俺と風紀委員長は敵対する
阿澄梓。
黒髪長髪で見た目で言えば、以前の榊のようである。
2年5組所属で風紀委員長。
幸崎のことを好いていて、それゆえ幸崎は風紀委員の指導をスルーできる。
漫画のような馬鹿げた戦闘力はないが、風紀委員におあつらえ向きの武芸の達人。凛とした雰囲気で武道に限れば、榊を凌駕するかもしれない。その一方で球技などは不得意であり、勉強も苦手である。そのギャップにやられ彼女に付き従うものは多い。
幸崎ハーレムに入ったのは去年の九月頃だろうか。それまでは、恋愛の、れの字も知らなかった彼女だったが、幸崎に『不良に不覚をとられ、身の危険を感じた時』に助けられ、それ以来幸崎ハーレムに加わる。
以上が楔から聞いた、阿澄梓の特徴と幸崎ハーレムに加わるまでだ。
嘆くべきは、彼女がそれなりに腕が立つことか。
それとも、幸崎を好きになってしまったことか。
少なくとも、あらゆる要素が重なりあって生まれた偶然で、不慮の事故ではあると思うのだ。
そして、俺に責任があるとしたら何故幸崎が男子に後ろから刺されないかを失念していたことだ。
そして昼休み、何時もなら教室にいる喧しい幸崎はどこか違う場所にいるようことに違和感を覚えないことだった。
「…神座」
「あぁ、分かってる。榊。……何のようだ?阿澄」
「…今日、光輝を睨んでいたのは貴方か?」
研ぎ澄まされた刀のように、触れればこちらが怪我をするような、そんな威圧感を持って阿澄梓は、俺と正しい意味で敵対していた。心配そうに声をかけてくる榊に大丈夫だと伝えるように名前を呼んでやる。
俺は机に座っている以上、彼女の方が目線は高くなり、必然見下ろす形になる。背筋が綺麗にまっすぐ伸びたその佇まいは、彼女が武道をしていると関連付けるには十分な情報である。
俺を見下ろす阿澄の瞳には一点の曇りもなく、黒い瞳には俺が写っているが、しかし彼女は瞳に写った俺とは違う何かを幻視しているようにも見える。
見下ろした彼女と対照的に見上げる俺は彼女にはどう見えただろうか。無表情に定評のある俺を見て、阿澄は何を思っているのだろう。
「……俺が幸崎を睨んだって? あー、そうかもな」
彼女の質問に答えてやる義理はない。
幸崎ハーレムの中でも、戦闘能力の最も高いのが阿澄だ。噂を俺の考えで補強したものは、幸崎がトチ狂った男子に刺されないのは彼女がいるからだ。幸崎に害するものは全て排除せんと言わんばかりの行動で、実際排除してきた。暴力沙汰までいきそうになったものは全て彼女が制裁を加えている。ゆえに、幸崎は怪我を負わない。
そんな風紀委員長が俺を敵だと――幸崎に害するものだと認識したようだ。睨んでただけなのに。
そもそも、先に害を受けたのはこちら――とはいえ、それは5月に起きたことなので、9月に幸崎ハーレムに入ったこいつが知らないのも無理はないが。まぁ、けど、知らないって言うのは、罪だね。
「……以前から、思っていた」
俺を見下ろしていた視線が更に下へと落ちる。
俺の角度からは見えないため、その表情は伺い知れない。そこに秘められたのは、幸崎への余りある愛情か、それとも幸崎を嫌う俺への敵対心か。もしくは、そのどちらもだろうか。
顔を上げた彼女は、どこか辛そうにしており、幸崎が憎まれていることを、悲しく思っている少女の姿が見えた。
「どうして、貴方はそんなにも、そんなにも幸崎を敵視する!?」
「あいつを敵視しているのは俺だけじゃないって気づいてるだろ?」
軽い調子で言ってやると、まともに取り合わないためか、わずかに怒気が漏れる。が、流石に風紀委員長というだけあるのか、それを一瞬で抑える。それすらも茶化したい気持ちになったが、これ以上やると俺の身が危険なので、それはしない。周りの目線が俺に集中しているのを感じる。
「違う、貴方は他の人よりも深く光輝を憎んでいる」
「俺が幸崎を憎んでいるのはまぁ、その通りだけど。俺が他者よりも深くあいつを憎んでいるなんて、どうやって決めたんだよ?」
「……貴方の薄く汚れた瞳を見れば分かる」
随分な言われようである。勿論、普段からクラブで言われなれている俺からすれば、この程度どうってことはない。ハートの鍛え方が違うんだよ。
それでも、これは暴言ではないだろうか。俺以外の人間だったら、絶対にハートブレイクされてたね。
ふと、榊が心配そうに俺を見つめているのが認識できた。
――心配しなくても大丈夫なのに。
「…随分な物言いだな? 風紀委員長は何を言ってもいいのか?」
俺は、真っ直ぐに阿澄を見つめて問う。
これは、男子同士のふざけあった言い合いではないのだ。たとえ、心が打たれ強くても言っていいことと悪いことがある。俺は心が広いわけではないのだから。
阿澄は自分の失言に気が付いたのか、一歩後ろに後ずさる。実際のところ、俺の意見の放った言葉には彼女が後ずさるほどの威力を持つ言葉はない。
学生同士の口喧嘩なのだから、人に向かって言うべきではないレベルの言葉であって、言ってはならない言葉ではない。
ただ、それでも彼女が後ずさったのは雰囲気に呑まれたからだ。周りが自分を見ている中で失言をしたという、後味の悪さが、彼女の心にダメージを与えた。
今、この雰囲気のイチニアシブを握っているのは俺と言っても構わないだろう。
「まぁ、所詮その程度だろう? これは幸崎の程度も知れるな?」
「こ、光輝を悪く言うな! 貴方が光輝を睨んでいたのが悪い!」
「じゃあ、俺を今、睨んでいる、お前は、どうなんだ?」
俺の言葉に目を見開いく風紀委員長。阿澄にとって、俺は敵対者そのもの。そんな人間に正論を言われれば、頭にくる。ましてや、相手は既に堪忍袋の緒が切れるのは秒読み。いつの間にか、他クラスからも来ている。俺の発言の意図を正しく理解した人間は固唾をのんで阿澄を見つめる。阿澄は硬く拳を握る。
「……あ、貴方も。貴方も、貴方だって、どうせ好きな女性が光輝を好きだったからなんていう下らない理由で憎んでいるんでしょう!?」
ギリギリの所で、踏みとどまった阿澄は、どうやら自分の持てる知識の全てで俺が幸崎を憎んでいる理由を推理したみたいだった。全くもって、核心を得ていない訳で、採点するなら十点といったところだろうか。
やはり、頭の出来は悪いらしい。確かに好きな人物を取られたなんて下らない理由ではない。そもそも前提条件から間違っている。俺が好きなのは、杯榊ただ一人なのだから。だから、下らない理由の部分で十点あげた。…さて、どう答えようかと思っている時だった。
「……貴方が、神座の何を知っているの!!」
榊が大声で阿澄に叫んだのは。
榊は一歩後ずさった阿澄と俺の間に出来た空間に体を入れて割り込む。俺は、彼女の体の横から顔を出して、阿澄を見つめる。
「……貴方は、神座と幸崎くんの事を何も知らないくせに、こうやって神座に攻撃しにきた」
「……榊!」
「……それはどういう意味?」
阿澄は榊の登場で少し心の余裕を取り戻したのか、榊に聞く。俺が呼び止めたのも聞かず、榊は話そうとする。
それは、榊の口からは言わせたくない。視界の端に捉えた榊の友達は、バツが悪そうに視線を剃らす。そして、俺は仕方なく榊の口を塞ごうと立ち上がろうと腰に力を入れる。
その時、教室の扉付近で大きな音が生じる。
その人は、颯爽と俺達の前に現れた。
「はぁ、全く、お昼御飯を食べている途中だと言うのに」
後ろに男子生徒を携え、腕を組み不機嫌な表情を隠そうともせず、圧倒的強者のオーラを醸し出す人物。
「簪、君と幸崎はやっぱり鏡写しの所があるよ」
軽い口調でため息を付きながら呟いたその言葉で辺りの生徒のざわめきを鎮めるのは、我等が帰宅部顧問綴世月夜先生だった。
第37話。
今回は現実逃避がうまくいったから、連日投稿。
次回の更新は未定。




