方がいいでしょう」

「あー。それなら、大丈夫、かな?」


 宿は問題ないと分かったものの、紛れ込んでいた単語に引きつった顔をするユウジ。

 前半の『納税』と『繁盛期』からいかにも面倒事が発生しそうなイベントの匂いを嗅ぎつけ、隣のマオへ念話を送りながら溜息をついていた。


『……なぁ。これって納税が始まる前にオサラバしたほうがいいよな?』

『それは否じゃ。依頼で数多の地へ出向く冒険者に情報が伝わっておるのじゃぞ。むしろ隠れることは余計な事態を招きかねんよ』

『えー。でも、このままじゃ結局は面倒事になるじゃんか……』


 勇者のわりに情けない声を上げるユウジであったが、マオの心中ではむしろエスベルクに留まるべきであると考えていた。

 世界各地を歩くと言っても、今はまだ神から別の場所へ向かえとの指示が出ていない以上、特に急ぐような用事があるわけでもない。


 加えて、マオはデルバートが言っていた「上からの話」を当てにするプランを立てていたりする。

 警備兵士長である彼の『上』ならば、おそらくは貴族だろうか。

 上が二人を飼うにしろ殺すにしろ、動きがある以上はこちらにも取る手立てがあるのだ。


『ふふ。そこは妾に任せておけ。それに、冒険と面倒事は切っても切れぬ関係じゃろう?』

『言ってる事は分からないでもないけど、どこ行っても恐怖の目で見られるのは御免だぞ……』


 口角を上げてニヤリとするマオに、ユウジは内心で苦笑する。

 彼女が信用できないではなかったものの、外見や知識はともあれ本質は魔王なのだ。

 災害規模の暴風や火炎を軽く操る者に『任せる』という事態はいささか怖いものがある。

 もっとも、御免と言っている少年も似たり寄ったりな本体性能だったりするのだが。


「おい、兄ちゃん。いつまで俺のレティシアと話してんだよ。早くどけ!」


 物理的な解決方法にならなければいいがとユウジが思っていると、不意に後ろから声がかけられた。

 振り返った二人の前に立っている者は二メートル近い大男。

 背中にかけている大剣はマオの身の丈ほどもあり、無精ひげが生えるゴツイ顔、モンスターの体液でくたびれた皮の鎧がいかにも荒っぽい風貌をしている。


「ベルガ様。お待ちでしたら隣のカウンターへどうぞ。それと、私はあなたの物ではありません」


 ベルガと呼ばれた冒険者の発言を冷静に捌いてはいるが、受付嬢レティシアの柳眉は先ほどよりも微妙に吊り上っている。

 実際、彼女の話す通り、ユウジとマオの用事が新規登録だと分かった後続の順番待ちは他のカウンターへと向かい、先ほどまでの長蛇の列は順調に数を減らしていた。

 隣を見てみればエルフらしき受付嬢が心配そうにユウジを見つめ、ベルガの後ろで待っている冒険者はどうすればいいか迷っているようだ。

 そんな空気をものともしないかのように、荒っぽい冒険者はユウジを押しのけてレティシアのカウンターに肘をつき、下卑た表情を浮かべる。


「いいじゃねぇかレティシア。今晩、終わってから俺と飲み明かそうぜ? たっぷりと気持ちよくしてやるからよ」


(……なんだこのテンプレイベント)


 ギルドの受付嬢に絡む男。

 冒険者になった直後に荒くれ者に襲われるシチュエーションと双璧をなす、定番中の定番であった。

 そして、そんな光景に更なる火薬を投下したのは誰であろうチビっ子魔王様である。


「ふっ。お主は女子おなごの一人も満足に招待えすこーとできぬのじゃな」


 ベルガを見て鼻で笑い、明らかに格下に置いた声音の一言。

 彼は辺りを見回し、少ししてからようやく嘲りの主を認識したのだろう。

 マオを見て怪訝な顔をするのも無理はない。


「何でこんなとこにガキがいるんだ?」

「あー。あれだ。ついさっき俺と一緒に冒険者登録を済ませたばかりのルーキーで「悪いことは言わぬ。お主程度ではこの器量良しの娘をどうにかするなどできん。潔く出直すがよい」……どうしてお前は火に油を注ぐんですかねぇ」


 どうやらマオのことを知らないらしく、それはベルガがつい今しがたギルドに入ってきたばかりであることを示していた。

 その割にはレティシアと長く話していたことを見ているようだったが、何てことはない。 

 このベルガという冒険者。レティシアと会話をしている男には長くても短くても毎度毎度こういった反応をするのである。

 当然ギルド側としても迷惑極まりないのだが、ベルガは何気にBランク冒険者であり、高い戦闘能力を有するために周囲も強くは言えないのであった。


「ガキ……てめぇ、誰にケンカ売ってるか分かってんのか? 貴族のボンボンが粋がってんじゃねぇぞ!」

「おぉ。怖い怖い。是非ともお主がどの程度の実力なのか教えてもらいたいところじゃな」


 言葉尻から察するに、ベルガは彼女のドレスを見て貴族か何か偉い所の娘だと思ったらしい。

 わざとらしいアヒル口で怖い怖いと言いながら、仁王立ちで片眉を上げる貴族魔王様。

 どう見ても怖がっているどころか見下している表情に、彼は握りこぶしを作り、顔は青筋を立てて完全にキレていた。

 

「……いいだろう。その幼稚な挑発、乗ってやるよ。死んでも文句言うんじゃねぇぞチビが!」


 普段の彼であれば挑発には乗らなかったかもしれない。

 絶大すぎて感じ取ることすら出来ないユウジの気力とマオの魔力は置いておくとしても、二人の細かな体捌きを見ていれば実力の一端を十分にうかがい知れるはずであった。

 しかし、ただでさえ少女に誘い方を酷評されて好感度が曇りかけている(と本人は思っているが実際は既にマイナスである)女の前だ。

 ここで退くことはできないと、ベルガは二人の鋭い動きを何らかの気の迷いだと切って捨てたのだ。


(この程度のガキが俺に勝てるわけねぇ。俺に勝てるような奴がこんなところにいるはずがねぇんだ)


 彼の言う通り、Aランク冒険者の多くは基本的に貴族やギルドのお抱えである。

 Bランク冒険者にしても、ベルガと同じBランクであれば必然的に顔を見たことがあるはずであった。

 しかし、目の前にいるのは戦えるとすら思えない女の子であり、普通ならFランクの戯言と流す程度のものである。

 

 だが、女の前で恥をかかされたベルガは容赦する気など無かった。

 例え相手が貴族の子女であったとしても、決闘ならば殺しても罪に問われないので気にすることもない。


「おい、レティシア。空いてる修練場を借りるぞ」

 

 今にもマオに向けて背中の大剣を振り下ろしそうなベルガが、レティシアに声をかけてカウンター横の壁にあった階段を昇っていく。

 職員用と思っていた階段は、どうやら修練場へと続いているらしい。


「おい、ガキ! まさかここまで言っておいて逃げるってんじゃねぇよな?」

「笑止。お主程度ですくむ足など持ち合わせておらぬわ」


 その場から動かないマオに痺れを切らしたのか、ベルガは階段の途中で立ち止まって怒声を浴びせる。

 マオ自身も引く気は無い様であり、薄っすらとではあるが魔力の流れが変わっていることにユウジは気付いていた。

 

(まぁ、ギルドなら冒険者を支援するための道場とか、そんな設備があるんだろうなぁ)

 

 カチャカチャと音を立ててベルガが昇っていく光景を、ユウジは納得しながら見ていた。

 あの程度の男ならマオの足元にすら及ばないと分かっていたため、何ら心配することはなく、既に修練場のほうに興味が移っている。

 しかし、周囲にとってはそうではない。

 彼の隣では、この状況で何も言わないユウジに眉をひそめたレティシアが、マオと小声で話していた。


「私のことでしたら大丈夫です。あれはいつもの事ですし、彼はBランクですからお二人では力に差がありすぎま、」

「甘い。お主は甘甘じゃな。あのやからは放っておくといつまでもつけあがるぞ」


 マオの言葉に、レティシアはぐうの音も出ない。


「そ、それは……」

 

 レティシアの逡巡は、何よりも本人がそれを知っていると物語っていた。

 事実、最初はしつこくなかったのだが、言葉だけで追い払うにつれてレティシアと話している男のほうにターゲットが移行し、ギルドの看板受付嬢でありながら満足に業務もできないという事態が頻発していた。

 しかも、酷い時には今回のように修練場を借り、決闘を挑んで相手を殺してしまうことすらあったのだ。

 ギルドとしても注意事項に『業務の妨害を禁ず』と記しているのだが、Bランクの貴重な戦力に町から出て行かれても困るため、泣く泣く黙認しているのだった。

 現状、レティシアを連れ出して無理矢理といった事態になっていないことが唯一の救いである。

 それでも、いつ帰り道で襲われるか分からないと彼女が少しずつ不安になっていたことは否めない。


「…………と、いうことです」


 身内の恥を語るが如く搾り出したレティシアの言葉。

 美人が多く採用されるギルドの受付嬢にとって口説かれる程度は日常茶飯事なのだが、業務を妨害され、付き纏いにまで発展しかけている現状は流石さすがこたえるらしい。

 話すにつれてレティシアの切れ目が悲しそうに伏せられ、凛としていたポニーテールも心なしかしおれてきている。

 先ほどまでと正反対な彼女の姿に、ユウジは何ともコメントできず苦笑いをしていた。


「ま、まぁ、それも今日までになると思うよ。アイツも好きな女の人の前で変に意地張ってたから、俺達のこと測り損ねたんだろうな」

「うむ。敵の実力を見極め、女子おなごをどう生き残らせるかを考えることがおすの本懐であろうに。妾の先達とは言え、女の扱いについて少々教えてやらねばなるまい」


 ふふふと暗い嗤い(注:笑いではない)を浮かべるマオ。

 ユウジから見れば少々どころかガチで教育しに行こうとしている魔王様だが、レティシアにとっては登録したばかりのルーキー。

 どうあがいてもFランクがBランクに勝てるはずがないと、レティシアは渋面を崩さなかった。


「しかし、マオ様では……」

「まだ分からぬか。では例えばじゃが、お主が冒険者ギルドの職を辞し、別の場所で新人扱いから仕事を始めるとしよう。その時、お主が培った知識は無に帰すのか? お主が体得した実務経験が瑣末な間違いを頻発させるのか?」


 そう言ったマオは右手の掌を上に向けると、呪文詠唱なしで魔術を灯す。

 親指に火の玉。人差し指に水のボール。中指に雷球。薬指に土の塊。小指に風の刃。

 五つの属性を五指の先に浮かべ、もう片方の手では光と闇の混ざった球体も出現させる。


「お、おい……アレ見てみろよ……」

「嘘だろ……ありえねぇ……」

「いや、さすがに何らかの魔導具マジックアイテムだろ……」


 この光景には、レティシアはおろか、事態を静観していた冒険者全員が唖然としていた。

 シンと静まったギルド内に、どこからかフォークの落ちる音が大きく響き渡る。


『や、やりすぎなんじゃないか? お前もとっくに気付いていると思うけど、この世界の人間には魔術適正が一属性ずつしかないらしいぞ?』

『ふふ。分かっておるわ。どうせ目立つならとことん目立つが信条での』

 

 ふよふよと左手の白黒ボールをお手玉させながら、マオはユウジと念話を行う。

 

 本来、魔力とは無色透明のものであり、魔術を行使する際に使われる未知のエネルギーだ。

 しかし、ユウジとマオから見れば個人個人の魔力に色があるらしく、赤色は火属性で緑色が風属性といったように、個々が習得できる魔術の適性で色も違うのだとか。

 これは魔術を扱わない者についても同様で、恒常的に極々薄っすらと漏らしている魔力を見ることで判別が可能であった。

 無論、色はあくまで適性であり、習得には非凡な才能も必要とされるのが魔術である。

 二属性以上の適性があれば紫色だったりグレーだったりもするのだが、今だに二人はみずかぜかみなりつちの五種類しか見ていない。

 つまり、この世界の人間は基本的に単一属性の魔法しか使うことが出来ないのだ。

 

 そんな世界において、同時に七属性を操る規格外中の規格外。

 地球は丸いと知ったときの中世にも劣らぬ衝撃が、ギルドの中を駆け巡ることとなった。


「あなたは……いったい……」


 マオは手に宿した魔術を消すと、唖然とするレティシアを置き去りにして階段を上る。

 その途中、何を思いついたのか、ギルドを見渡してからルビーの瞳でウィンクをした。

 先ほどまでであれば可愛らしいものだったが、実力の一端を見せつけられた今となっては恐ろしいものにしか感じない。


 ただ一人、マオの行動が自分の為であると分かっているレティシアを除いて。


「ふっ。安心するがよい。お主の闇、妾が払うてやるぞ」


 三日月形に唇をゆがめて微笑みを作り、マオはそれっきり振り返ることなく先へ進む。

 雪のような銀髪が翻り、不思議と大きく見えたその背に向けて、レティシアは静かに頭を下げた。








 ちなみに、途中から蚊帳の外だったユウジが思った事は、


(あれ? これ、魔王のほうが勇者っぽくね?)


 である。




次の投稿は23日の予定。

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