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画面の向こう側 5



『明日にはウェルテスに向けて発つよ』

『とは言っても、あたしの魔術ですぐなんだけどね』

 顔色が良くなった優希が笑うと、後ろから素早くツッコミが入った。優希はその通りだけどさと不貞腐れたように頭を掻く。

「戻ったら犯人探しなのよね?」

「そうなんだよ…」

 智里が聞くと、弟はため息をついた。



 食事がてら話をしたところ、アンがしたことは優希に矢を射ったことだけだった。

 姉のマリアの話を少し交わした後、アンの雰囲気は少し落ち着いた。そしてぽつりと話を始めたのだ。

 町の噂で優希がまた戻ってきたと知ったこと。

 どうしても復讐がしたくてウェルテスの王宮近くまで行ったこと。

 警備がやけに手薄だったように感じたこと。

 警備の交代の隙をついて王宮へ忍び込んだこと。

 そこで迷って、あの部屋へ入ったこと。

 誰かが来た気配がして隠れて弓を構えたこと。

 そして、優希が来た。



『目の前が真っ赤になったわ。気がついたら弓を引いていた手を離してた』

 椅子に座ったアンは、傷の手当をされて綺麗な服に着替えていた。ポニーのお古だというその服は丈が余っていた。

 見詰めている智里に気がつくと、小さく笑った。

『覚悟はしていたの。姉を殺した人を私が殺してやるんだって』

 自分の意志より早く手が動いちゃったけど。そうして少し口を噤むと、言った。

『失敗して、私は逃げて、ポニーに会った』

 みんなの視線がグラスを傾けているポニーに向く。それを受けて、放蕩魔術師は苦笑した。傍らのビンから鈍色に光る液体を空になったグラスへ注ぐ。

『どっかの誰かさんが口座を凍結させたから、お父様にお小遣いをもらおうかと思って城の方まで足を伸ばしたのよ。そこで、必死の形相で駆けてくるんだもの。助けてあげようって思うじゃない、普通なら』

「いい年をして、お小遣いとか恥ずかしくないんですか」

 半目で妹を睨むイルバードに苦笑して、智里は先を促した。

『そのあとって言われても、彼女をローゼンスまで送って、ウェルテスに戻ってきたわ。そしたらお父様にも手伝えなんて言われちゃって散々だったわよ。まあおかげで1割は増やせたけど』

 机についたイルバードの手がわなわなと震えている。それを抑えようと智里が手を伸ばすと、イルバードはそれに気付いて引きつったように笑うと自分の手を引いた。

『それでさ、おれと別れてからアンに会いに行ったんだと。姉ちゃん聞いてる?』

「ああ、うん」

 気がつけば眉が寄っていた。それを伸ばして笑うと、優希は微妙な顔をイルバードに向けた。

『イルも、聞いてんのかよ』

「もちろん、聞いてますよ。それでうちの妹は何をしにアンに会いにいったんですか」

『もちろん、お礼をもらいによお兄様。それが役に立ったんだからいいじゃない』

 重たいため息をついて、イルバードは頭を抱えた。ポニーは楽しそうにグラスを空にする。

 智里はそれに小さく笑うと、優希の視線に気がついて顔を上げた。なぜか心配そうだ。

「なによ」

 問うと、弟は嫌そうな顔でなんでもないと首を振った。



 アンさんが皇女さまの件に関わっていないということは。

「他には誰がいるのかしら」

 小さく呟いたのだが、それにアンが気付いた。

『たくさんいるでしょう。ローゼンスにだってまだまだ皇女を逆恨みしているやつは山ほどいる』

「それはそうですが、王宮に入れる人間は限られています」

 アンの言葉にイルバードが反論するが、鼻で笑われた。

『警備が手薄だったと言ったでしょう。私でさえ入れたんだから、他にも入れる人間はいるはず』

 アンの言葉にイルバード何もいえなくなった。唇をぐっと噛む。

『早くラキアに伝えた方が良さそうだな。あいつまだそこまで手が回っていないんだろ』

『まあ、お父様がいるからラキアの周りは心配したくないけどね。ルークもまだ動けないんでしょう』

 焦る優希に、ポニーはため息をついた。

 その様子を見て、智里はふと呟いた。

「一度目の…」

「チサト?」

 みんなの目が智里に集まる。それに驚いて、智里は慌てた。たいしたことじゃないんだけどと前置きをして恐る恐る続けた。

「一度目の毒、どうして軽い神経毒だったのかなと思って。二度目は即死性のものだったじゃない」

 無意識に髪の毛を梳いて、笑った。

『一度目は試しで、とか?』

「それだとその後こちらは警戒してしまうでしょう、逆効果です」

 優希の言葉にイルバードは顎に手をやって考える。

『最初は殺す気がなかったけど、後からやっぱり殺したくなったんじゃない?』

『殺す気がなかったか…』

 グラスを回してポニーが言う。アンはどこか遠くを見ていた。

「ちょっと気になっただけなの。私はあんまりそっちの事情を知らないから、ちょっと言っただけで…聞き流しておいてください」

 みんなが意外と食いついてきて智里は焦った。

 カタリと音を立ててアンが椅子から立ち上がった。視線がそれに向かう。

『あ、私…』

 言い淀んで、アンは口を閉ざした。なんでもないと首を振って椅子に座り直す。

『どうした?なんかあるのか?』

 優希が促すが、アンはただ首を振っただけだった。

 ため息をついてポニーが口を開く。

『ねえ、ユウキ。今更なんだけど、あんたのお姉様よね、彼女』

 グラスを智里に振ると、優希がはっとした。

『ああ、悪い。紹介がまだだったんだよな。なんだかいろいろあって忘れてたよ』

 照れ笑いをして智里に背を向けた。全く、と呟いてポニーはグラスを傾けた。

『ポニー、アン。おれの姉の智里だ』

 優希の後ろ頭が消え、画面が揺れて、瓶を持ったポニーとアンが大きく映った。慌てて椅子から立ち上がると、頭を下げた。

「智里です。ポニーさんには、弟の為に力を貸していただいて、ありがとうございます」

『いいわよ、ポニーで。こちらこそ、甲斐性もない兄が世話になって悪いわね。思う存分こき使ってやって』

「ポニー!もう少しちゃんと自己紹介できないんですか!妹がすみません、チサト」

 妹は兄の言葉を聞き流しながら、ビンの残りをグラスに注いでいた。その横顔には小さく笑みが浮かんでいる。

 その光景を微笑ましく思いながら、アンへ向いた。

「アンさん、智里といいます。お姉さんのことは、残念なことです」

 少女は光に照らされて赤みを帯びた新緑の目を智里に向けた。

『私は、名乗ったからいいわよね。もういいのよ、姉のことは』

 そう呟いた顔が落ち着いていたので、知らぬ間に強張っていた肩を緩めた。くすりと笑ってアンは付け足した。

『あなたは、姉に少し似てるわ』

 少し驚いて、智里は微笑んだ。

 眉を寄せて、アンはため息をついた。恨めしそうにポニーを見る。睨まれた方は知らん顔でグラスを傾けている。

『ポニーには敵わないか』

 悔しそうに笑って、アンはさっきの続きだけどと話し始めた。

『さっき、言おうとしたことだけど、ウェルテスの城下町で不審な侍女を見たわ。文化が違うから、不審に見えただけなのかも知れないけれど』

 ウェルテスは買出しも侍女がするものなの?アンはそう問いかけた。

 優希とイルバードは重いため息をついて、顔をしかめた。

『ウェルテスに帰ったらまずはそいつを見つけるか』

「お願いします、ユウキ。あなたが探している間に父に話をつけておきましょう」

 優希は頷いて、アンに振り向いた。

『お前も手伝ってくれるか』

 アンは驚いて、顔をしかめた。ポニーはその奥で空のビンを振っている。その顔は楽しそうだ。

 肺から大きくため息をついて、アンは椅子から床へ崩れた。床に手をついて頭を垂れた。

『仰せのままに』






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