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現実の向こう側 3

 優希は、あの光の中だ。

 妙に確信があった。どうしたら、優希が今いる場所がわかるだろう。あの光に入れるだろう。

 イルバードに聞くことは「却下」自分の心の中で即答し、あくまでもそれは最終手段にとっておくことにする。あんな得体の知れない人とは出来るだけ接したくない。

「…あれが幽霊だったらどうしよう」

 思わず頭に浮かんだ考えに顔が引きつる。

 智里は幽霊が嫌いだ。霊感などないが、暗い部屋の隅なんて絶対に見れない。シャンプーをするときは出来るだけ洗剤が顔にかからないように―目が開けていられるようにする。顔を洗う時は丁寧にだが迅速に。居間で堂々とホラー番組を見る優希や母に何度喧嘩を吹っ掛けたか数える気もしない。

「生きてる存在感がないくせに出てくるなって話よね」

 最悪の可能性はなるべく隅に追いやって、優希が消えたあの場面を何度も思い返す。何かおかしいところはなかっただろうか。

 青いパジャマ。優希が一番お気に入りにしていたパジャマだ。特にへんなところはない。

 優希が持っていたもの。よく見えなかったからおかしいかどうかわからない。しかも優希が持っているので現物がないため調べようがない。

 机の上のレポート。明日提出とか言ってた英語のレポートのはず。見てみないとわからない。

 落ちていた布団。

「あいつ寝相悪いからなぁ。…カーペットにあんな模様あったかしら」

 円がたくさん重なったような模様。光が溢れたのは一瞬だったから良く見えなかったが、あの模様から溢れ出たような気がしてきた。

 確かめなくちゃ。

 智里は決心すると、ドアの鍵へ手を伸ばした。



 優希の部屋は扉が閉まっていた。ノックをしたが返事がない。部屋の主はまだ戻ってきていないようだ。ドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。

「優希がいない部屋に入るのは久しぶりだな」

 入るのは優希を起こすときだけだ。話をするときはたいてい居間だし、お互い普段は部屋の扉を開けっ放しにしている。閉めるのは寝るときと勉強のとき、あるいは一人になりたいときだけだ。

 そういえば、前に比べたら一人で部屋に篭ることが多くなった。それも、智里たちでも良く考えたら、程度だ。

「もっと踏み込んでやればよかったな」

 重いものが体の奥に沈んでいく。

 少しでも重みを和らげようと深呼吸して扉を開けると、部屋の中は朝のままだった。それもそうだ、あの男は智里のすぐ後についてきたのだから。

 書きかけのレポート。高校のころ好きだったヴィジュアルバンドのポスター。新刊が出ると今でも買っている少年向けのコミック。狭い部屋に似合わない大き目のベッド。そのベッドに似合わない、昔から使っている子供向けのキャラクターが描かれた枕。

「これじゃないと良く眠れないんだっけ。次の誕生日プレゼントは新しい枕かな」

 それから渋い柄の布団。布団も朝のまま床に落ちている。

 その布団を拾ってやる。優希は昔から寝相が悪かった。それにしてもこの落ち方はひどい。優希もろともベッドから落ちたみたいだ。苦笑して綺麗に敷きなおした。

 枕元に置いてある目覚まし時計が目に入った。

「高校に入学したときに買ってあげたんだっけ」

 あの当時、智里はアルバイトと卒論が忙しくて、自分が寝坊をしたり、優希を起こしてあげるのも嫌になったりで此れ幸いとプレゼントした。優希はわが意を得たりと笑って「これが必要なのはオレじゃなくて姉ちゃんじゃないの」と憎たらしい口を利いたのだ。

「それでやっぱり喧嘩になって、お母さんに怒られて」

 蘇る思い出に苦い笑いがこみ上げる。

 そのあとこっそり「優希、嬉しそうな顔してたのよ」と母に耳打ちされた。

「優希、ごめんね」

 あの日罰の悪い思いをして言った言葉を繰り返す。今は、あの時どうして手が伸ばせなかったのかという後悔だけだ。伸ばせたらせめて、優希を一人にすることはなかったのに。思わず握り締めていた布団の皺を綺麗に伸ばし、カーペットへ視線を移した。

 朝のあの模様がなくなっていた。



「何をしていますか、チサト」

 模様の消えたカーペットを凝視していると、廊下から声が聞こえた。あの男だ。

 振り返るとマグカップを乗せた、小さなお盆をもったイルバードが入り口に立っていた。その顔は、智里が勝手に部屋に入っているというのに、笑顔だ。

「何かお探しですか。一緒に探しましょうか」

 手にしたお盆をローテーブルに置いて近づいてくる。

 足元から恐怖心が込み上がってくる。膝が震えそうになるが、イルバードを睨み付けて必死に押さえた。イルバードは困った顔で智里を見下ろしている。

 その表情を見て、今度は怒りが込み上げてきた。

 人の弟どっかにやっておいて、白々しい。困りましたって顔してるんじゃないわよ。

 心の中で毒づく。恐怖心が消えず、言葉に出すと声が震えそうだった。唇をかみ締めて、イルバードの横をすり抜ける。

「あ、チサト」

「なんで私の名前知ってるのよ」

 振り返らず、入り口でそれだけ言えた。会った瞬間からイルバードは智里の名前を呼んだ。しかも呼び捨てだ。それが不可解で、不愉快だ。

 それは、とイルバードが語りそうになって、でも今は何も聞きたくなくて智里は真正面の自分の部屋に飛び込んだ。扉をつかんで、もう一度イルバードを睨み付ける。

「優希を返してよ」

 震えはしなかったが、思ったより大きい声は出なかった。

 扉を閉める瞬間のイルバードの顔が智里の目に焼きついた。

 驚いて、困って、辛そうで、泣きそうな表情がごちゃ混ぜになった笑顔だった。


読んでくださっている方が想像より多く、とても嬉しいです。

申し訳ないのですが、次回より毎週水曜21時頃の更新とさせていただきます。

筆が遅くて申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。

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