黒板 炭酸 鉛筆
初の三題噺です。「炭酸」の処理に困りました。
ガリガリと、白チョークが黒板を削る音だけが教室に響く。周りを見ればクラスメイトたちが机にかじりつくようにして、ノートを取っていた。
入試まで一月の時間を残した高三の冬。小説に描かれるような青春はそこにはなく、毎日繰り返される“受験”という言葉に追い立てられた18の少年少女だけがここにいる。
受験は団体戦。誰かが言ったそんな言葉も幻想に帰してしまうほどに、生徒たちは自らの夢に邁進していた。
そんな中、一人取り残された私が居る。
(壊れちゃった・・・)
目の前にはバラバラになったシャーペンの残骸たち。
不器用さが祟り、詰まった芯を取り出すだけの筈が修復不可能なまでに解体してしまった。
あいにく代わりのシャーペンはない。そもそも筆箱自体が自宅の机の上にあるのだ。やっとみつけた一本もこの有様。文字通り、手も足も出ない状況だった。
(不運だ)
何度、心の中で繰り返しただろう。そう思ったところで何かが変わるわけでも無いが、そう思わずには居られなかった。
私一人を残して、白い文字が黒板を埋めていく。誰も私の異変に気付いてなどいなかった。
授業終了まであと三十分。先生の小難しい話を真剣に聞く気にもなれず、ペラペラと薄い音を立てて教科書を捲っていたとき、不意に誰かが肩を突いた。
「・・・?」
振り返ると後の咳の男子が鉛筆を差し出していた。
「コレしかないけど使えば?シャーペン壊れたんだろ?」
きっちり削られた黒の鉛筆をぐいっとさしだす彼に、とまどいながらも素直に受け取った。
硬い鉛筆からじんわりと彼の優しさが伝わってくるようだった。
「ありがとう」
感謝の言葉を言えば、即座に「別に」というぶっきらぼうな声が返ってくる。それがなんだか可笑しくて、嬉しかった。
黒板に向き合い、急いで白の文字を追う。しかし、動く手とは反対に頭の中ではずっと考えていた。
授業が終わったら、「ありがとう」ともう一度言おうと。
微炭酸のような青春幻想。
たった一瞬のわずかな刺激と、甘い残り香を持つ小さな夢。
遠くに感じたその夢は、ここにも確かに存在していた。
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