鈍く質量が伸し掛かる
小さな駅の前に私とあなたは一緒に植えられました。
私たちの前を通る人々はあなたを「桜」、私を「ツツジ」と呼びます。
あなたが散ると私は咲き、私達は代わる代わる褒められました。
あなたはとても心配性でした。
自分が咲き誇る時、花びらを私の上に落しては言うのです。
大丈夫ですか?
重くないですか?
今夜は雨が降るからきっと綺麗になりますよ。
その度に私は言うのです。
大丈夫です。
重くなどありません。
雨など降らなければいい。
あなたの花びらにまみれた私はこんなに綺麗なのだから。
あなたは照れたように笑って身体を揺らし、また私の上に花びらを落とすのです。
あなたはとても心配性でした。
私が咲き誇る時、私の上に小さな屋根をつくっては言うのです。
大丈夫ですか?
暑くはないですか? 寒くはないですか?
今夜は雨が強いから私が楯になりましょう。
あなたが少しでも長く咲いていられますように。
その度に私は言うのです。
大丈夫です。
暑くはありません。寒くもありません。
でも、あなたが与える影が好きだから、あなたから落ちる滴が好きだから。
私が少しでも長く綺麗な姿でいられるようにどうぞそのままでいてください。
あなたは嬉しそうに笑って身体を揺らし、私の上に影と滴を落とすのです。
でも、
私はあなたの変化を知りました。
あなたが咲き誇る時が来たのにあなたの花びらが私の上に落ちてきません。
どうしたのですか?
話しかけてもあなたは黙っています。
私が咲き誇る時が来たのにあなたの影と滴が落ちてきません。
どうしたのですか?
話しかけてもあなたは黙っています。
私たちの前を通る人々からあなたの名前が消えました。
あなたを褒める人々が消えました。
そのうちに人々の間から嫌な言葉を聞きました。
次の春に咲かなければあなたを切ってしまいましょう。
別の桜を植えましょう。
春が来ました。
あなたは今年も咲くことはありませんでした。
あなたを切る為に人々が集まってきました。
私はあなたを呼びました。
桜、桜、桜、
どうか返事をしてください。
あなたの美しさをもう一度人々に見せてあげてください。
あなたは何も答えてくれません。
私は泣きました。
忘れることなどできません。
私の上にあなたが落とした重みを忘れることなど……。
あなたが咲けないというのならば――
人々から驚きの声があがりました。
私は懸命に咲きました。
赤い赤い紅の花を一斉に咲かせました。
どうですか。どうですか。
私はとても綺麗でしょう。
桜の分まで私が咲きます。
これでも足りないと言うのならもっともっと咲きましょう。
この身が朽ちようと、もう二度と咲けなくなろうと――
人々の間からより大きな声が上がりました。
何かが私の上に落ちてきました。
見上げると懐かしい花びらが私の上に次々と落ちてきました。
ああ、重い、なんて重い……。
あなたは言いました。
大丈夫ですか?
私は言いました。
大丈夫です。
私は自身の花を紅から純白に変えました。
あなたの花びらの美しさがよく見えますように。
私の気持ちを表すように。
あなたは愛しそうに笑って身体を揺らし、私の上にまた花びらを落としました。