003
夏期講習の授業時間。
既に1時間目は終えていて次がラストの2時間目。
午前中で終わるとは、案外部活動真っ盛りの中学生には優しい塾である。
…その分、朝は普段の学校と大差ない時間帯から始まるんだが。
この時は何日か講習が過ぎた日で、杉山とも仲が良くなっていた。
休み時間はお互いに話したりする程度で、とくになんとも思わない、普通の友人だった。
…俺は異性の友人というのは信じている方なので、何とも思わなかったが、秀などに色々と言われることもあった。
「んじゃ、次数学な。教科書出してー。」
先生が言うと、皆が教科書を出して授業体制に入る。
…しかし、杉山だけは違っていた。
「…えっ…うそ…えぇー…」
と、小動物みたいにあたふたしながらカバンの中を探す。
しかし、お目当てのモノは無いようで、仕方なく前を向いて普通に授業を受ける。
「(…あいつ、教科書無しで授業受けるのか。…まぁ、頭は良いみたいだしなんとかなるか。)」
…しかし、そんなごまかせるような時間は無く、すぐに悪魔が襲ってきた。
数学だけにラプラスの悪魔?
…そんなに難しい問題ではなかったけど。
「んじゃーここの問い1の問題を杉山。読んでくれ。」
「ふぇっ」
ふぇっじゃねぇよ…
とか思いつつも俺の顔が紅潮して行くのが分かった。
…あぁ、俺、萌えたんだな。今ので。
「どうした?杉山。」
「えぇ、あ、8xです。」
答え言っちゃったよ…
問題言ってからみんなで解く奴だよそれ!!
頭良いのな!
「いや、あー、うん、正解なんだけど分からない人もいるから問題読んでくれるか?」
「いや…その…」
と、杉山は慌てる他なかった。
どうやら忘れたことを恥ずかしがって言えないらしい。
「(…柄にもねーけど。)」
「ほらよ。使え。」
ほらよ。じゃねーよ!!
めーっちゃ偉そうじゃん俺!!
俺は見るに見かねて教科書を杉山の方を見ずに突き出した。
…えぇ、すごい厨二病。これがカッコ良さそうに見えたんでしょう。
杉山は満面の笑みを俺に向けて、
「ありがとっ!」
と、言った。
照れくさくて、返事もしないままその数学の授業は終わった。
…先生とかに茶化されたのは言うまでもない。
その日の授業終わり、杉山が俺に話しかけてくれた。
「さっきは、ありがとね。入れたと思ってたのに間違えてナンクロのテキスト入れちゃった…」
…ナンクロと数学を間違える奴が何処に居るんだ
いや、俺の目の前にその一人が居るんですけども。
神レベルの天然さんか?こいつは。
「良いって良いって。んじゃ、俺部活あるから先帰るわ。」
「奇遇だね。私もこの後部活なんだよ!」
この会話が、新しい未来の分かれ道を決める鍵となった。
「へぇー。なんだ?待って、言わないで。俺が当ててやる!」
「分かるかなぁー?」
悪戯っぽく笑った杉山は、一層可愛く見えた。
…笑顔が似合う奴だなぁ。モテルンダロウナキット。
「吹奏楽部?いや、美術部!」
「はずれー。文化系じゃないよー。」
「あぁ?じゃあテニスとかバスケ?」
「ぶっぶー。マイナーなのかなぁ。このスポーツ。一応オリンピックにもあるんだけど…。」
…この状態で既に絞られた。
今まで言ってない中でオリンピックにもある。
まさか…まさか…
「バドミントン?」
「正解!!面白んだよバドミントン!」
「…俺も、バドミントン部だよ。」
「…え?」
カチャン と、
二人の距離が、縮まったような音がした。
それは未来へと続く扉の一番最初の扉のカギ。
鳥で言うと羽。
ツバサにはまだ遠いけど、ひとつだけ小さな卵が産み落とされたような…
そんな感覚だった。