第1話「旅立ちの化け物たち」
私は人間である。名前は既に無い。最早生きているかどうかさえ怪しい。
体は白く青褪めていて、言うなれば色を失っている状態。実際に、私の体は白と黒の2色。モノクロによって維持されている。元々の体色の名残か濃淡がわ僅かに表現されている。それはとても頼りないが、今の私を表すには十分だった。
私は孤児。孤児院で生活を送り、つい2年前。私が13歳になった頃にそこを出た。この村にあるギルドで働きながら生活をしていく。すなわち、自立の為にそこを巣立ったのだ。
私が色を失ったのは、今から2年前の話。孤児院で私より先に出た人が依頼してきた地質調査の為に必要なサンプルを山に採取しに森へ入った時だ。
「ふぅ・・・これで大丈夫かな。」
地質調査と言っても、現地に行ってそこの土を採取するだけの簡単な仕事だ。
「よっと・・・うわぁっ!?」
背負っていたリュックサックに物を詰めて帰ろうとした時、足を滑らせて坂を滑り落ちてしまった。
「痛っ・・・。っう~・・・。どこだろ、ここ・・・。」
辺りを見渡す。下に落ちたと言う事は麓に近づいてはいるはずだと思った。確かに、その時辺りは明るく、奥の方に細い農道が見えた。
「このまま突っ切れないかな・・・。っ!!」
道を真っ直ぐ直進しようと思った時、目の前に光り輝く生き物がいた。それは間違いなく《シシキカモノ》であった。
《シシキカモノ》。それは伝説の竜。人に対して何故か敵意を持ち、縄張り意識が強い。その為か、縄張りに入る者は即刻その力を持って呪いをかける。そう、色を奪う呪いだ。対象の色を抜き取り、4年後に死に至る病。病名などない。病名などつけなくても、すぐに見た目で分かる。そして、その呪いの特徴から名前を付けられた。色を失わせる化け物。縮めて、《失色化物》。そう、《シシキカモノ》である。
私はそれと対面し、その竜は私を見るや否や翼を広げ、さらに光を増していった。そしてその閃光に飲まれ、私は、色を失った。
・・・
シシキカモノの呪いを解くにあたって、情報は既に持っている。1つ目は、世界樹-イグドラシールの朝露。これを浴びる、または飲む事で呪いを解く事が出来るとされる。そして2つ目はシシキカモノの対になる《ヨシキカモノ》に触れる事。しかし、両者とも存在自体があやふやで、それを探そうとする者は皆「バカバカしい」「時間の無駄」と卑下される。
だが私にはもう時間がない。それでただ死を待つだけならば、最後の時間を使ってでもその可能性に縋り付く。それが、私に残された最後の道だろうと思う。
「おぅ、嬢ちゃん。いつものかい?」
「あぁ。それと、今日は血を頼むよ。」
恰幅の良い肉屋の店主が慣れた手つきで袋に売り物にならない部分の肉を詰める。そしてその後少女の持ってきたプラスチック容器の中に、牛を潰した時に出た血を注ぎ込んだ。それを注ぎ終えて、零れないようにしっかりと蓋をしてから少女に手渡した。それらを受け取った少女は代金を支払い、肉と血の入った瓶を鞄の中に詰め、別の場所へと向かった。
「あら、今日は例の奴ね?」
「はい。頼みます。ライフルのレンタルもよろしくお願いします。」
少女が訪れたのは村にある、いわゆる『何でも屋』。村人からの様々な依頼や情報が寄せられている。中にはテーブルとイスが雑に並べられ、たばこをくわえた男が天井を見上げて寝ていたり、また別の場所では細身の男が新聞を顔にかぶせて眠っていたり。また朝っぱらから酒を片手にフラフラして偶然来ていた女性に声をかけている酔っ払いもいる。無法地帯に近いが、それぞれそれなりの常識を持ち合わせているし、問題は起きない。
少女が手に取ったライフルは少女が持つには大きく、そして重かった。見た目から伝わる重さは少女の小柄な体格と比べ、とても不釣り合いだった。
「貴女ほどの腕があれば、ライフルなんて無くても大丈夫だと思うけどね。」
「保険・・・と言うと嘘になります。不安なんです。それに、今回の相手は今までと勝手が違います。」
「まぁ、あの魔狐と呼ばれる大狐と戦うわけだしね。分かったわ。ちょっと重たいかもしれないけど、これしかないの。我慢してね。」
受付の女性はそういうと受話器を取り、どこかに電話を始めた。
「はい・・・はい・・・。そうです。あの子です。・・・はい。伝えておきます。」
「・・・何と?」
少女は電話が終わったのを見計らって訊ねた。
「貴女が依頼を受けたと連絡したら、とても喜んでたわ。」
「・・・そうですか。」
「とりあえず、受注は完了。時間は今夜だけど・・・。」
受付の女性は少女をチラリと見て、小さくため息を吐いた。
「やっぱり、もう行くのね。」
「罠を仕掛けるなら、今の内ですからね。」
・・・
「おや・・・。定刻にはまだ早すぎるのでは?」
少女は山間部に住む夫婦の家を訪れていた。依頼主である初老の男は予定の時刻よりも早すぎる受注者の来訪に若干疑問を抱いている。少女は経緯を説明し、許可を取って狐が現れると言う山に入って罠を仕掛けた。
罠は簡易的な落とし穴で、肉屋でもらった肉の小片を底に落とし、土に血を混ぜておいた。
「・・・ふぅ・・・。」
少女は小さく息を吐いた。気が付くと辺りは暗くなっていて、森はざわざわと音を立てていた。
「・・・いったん戻るか。」
「あ、お疲れ様です。一応ご飯を作りましたが・・・。」
「・・・ありがとうございます。・・・じゃあ、そのパンだけもらえますか?」
少女はパンを1つ受け取ると、それを持って外に出た。そして家の裏にある、狐に襲撃を受けたという畑の近くの茂みでライフルをセットした。そしてスコープを覗きつつもらったパンをかじる。しばらくすると、初老の男が後ろから話しかけて来た。
「やぁ。調子はどうだね。」
「・・・後ろに立たないでください。職業柄、打ち抜いてしまうかもしれません。」
少女は無意識でトリガーにかけた指を離し、横目で男を見て呟いた。
「物騒だな・・・。まぁこの辺の住民、それもハンターなら仕方のない事、か。」
「・・・。」
「・・・で、どうだね。」
「・・・未だに気配の1つもありません。最後の襲撃の情報から2日・・・。さすがに出てくると思ったんですがね。」
少女は睨みつけるような目つきから普段の魂の抜けたような目に戻し、現状を報告した。
「まぁ仕方ないさ。相手は獣だ。来るかどうかはワシらには分からん。」
「・・・ま、それを予測するのが我々の仕事ではあります。・・・伏せてください。それと、口を閉じて。」
少女が目つきを鋭くして言った。既に目線は男から外していて、彼女らがいる茂みから丁度真向いの方向を睨んでいた。
「まさか・・・。」
「静かに。」
少女が男を無理やり黙らせる。シンと静まり返った山に、ゆるやかに風が流れる。しかし空気はピンと張りつめていて、集中力を切らせば押し潰されてしまいそうなほど重かった。
「・・・。」
少女が黙ってライフルのスコープを覗き、1点を睨みつけているその時だった。
---ビーーーッ!! ビーーーッ!!---
「警報・・・!?」
「落とし穴に設置しておきました。何かがかかったら線が引っ張られて自動で鳴るようセットしました。それより、ちょっと黙ってください。」
少女に言われ、男は口を閉じた。しばらく山に警報音が響き渡っていたが、少しして警報は止み、辺りは再び静寂に包まれた。何かしらの獲物が引っ掛かった場合、それなりに鳴き声や、物音がするはずだったが、その様子もない。
「・・・何も・・・ない・・・?」
「・・・それでも、相手は獣でした。」
「?」
少女は何も答えず、若干ライフルを上げ、放った。サイレンサーは発射音を遮り、乾き、掠れた音が空を裂き、それは向かい側の茂みに突き刺さった。そして何かの短い鳴き声と共に消え去った。
「ッ・・・!」
少女は空薬莢を飛ばすと、ライフルを落として使いやすいナイフに持ち替える。低姿勢のまま茂みを飛び出し、そのまま一気にその茂みへと向かう。その途中で、ペースを全く落とさず懐から小口径の銃を取り出し、ハンマーを起こす。そして少女はそのまま勢いを殺す事なく茂みに突っ込んだ。
「!?」
「えっ・・・?」
少女がナイフを前方に突出して構えた先にいたのは、麻酔を撃ち込まれピクリとも動かない大きな狐と、その近くで縋り付くようにして泣いていた子供。
「子供・・・?」
「な、なんじゃお前は!? お前がやったのか!?」
ただの子供のように見えていたが、どうやら事情がありそうだ。
少女は疲れた様子でため息を吐いた。本来なら麻酔を撃ち込まれて眠ったままの内にロープか何かで縛り、それで終わりのはずだった。しかし子供が両手を広げて邪魔をしている為近づく事が出来ない。
「・・・私がやったのには変わりないけど・・・。それが何か?」
「お、お前が!!」
「っ。」
少年が突然殴りかかってきたので少女はそれを受け流し、地面にたたき落とした。
「ぐっ・・・!」
「ごめんけど・・・。仕事だから。」
少女はもがく少年にナイフを突きつける。しかし少女は少年を見て苦虫を噛み潰した顔をした。その後、懐から小銃を取り出し、少年に打った。
「・・・。」
「・・・何で・・・生かそうとしたのかな。」
少女は少年を見て呟いた。少女が放ったのは麻酔弾で、別に少年は死んだわけではない。
少女は少年を紺色の袋に包んで、大狐は普通にロープで縛って台車に乗せた。
「これでよし・・・っと。」
「えと・・・もう大丈夫ですか?」
「あ、お待たせしました。依頼完了しました。この通り。」
少女が大狐を見せる。依頼主の妻はホッと胸をなでおろす。
「それでは・・・そろそろ報酬の方を。」
「あ、こちらです。ありがとうございました。ところで・・・。」
「?」
「お名前は・・・?」
「・・・私に名前なんてありませんよ。呼びたいなら、好きに呼べばいいんです。」
「・・・すいません。」
少女はそれ以上何も言わず、紺色の袋と大狐の乗った台車を引っ張って帰った。
・・・少女宅
「さて・・・。」
少女は台車とライフル、大狐を何でも屋に渡して、すぐに自宅に戻っていた。
自宅と言っても八百屋を営んでいる老夫婦に頼んで下宿させてもらっているだけで、自宅と呼べるかどうかは怪しいラインだ。
「はぁ・・・。こんな時間に起こすのもあれだけど・・・。」
少女は紺色の袋から少年を取り出す。少年と言っても、やはり大方の予想通り、こいつは化け狐だった。今では尻尾と耳。そして手足もなんか動物っぽくなっている。
少女は少年の頬を引っ張り、何とか穏便に起こそうとする。しかし、少年の眠りは深くなかなか起きない。
「むぅ・・・これでも起きないか・・・。」
今度は少年の両手を持ち、上下に揺する。
「・・・起きない。」
少女の中で何かがはじけた。少女は少年の両足を掴んで振り回す。ジャイアントスイングみたいな。
「起きろォォォォオオオオオッ!!」
下で寝てるだろうおばあさん、おじいさん。すいませんでした。
「んぉ・・・? あ、お前・・・!」
「お前扱いかよ・・・。私はお前を助けてやったんだぞ?」
「助けた・・・だと・・・!? どの口がそんなことを言うのじゃ!」
「だーかーら! 私が麻酔を打たなかったらお前は今頃収容されてるか処分だぞ。」
「え・・・?」
当然の事と言えば当然の事である。少年は化け狐で、街に様々な被害をもたらしていた大狐の子となる。そうすれば、間違いなく処分だろう。これ以上の被害を生まないためにも。多少人間の傲慢さが出ている気がするが、だからと言ってそれを止めるほどの権力やらは少女にはなかった。
「とりあえず・・・君はもう親はいないと言う事。分かるね?」
少年はその言葉を聞いて突然泣き始めた。
「わ・・・分かっておる! でも・・・お前が・・・!」
「・・・。」
「お前には分からん! 親を失う悲しっ、モガ・・・。」
「うっさい。何時だと思ってるんだ。」
さっき大声で起きろと叫んだのはどこのどいつだと突っ込みたいところではあるが軽くスルーで。
「・・・私には分からないよ。親を失う悲しみは。」
少女は「は」を強調して言った。
「ただ、私は親がいない悲しみは知ってる。私には、親はいない。」
「え・・・?」
「私は幼い頃、竜から呪いを受けてしまった。そして、気が付いたら孤児院にいて、私は、それ以外何も覚えてない。私は、色と、親と、記憶と、思い出を失った。」
「・・・。」
「今でこそ仕事を貰って、それなりに働いて、下宿させてもらってはいる。けど、やっぱりどこか虚しいんだ。」
少年が本気で黙り込んだ。少女はそれを見て小さくため息を吐き、手元にあった鞄に荷物を詰め込み始めた。
「・・・どこかへ行くのか?」
「あぁ。明日、明朝から旅に出る。」
「旅・・・?」
「シシキカモノと言う竜。それが私に呪いをかけた竜。その呪いをとく為に。私は世界を見に行く。」
「わ・・・ワシも連れて行ってくれ!」
「・・・ま、最初からそのつもりだったけどね。助けてしまったのはこっちだし。」
「・・・ところで、お前の名前は何なのじゃ?」
少年が訊ねた。言葉遣いがだんだん慣れてきたように感じる。
「・・・何でそんなことを聞くの?」
「一緒に旅に出るなら、いつまでもお前と呼ぶのはどうかと思うのじゃ。」
「・・・私に名前なんてないよ。さっきも言ったでしょ? 私には記憶も、親もないんだって。」
「なら、ワシがつけてもいいか?」
「・・・は?」
少女が怪訝そうな顔をする。しかし、確かに名前のないまま呼び合うのは面倒だし、自分で自分の名前を付けるなんて言う事も面倒だと思った。少女は仕方なく少年に名前を付けてもらう事にした。
「あ、じゃあ君の名前はなんなのさ。」
「ワシも・・・名無しじゃ。」
「名無し同士・・・か。じゃあアンタは私の。私はアンタの名前を考えることにしよう。」
「うむ。そうする。」
「とりあえず、今夜は寝よう。明日は早い。」
少女は布団を敷いて、その上で寝るよう少年に促す。
「お前はどこで寝るのじゃ?」
「・・・私は、そこのソファで寝るよ。気にしないでいい。野宿だって平気なんだ。屋内で寝れるだけ十分だよ。」
少女はそう言って照明を消し、ソファに横になった。少年は若干申し訳なさそうな顔をしながらも、渋々布団を被った。
・・・翌朝・・・
「んお・・・。」
「おはよう、シキ。」
「?」
「アンタの名前だ。昨晩言ったろ? アンタは私の。私はアンタの名前を付けてやるって。」
「お・・・そういえばそうじゃったな。」
少女が少年を「シキ」と名付けた理由は特になく、ただ単にパッと思いついた文字を並べただけだ。
「で? 私の名前はなんなの?」
「うむ・・・。そうじゃな・・・『クリム』と言うのはどうじゃ?」
「クリム・・・? どうしてそんな名前に?」
「これじゃ。」
シキが取り出したのは部屋の本棚にあった一冊の本。異国語の本で、この国の言葉を訳す時に必要不可欠な物だ。
「お前の特徴、全部その呪いのせいでほとんどないのじゃ。だから、お前の眼の色を見て思ったのじゃ。」
「・・・クリムゾンレッド・・・って事?」
シキが勿論と言わんばかりに頷く。
「それにしても・・・わざわざ眼だけで名づけられるのか・・・。」
「だって、他に特徴ないのじゃ。それに・・・お前の眼の色、まるで・・・。」
「いや、いい。何でもないからもう話さないでいい。」
クリムはそう言ってシキの口をふさいだ。
「じゃ、これからはこの名前で呼び合う事にしよう。よろしく、シキ。」
「お、おう。よろしくな、クリム。」
こうして、2人の、化け物と呼ばれる人間と、実際に化け物である狐の少年の旅が幕を開けた。
《次回予告》
クリムとシキ。人間と化け狐のコンビは2人で隣町の図書館へと向かう事にする。
図書館にて呪いや伝説の竜について調べている最中、謎の影がシキに忍び寄る。
次回シシキカモノ第2話 『呪いと伝説の話』
ブログにて更新情報などを載せてます。
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