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さっそくやらかした

 


 エスベルクは森を開拓して作られた円形の町であった。

 町の周囲は深い堀と石壁に囲まれていて、東西南北にある門以外からでは飛竜でもなければ侵入は難しい。

 直径四キロにも及ぶ市街は活気に溢れ、現在は中央にある領主の館でガロン・エスベルク辺境爵が統べている。

 町の外には魔物が生息する森と大規模な鉱山が存在するため、冒険者ギルドと鍛冶師ギルドでは賑わいの絶えることがない。

 


 その町の入口。

 石橋を渡った先にある、数台の馬車が難なく通れるほどの巨大な北門の前で、一組の男女が諍いをする姿があった。

 外見は、片や普通の少年であり、片や雪のような銀髪が映える少女。

 夜の帳が落ちる直前で周囲が見えづらいとは言え、町の門に片手をついて訳の分からないことを喋る二人は非常に目立っていた。


「俺のほうが0.04秒早かったようだな」

「ほぅ。では、お主は魔石を何個獲った?」

「……六個だ」

「ふっ。わらわは九個じゃ」

「いや最後の一体はどう考えてもこっちに気付く前に死んでただろ」

「ぐぬっ。あれは少々失敗じゃったかと思っておったが……やはりか」

「とは言っても、俺も何か悪意の塊を根こそぎ斬り刻んだから、敵対生物以外の殺害は負けじゃなくてノーカンにするか」

「ふむ。妾とて邪魔な位置におった阿呆あほうを潰してしまったからの」

「ってことは……」

「うむ……」



「「また引き分けか」」



 誰であろう、その男女とはユウジとマオに他ならなかった。

 こんな物騒な話をする者がそうそういても困るので、この場合は彼らでよかったと言うべきか。

 

 ちなみに、殺してから剥ぎ取る形式が一般的である魔石を、この二人は生きた魔物の心臓を擦れ違いざまに抉り取るといった、どこぞのゾルディック一族のような手法によって採取していた。

 魔石を抜き取られた魔物は砂のように風化して消えるため、死体から疫病が発生する心配事は無い。

 しかし、硬い皮や鱗などの素材も消えるので、真っ先に魔石を採取することは利益的な意味で普通はしない方法である。

 もっとも、一般の人間は技術的にできないのが一番の理由だったが。


「酒はお預けか。今度こそ勝てたと思ったのに」

「むっ。何を言うか。妾が潰した木で距離を短縮したくせに」

「それを言うなら、俺が斬った岩を踏み台にしたのは何処の誰だ?」


 日が落ちる直前だからか、街道を通って来た人々がポツポツと門の周囲に現れ、二人を見て何事かと怪訝な顔をしながら街中に入っていく。

 普通であれば兄妹喧嘩と思うところだが、『斬り刻んだ』やら『潰した』といった言葉が断片的に聞こえていたようだ。

 別の町から来た商人らしき一団や依頼帰りの冒険者らしき人影は、面倒ごとに巻き込まれてはたまらないと静かに傍を通り過ぎていた。


「まぁ、いい運動になったし、引き分けってことにして早く町に入ろうぜ。今日の宿とか確保しとかないとな」


 一つ溜息をついたユウジが、門から手を離して苦笑する。

 冒険者ギルドが存在するのであれば、おそらくそこで魔石の換金ができるだろうとの予想であった。

 

「むぅ。納得はいかぬが仕方ない。準備運動程度でも楽しかったゆえ、此度の事は目を瞑ろう」


 小さなお手手を石造りの門にペタリと触れさせ、温まりかけていた身体が冷えていく。

 昂ぶった気持ちは落ち着いていたものの口元は『へ』の字になっていて、傍から見ても不満であることが丸分かりであった。

 それでも冒険者にとって宿の重要性は分かってたのか、彼女は渋々ながら同意する。


 余談であるが、マオが準備運動程度と評したことはハーフマラソンの道のりを二十秒足らずで走破する、秒速千メートルの短(時間長)距離走である。

 お前は一体何を言っているんだと聞き直したいところであったが、当事者の二人にとっては事実なのだから仕方ない。


「そういえば、マオは宿屋を知ってるのか?」

「……お主、妾を無知な餓鬼か何かだと思っておるのか。よかろう。その無礼な口を溶かしてやるとしようか」

「いや、だって、城から出たこと無いんだろ?」


 ユウジとマオが巨大な門に入ると、その内部は洞窟の如く数メートルほど続いており、中ほどには二人の衛兵が立っているのが見える。

 そこで検閲が行われているらしく、夕暮れ時で数人が順番待ちをしている列に並ぶ。


「むぅ。確かに城の外は知らぬが、知識だけはあるぞ。入り口に張られた絵画で部屋を選び、覆面の男に金子きんすを払うんじゃったかの」

「むしろ何でそれを知っている……」


 列の間からチラチラと見える衛兵は、茶色の皮鎧を着たスキンヘッドのゴツイ男と、銀色に輝くフルフェイスの鎧を着た大柄の男。

 衛兵の仕事が速いのか、そう時間が掛からないうちに列は消化される。

 そして、二人の番が訪れた。

 

「君たちは冒険者か?」


 進んできたユウジの前で、スキンヘッドの男が問いかける。

 隣にいるマオのほうが年齢は上だったが、何せ外見が外見である。

 話が通じそうな少年に話しかけたことは当たり前だろう。

 それを本人も分かっているらしく、小さな魔王様は「ぐぬぬ」と歯軋りをしていた。


「いや。この町に冒険者ギルドがあるって聞いて登録をしに来た」

「なるほど。目的は冒険者ギルド、と……」


 カミさんから貰ったスキル【共通言語】のおかげか、問題なく会話が成立している。

 安心して視線を周囲に向けると、先ほどは見えなかった壁際に木製の机が設置されていて、そこで三人目の衛兵が記録を取っていた。

 机で羽ペンを走らせている衛兵は腰に短剣を差しているものの、事務仕事が主らしく目の前の衛兵に比べると細腕である。

 ペンの動きが止まると、スキンヘッドの男が再び口を開いた。


「名は何と言う?」

「俺はユウジ。んで、このちびっ子がマオ」


 視界の隅で「ほぅ。やはりその口いらぬ様じゃな」と処刑方法を思案する何かが見えたような気もしたが、ユウジは華麗にスルーする。


「だがユウジ君。君に武器らしい武器は見あたらないが……まさか素手で来たってことは無いよな?」

「ん? 一応、武器はあるぞ」


 ユウジも事務仕事の衛兵と同じくらい細腕であり、体型的にも冒険者志望には見えない。

 これから冒険者として活動する上で疑われてもなんだろうと、ユウジは虚空から朱塗りの日本刀を取り出した。



「アイテムボックスだと!?」



 突如として姿を現した剣に、スキンヘッドの衛兵が叫ぶ。

 彼はゴツイ顔を驚愕にゆがませて、目を見開きながら硬直した。


 いや、驚いているのは彼だけではない。

 白銀鎧の衛兵はガシャンと音を立てて足を滑らせ、記録をとっていた衛兵もポカンとした表情でペンを止めている。

 

(あ、あれ? もしかして、やらかしちゃった?)


 あわてて日本刀を虚空へ戻すユウジ。

 もしかしても何もなく、どう考えてもやらかしてしまった感じである。

 それを証明するかのように、周囲からひそひそと会話する声が二人の耳に入ってきていた。


「……聴いたか?」

「ああ。アイテムボックスだとよ」

「おいおい、何でそんな物が辺境に?」

「知らんよ。Sランクでも滅多に手に入らない代物を、どうしてあんなガキが持ってんだか……」

「ニセモンじゃねぇのか?」

「いや、オレは見てたぜ。いきなり空中から剣が現れたんだ。間違いねぇよ」


 ご説明ありがとうと言いたいところであったが、ユウジにその余裕はない。

 

 ユウジの世界『アルス』で科学が発達したように。

 マオの世界『ゼアリム』で魔法が発達したように。

 世界が違えばことわりも違う。

 

 ゼアリムに似たような世界であっても成り立ちがまったく同じではなく、違う世界である以上はどこかに差が生まれるはずである。

 完全にそれを失念していたのだ。


(どうやら、こっちだと【虚空収納】は珍しいっぽいな。さて、どう言い訳したものか……)


 冷汗が出るユウジの隣で、マオが「ばーかばーか」と地味にイラつく表情をしていた。

 外見だけを知る者であれば可愛らしいと思われるが、その中身を知るユウジには単なるあおりである。


 マオの肩にポンッと手を乗せ、雷属性攻撃【雷装らいそう】を発動。


「んむ? どうしたのじゃ? お主の失態じゃろ? 悔しいのか? ん? ん? 今どんな気持ちじあばばばばばばばばばばばっ!!」


 勇者の攻撃を不意打ちで喰らった魔王様は、小さな身体からプスプスと煙を上げて片膝をつく。

 周囲の人間にはコミカルな光景でも、やっていることは常人即死の電子レンジだった。


「アイテムボックスに……これだけの魔法を手加減しながら無詠唱で……」


 二人のコントを見ながら、銀鎧の衛兵がぽつりと溢す。

 呆然としている衛兵達の視線は、華美な装飾がされたマオのドレスに向いていた。

 少女を彩るモノクロの衣服は焦げ痕一つなく、それがユウジの技量を物語っていたのだ。

 ここまできてしまえば目前の二人を冒険者見習いと判断するわけにもいかず、衛兵達は厳しい表情を作っていた。

 

 実は、この世界『ウォルテラ』においてスキルといった概念は存在していなかったりする。

 では何故アイテムボックスが知られているかと言うと、ウォルテラにおけるアイテムボックスは魔導具マジックアイテムなのである。

 腕輪やネックレス、イヤリングなど複数の形状が確認されているものの、既に生成法が失われた魔導具であり、現存は世界に数個ほどで貴重品中の貴重品であった。


(アイテムボックスをチラつかせ、かつ強力な雷魔法を使う……何の目的でここに来た……)


 銀ヘルムの中で必死に思考をめぐらせる衛兵。

 普通に考えれば怪しいを通り越して「どこから盗んだ!」とお縄に掛けるようなシチュエーションであった。

 が、目の前の少年は躊躇いもなくアイテムボックスを使ってみせた。


(盗んだものを衛兵の前で使うほど馬鹿ではないだろう。他国の間諜にしても目立ちすぎている。目的が読めない……)


 このとき、頭を悩ませていた者は衛兵だけではない。

 マオと四つに組み合って力比べに持ち込んだフリをしている少年も同様であった。


『ふむ。面倒なことになったの』


 傍からは兄妹喧嘩に見えても、ただ組み合っているわけではなかった。

 二人は補助魔術の【念話ねんわ】を使って声に出さない会話をしていたのだ。


『ごめん。無用心だったよな……』

『うむ。じゃが、お主を責めても仕方あるまい。幸いにしてユウジは隠すことなく虚空を開いたのじゃ。やりようは幾らでもある』

『そうなのか?』

『…………を…………して………の設定でどうじゃ?』

『それが一番いいか。さすがマオだな』

『ふふ。もっと褒めるがよい』

『さすがっすマオさんマジぱねぇっすわ』

『本気の喧嘩なら虹金貨でも買うてやろうぞ』

『いやいやそんなまさかーアッハッハッハ』


 そんな会話が水面下で行われているとは知らず、二人に向かって今度は銀鎧の衛兵が話しかけてくる。

 彼は腰の剣をいつでも抜き放てるように身構えながら、一瞬だけ他の衛兵に目配せをしていた。


「すまないが、これ以上はここで話すわけにはいかない。俺達の詰め所まで来てもらえないだろうか」


 銀鎧の衛兵が兜を取って衆目に中身をさらすと、そこにいたのは精悍な顔つきの四十代ほどの男。

 鼻の頭に横一文字の傷が入っている、いかにも戦う人といった感じの中年であった。


「ああ。こっちとしても、色々人目を集めて手間をかけさせてしまった。忙しいときに悪かったな」

「そう言ってくれるとありがたい」


 マオとの取っ組み合いをやめたユウジが頭を下げ、その姿を見て安心の息を吐く衛兵達。

 年下の少年と腰の低い会話をしている辺り、銀鎧の衛兵は人格者なのだろう。

 

 彼に追従して門を出ると、再び石橋を渡って町の外に戻るユウジとマオ。

 既に顔を伏せかけている太陽を背に歩くこと数秒、街道脇にある木組みのログハウスらしき建物の前で足が止まる。


「お疲れ様です。デルバート兵士長」

「異常は無かったか?」

「はい。問題ありません」


 質素な造りの詰め所。

 松明の明かりにゆらゆらと揺れているそれは、施設の目的もあいまってログハウスと言うよりは木の監獄に見えた。

 建物の入り口にいる槍を持った兵士が、銀鎧と言葉を交わす。

 

「あの……その者達は?」

「エスベルクに入りたいらしいが、少々訳ありのようでな。罪人ではないから心配しなくていい。部屋を借りるぞ」

「は、はいっ!」


 敬礼をして兵士が道を譲り、後ろから詰め所に入る二人。

 木の香りが漂う廊下を歩くと、ある一室の扉を開けて銀鎧が促した。


「大層なものは用意できないが、水でいいなら出そう」


 そこは会議室なのか、窓がない部屋の中央には木のテーブルが設置され、周囲には小さな丸椅子が散らばっている。

 そのうち一つを引き寄せて銀鎧が座ると、ユウジ達も適当に引き寄せて座った。


「お構いなく。自前のがあるからな」

「自前? ……ああ、アイテムボックスか」


 先ほどまでの光景を思い出したのか、特に悩むこともなく頷く銀鎧。

 彼はテーブルの中央にあったランタンへ火を点すと、木材に囲まれた暖かそうな内装が二人の目に映し出される。


「エスベルクには初めて来たから分からないと思うが、この町には荒くれ者が多いんだ。国宝級アイテムの話を衆目でするわけにもいかないだろう」

「なるほど。……そういえば、何で初めてだって分かったんだ?」


 ユウジが首をかしげると、銀鎧は懐から何かを取り出す。

 掌大のそれは、金属で出来たプレートのようなものだった。


「エスベルクの通行証だ。普通は門を通るときに何も言わず見せるからな。見せない貴殿らは余所者だったってことだ」

『ふむ。その類のものは当然あるじゃろうな』

「通行証はどうやったら買えるのか、教えてもらってもいいか?」


 途中でマオに念話を挟まれながら、ユウジは少し焦ったように質問を返した。

 既に日が暮れているのだ。

 今日の宿を早めに確保せねばなるまい。


「まぁ待て。その前に事情を聞かねば入ることすら出来ないんだぞ? 宿なら俺の紹介があれば適度に手配できるから、そう焦るな」

「本当か!? ありがとう、オッサン」

「デルバートでいい。そっちのお嬢ちゃんもな」

「むっ……分かった。デルバートよ、世話になるぞ」

 

 先ほどまで蚊帳の外だったマオにも名を伝えたデルバート。

 彼女の言葉遣いにも気を悪くすることなく、デルバートは話を進める。


「じゃあ、色々聞いていこうか。まず最初だが、貴殿らはどこから来た?」

「森」

「なるほど。も…………り?」


 頷こうとしたデルバートの動きが止まる。


もりでもりでもない。木が生えてる森」

「いや、それは分かるが……」

『ふっ。食いつきは上々じゃな』


 念話で語りかけてマオに相槌を打ちながら、極々自然を装うユウジ。

 異世界から来たと言っても普通は信用してもらえないだろう。

 ある程度の嘘は必要だ。


「俺とマオは、どこだか分からないほど森の奥にある小屋で暮らしていたんだよ。昔は父さんもいたけど、数年前に魔物に……」

「……すまん。つらいことだとは思うが、こっちも仕事なんだ」

「分かってるよ」

 

 マオが虚空からハンカチを取り出して涙をぬぐうフリをすると、デルバートの目が見開かれる。

 それはそうだろう。国宝級のレアアイテム一つを持つ少年でも大騒ぎになるのに、少女まで躊躇わずに使ったのだ。

 ただ、それでも最初に虚空を使ったときほどの衝撃は無いらしく、デルバートはすぐさま表情を引き締めていた。

 

「それで、数ヶ月ほど前だったかな。父さんの遺品に水晶を見つけたんだよ」

「水晶?」

「うむ。これじゃな」


 そう言ってハンカチを収納し、代わりに丸い水晶を取り出すマオ。

 見た目は洋梨程度の大きさで無色透明のものだ。


「俺が十八になったら、この水晶に魔力を込めろって遺言も添えられていてな。そうすれば、外の世界へ転移できるからって」

「ということは、それはマジックアイテムなのか。ちょっと、その水晶を見せてもらってもいいか?」

「ほれ。構わんぞ」


 マオが机の上にゴトリと水晶を置くと、デルバートが取って検分する。

 その光景に、ユウジの頬を冷や汗が伝った。


『お、おい。いいのか? あれって何の変哲もない普通の水晶なんだろ?』

『ふっ。適度に魔力痕を混ぜておいたゆえ問題ないじゃろ。数時間経って魔力が全部抜けきってしまえば、内部の術式を証明することは魔術理論上不可能なのじゃからな』

『……その辺、素人の俺にはよく分からないから全部任せるよ』

『うむ。妾に任せるがよい』


 一ヶ月前まで日本で暮らしていたユウジにとって魔術がどうこうといった事象が分かるはずもなく、その辺りはもっぱらマオの領分であった。

 デルバートも魔術には明るくないのか、すぐに水晶を机の上に置いて首を振っている。


「一応見てみたが、俺は魔法がさっぱりでな。水晶の件については置いておこう」

「俺も戦闘用の雷魔じゅ……雷魔法ならともかく、転移とかは分からないからお互い様だ」

「そうだったのか。では、時間があったら今度模擬戦でもしてみないか? これでも警備兵士長を務めることが出来る程度には腕があるぜ」

「いいね。ぜひお願いするよ」


 どうやら似たもの同士だったらしいユウジとデルバートは、互いに身体を押し出して握手をする。

 さすがに本気ではやらないだろうが、彼との模擬戦がウォルテラの世界における物差しになるだろうとユウジは思っていた。

 ちなみにマオだけは外見的な意味でも除け者であったものの、妙に男臭そうな空気はご遠慮願いたかったらしく何も言っては来なかった。


「それじゃ、話を戻すか。つい昨日に俺が十八になったから、その水晶にマオと魔力を込めてみたんだ。そしたら……」

「この近くに転移したって訳か」

「そういうこと」


 二十キロを近くと言うのかは分からないが、とりあえず首肯するユウジ。

 

「事情は分かった。貴殿らがアイテムボックスを躊躇いなく使ったのは、そういうことだったか」


 彼の言葉を頭の中で整理しながら、デルバートが先を引き取った。

 ずっと山奥で暮らしていたのであれば、俗世の事情に疎いのも分かる。

 真相を知らないデルバートにとって、内容が本当かなどの不明な点は多いが、それでも理解できる程度には筋が通っていた。


「だから、デルバートさんが常識だと思っていることを俺達は知らなかったりすると思う。色々と聞き返すことが多いかもしれないけど、そこは教えてもらえたら嬉しい」

「構わんよ。下手な齟齬そごができるよりはいいだろう」

「うむ。感謝するぞ、デルバートよ」


 マオがぺこりと頭を下げれば、デルバートは満足そうに頷く。

 言葉遣いは横柄であっても、それは彼女の愛らしさを失わせるどころか引き立てるものになっていたのだろう。


「では、一応説明しておこうか。まず、エスベルクへ入る為には通行証が必要だ。これは銀貨三枚の税金と引き換えに渡される」

「……あー。俺達は今まで金を見たことが無くてな。魔石を持ってるから、それを換金しようと思ってたんだよ」


 そう言うと、道中で採取した魔石を虚空から取り出して机の上に並べるユウジ。

 ユウジとマオは金を持っていないわけではなかったが、前の世界における通貨が使えるとも思わない。

 何が正解で何が外れなのか分からないのだから、基本的にこちらの情報は後出しにする必要があるだろう。

 正しいことは相手に言わせればいいのだ。


(それに、デルバートは人を騙すようには見えないしな)


 目の前で魔石を手に持って鑑定するデルバートは、ユウジの目には嘘がつけない人間に映った。

 警備兵士長が狸になれないというのは困ることだろうが、それはそれで彼の人徳によって上手く機能しているのかもしれない。


「このゴブリンの魔石はなかなかに質がいい。おそらく、一個につき銀貨二枚程度の値はつくだろう」

「ふむ。その銀貨とやらは高いのか?」

「……そうか。金を見たことがなければ価値も知らないだろうな。その辺りも教えておこう」




 その後のデルバートの話を聞くに、ウォルテラの貨幣価値はマオの世界と同じものだった。

 ユウジの場合、日本円に換算すると以下のようになる。


 鉄貨:10円

 銅貨:100円

 銀貨:1000円

 金貨:10000円

 白金貨:十万円

 虹金貨:百万円


 一番下に鉄の貨幣があり、そこから銅銀金と続いていく。

 何故鉄が一番下にあるのかというと、市場に多く流通させることによって戦争時の武器用に還元しやすくするためといった狙いがあるらしい。

 りんご一個が鉄貨三枚(日本円にして三十円)で買えるため、実際はまとめ買いをする際の銅貨や銀貨が多く使われるのだろうが、それでも庶民に溜め込ませておけるのは利点なのだろう。

 一番必要であり、かつ一番使わない位置に鉄を置いているということか。




「本来、銀貨三枚を支払わない者は町へ通さないことになっているが、例外もあってな。明らかに税よりも価値があると警備兵士長が判断した物品を預ければ、一時的に通行が許可される。その後、税金が払えるようになったら預かった品が返却される」


 要するに、日本で言う担保や保証金である。


「ふむ。つまり、この魔石をデルバートに預ければ……」

「俺の権限で通行許可が出るということだ」


 彼の口から通行許可の言葉が出た瞬間、ユウジとマオに笑顔の花が咲く。

 が、それに反してデルバートの表情は暗い。


「デルバートさん、どうしたんだ?」

「……実は、通行許可を出すためにもう一つ必要な条件があってな」


 この期に及んでもったいぶるのかとユウジは思ったが、デルバートもかなり悩んでいるようだ。

 重苦しい様子に何かを感じたらしく、マオもデルバートが口を開くまで黙っていた。


「もう一つの条件は、エスベルクの町に余計な混乱を与えない者であるという事だ」

「むぅ。それは……」


 その言葉を聴いて苦い顔をするマオ。

 ユウジも一瞬遅れて意味に気付く。


 国宝クラスのアイテムを持った者が市街に入れば、興味本位で近づく者、我が物にせんと狙う者が出てくるだろう。

 なにせ、手に入れることができれば巨万の富が約束されたようなものなのだ。

 それは間違いなく『余計な混乱』に該当する。


「一応、今はまだ噂といった程度だ。検閲時に近くにいた者しか話は広まっていないはずだからな」


 そこで止まっていれば、与太話と切り捨てることが出来たかもしれない。

 しかし警備兵士長が連行したともなれば、それが裏づけになる可能性が否定できないのである。


「だが、まぁ、どのみち放っておくことは出来なかったと思う。国宝が野山を歩いていたら、それこそ大問題だ」


 首を横に振りながら話すデルバートの意見にも一理ある。

 極端な話だが、何処で爆発するか分からない爆弾なら自分の手元で小火程度に収めたほうがいい。

 万が一の事態ほど怖いものはないのだ。


「もう一度聞くが、貴殿らはアイテムボックスを物心つく前から使えていたのだな?」

「そうだ」

「そうじゃ」


 神妙な顔をして尋ねるデルバートに二人は頷く。

 ユウジは物心ついた時からではないが、異世界に来てからという意味では似たようなものだった。


「ということは、アイテムボックスの本体は貴殿らの体内にある。貴殿らにとってアイテムボックスを奪われることは、そっくりそのまま貴殿らの死亡と言い換えることが出来るだろう」


 スキルの概念を知っているならともかく、この世界『ウォルテラ』に住む人間にとってアイテムボックスは魔導具マジックアイテムである。

 仮にユウジとマオの身包みすべてを剥いでも該当の品が出てこないとあれば、当然次は身体の中を調べ始めることになるのだ。

 もっとも、そう簡単に倒せるような二人でもないが。


「その点に関しては心配しなくていい。そこらの冒険者程度には寝ていても負けんよ」

「うむ。飛び込んできた虫をどう料理してやろうか、むしろ手札がありすぎて迷うほどじゃ」

『お前やっぱ魔王だわ……』


 不敵な笑いを浮かべるマオに、念話で突っ込みを入れるユウジ。

 どちらか一人ですらRPGで言えばバグキャラと評していいほどの規格外であり、二人が揃ったとなればもはやゲームディスクを叩き割る以外の対処法はない。

 それに気付いたわけでもないものの完全な強がりでもないことを悟ったデルバートは苦笑いだ。


「マオ嬢ちゃんの実力はまだ見ていないが、ユウジ殿の方は片鱗を見ていたから分かる。そんじょそこらの野郎では太刀打ちできないほどの雷魔法。それと、あの剣も相当の業物だったからな」


 続いて出てきたデルバートの発言に、ユウジは内心で舌を巻く。


(あの一瞬で【無銘】の価値に気付いたか。意外にやるっぽいね、このオッサン)

 

 実はユウジが持つ勇者としての聖剣【日本刀・無銘】も、勇者と魔王に劣らないほどのバグ武器であった。

 二人に比べると固有能力はたったの一つだったが、その代わり一点特化にチューンナップされており、内容を聞けば魔王が「卑怯じゃぞ!」と叫ぶほどの代物だ。


 さすがにデルバートは無銘の能力まで見抜いたわけでもないだろう。

 しかし、それでもエスベルクの町にとって目の前の少年、得体が知れずとも無類の強者が手に入ることは歓迎すべき事態だった。

 冒険者ギルドに登録してエスベルクを拠点にしてもらえれば、もしかすると他国との戦争時に戦力となってくれるかもしれない。


「例外的に貴殿らの通行を認めよう。俺の名前で『上』から呼び出されるかもしれないが、そこは了承して欲しい」


 その言葉に安堵の息を吐きながら頷くユウジ。

 マオはともかく、ユウジにとって面倒事は御免被りたいところではあったが、デルバートには特例として町への滞在を許可してもらった恩がある。

 要請を断って彼の面子を潰すことはあだにしかならない。

 

 明確な許可を提示したデルバートは、部屋の隅にあったチェストから二枚の金属プレートを取り出して渡してくる。


「これが通行証だ。失くしたら再発行の為に銀貨三枚を徴収するから、落っことすなよ?」

「ふっ。問題ない」

「……そうだったな。貴殿らにはアイテムボックスがあるから滅多に失くすことはない、か」


 二人に渡された通行証にはバーコードのような凹凸が彫られていた。

 同じようにチェストから取り出した羊皮紙へデルバートがなにやら書き込んでいるところを見るに、おそらくそれが個人識別の為の暗号か何かなのだろう。

 通行証を虚空へと収納し、そのままデルバートの書き終わりを待つこと数分。 


「これで手続きは終わりだ。魔石は念のために四つほど預かるが、残った魔石を冒険者ギルドで売り払えば今日の宿代程度にはなるだろう」

「分かった。ありがとう、ギルバートさん」

「うむ。世話になった」

「こっちも仕事だ。北門まで送って行こう」



 椅子から立ち上がり、来た道を戻り始める三人。

 日が落ちた闇世の中を、エルバートの掲げる松明が照らしていった。



次話の投稿は1月20日です。もしかしたら21日になるかも。

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