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告白の行方

「告白された」

 新年早々、予想だにしていなかった言葉を聞いて、俺は口に含んだ海老を吐き出しそうになり、慌てて両手で口許を押さえた。危なかった。もう少しで目の前のおせちにぶちまけるところだった。

「汚いなあ、何やってるのよ」

 この原因を作った張本人の遥香が、実に不快そうに顔を歪めた。遥香は、俺の母親の兄の娘、つまり俺とは従妹いとこの関係にあり、おまけに同い年だ。家が近所のこともあって、幼い頃からお互いの家を行き来している。

 俺は、口の中の海老を改めて咀嚼し、飲み込むまでの間考えた。遥香が告白されただと――いつ? どこで? 誰に!

 聞きたいことは山ほどあるのに、俺の口から実際に漏れたのは、

「んで?」

 何とも素っ気ない返しだった。

「何それ。ふーん、まったく興味なしってわけね」

 遥香はぷいと顔を横に背けた。俺は内心慌てたが、態度には表さないよう細心の注意を払いながら聞いた。

「その告白してきたヤツは、遥香の趣味知ってるのか?」

 遥香は不満そうに片方の頬を膨らませて、こくりと頷いた。「その聞き方だと、まるであたしの趣味がいけないことみたいじゃない」

「いやいや、そういう意味じゃないって。ほら、趣味を分かり合えるって大事なことだろ? あはははは……」

 俺は、乾いた笑いを浮かべながら自分の顔の前で掌をひらひらと振った。

 遥香の趣味とは、コスプレだ。アニメやゲームキャラの衣装を手作りしては、都内で開かれているイベントに、これまで何度も参加している。

 俺が初めて遥香の趣味を知ったのは、二年前、高校一年の冬だった。友人に誘われて行った同人誌即売会の会場で、ひときわ大きな人だかりができている所があった。カメラを構えた大勢の男たちに囲まれていたのは、なんと遥香だったのだ。

 遥香は、肩から胸元まで大胆に肌を露出したミニスカートのメイド服姿で、頭の上にはカチューシャを着け、真っ白なニーソックスを履いていた。

 彼女は、カメラに向かって次々と色々なポーズを繰りだしていた。前屈みのポーズをとったとき、胸の谷間が露わになり、俺の心臓がどくんと高鳴った。ここにいる遥香は、まるで別人みたいに俺の目には映った。

 俺がぽかんと口を開けたままその場で固まっていると、ふと遥香と目が合った。彼女は、驚いた表情を一瞬だけ見せたが、すぐにポーズを変えて、再び最高の笑顔を作った。

 友人曰く、遥香は現役女子高生コスプレイヤーとして、抜群の人気を誇っているそうだ。確かに、他のレイヤーたちよりも遥香は輝いていた。

 その日から、俺の頭の中は遥香のことで大部分を占拠された。要するに、惚れてしまったのだ。日本ではいとこ同士でも結婚できることを知ったとき、自然とガッツポーズが出たほどだ。

「聞かないんだ?」

 はっと我に返った俺は「何を」と聞き返した。

「あたしが何て返事をするのか、をよ」

 当然、それが一番の懸案事項だ。しかし、唇が震えているせいで、「そいつと付き合うの?」のたった一言も口にできない。

 結局、俺が取った行動は、小首を傾げてみせただけという何とも中途半端なものだった。遥香はそれを受けて、

「もういい。あたし帰る」

 刺々しく言い放って、椅子から立ちがった。それから、俺に背中を向けてリビングを出て行くと、ドタドタと廊下を歩く音がして、最後にはバタンと玄関の扉が勢いよく閉まる音が聞こえた。

「ちくしょおおおおおおおお」

 俺はおせちを手当たりしだい口一杯に頬張った。口の中で、甘いのやらしょっぱいのやらがごちゃまぜになって、涙が出そうなほどまずい。

――いや、一番まずいのは今の状況だろう!

 俺は立ち上がると、上着も着ずに寒空の下に飛び出し、遥香の背中を何とか捕まえた。

「なに?」

「はあはあ、一つだけ……言うの、忘れてたから……はあはあ」息が切れて思うように言葉がつながらない。俺は、冷たい空気を胸一杯に吸って、「もし、そいつと付き合ったとしても、今までどおりうちに遊びに来てくれよ」

 これが、俺の言える精一杯だった。それなのに、遥香はぷっと吹き出すと、お腹を両手で押さえて笑い始めた。

「なんだよ?」

 俺が眉をひそめて聞くと、遥香は涙を指で拭いながら答えた。

「だって、本当に昨夜のこと何も憶えてないんだなーって思ったら、怒るよりも笑えてきちゃって」

「え? 昨日は大晦日で……」

 俺の頭の中で、昨夜の出来事が走馬燈のように流れ始めた。年が変わった深夜、遥香と一緒に近所の神社に行って、そこで振る舞われていたお神酒を飲んで……そうだ、たった一杯で酔っ払っちゃった俺は、帰り道で――。

「どうせそんなことだろうとは思ってたけど、あたしすごくショックなんですけどー」

 茶化すように言う遥香に、俺は深く頭を下げて「ごめん!」と謝ってから恐る恐る顔を上げた。

「んで? あたしの返事は聞かないの?」

 今年は最高の年になりそうだ。

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