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画面の向こう側 1



『話をしてきた。ローゼンスは白だ』

 優希から連絡が来たのは、翌々日のことだった。

 画面の向こうはもう薄暗く、端に写る窓の外からは人の声が絶え間なく聞こえていた。

 空の色も変わらないんだ。優希の報告を聞きながら智里は思う。

 空の色も、人の温もりも、何も変わらない。それであって、こんなにも隔てられている世界だと改めて感じた。

「そうですか。となると、犯人はいったい…」

『それなんだけど、王子さんからいい情報がもらえたよ』

 優希の言葉にイルバードが眉を上げる。その様子に優希が苦笑した。

『大丈夫、あの人は信用できるよ。ちゃんと自分の足で立ってる。心配すんなって』

「それは、そうかもしれませんが」

 どうやら、敵国の情報を素直に信じることに抵抗があるようだ。それをわかっているから、先ほどのイルバードの様子に、優希は苦笑したのだろう。

『あの人の進む道はラキアによく似てるよ。うまくやれば協力し合えると思う』

 時間はかかると思うけどさ。付け足された言葉にイルバードはため息をついた。

「…それで、その情報とは」

 眉は寄せているものの、優希の言葉を理解しているのだろう。あとは気持ちの問題なのだ。

 優希は少し笑って真面目な顔になった。

『今回の、おれを襲った犯人は、おそらくマリの妹だ』



「マリ…?」

 聞きなれない名前を智里は繰り返した。

 その呟きを聞いて、イルバードはぎこちなく智里を向く。何かを言おうとして口を開くが、何を言うか迷っているように口を開閉している。

 優希はしばらく目を閉じた後、そっと言った。

『姉ちゃん。マリは』

「ユウキ」

 口をはさんだイルバードに、おれが言うと優希は首を振る。

『マリは、前の戦いのとき、おれと姫さんを庇って死んだ人だ』

 それだけ言うと、優希は再び目を閉じた。その人を悼むように。

「え…」

 智里がイルバードを見るが、視線を外して目を伏せている。

 言葉が出てこない。何を考えたのかもわからない。

 ただ智里の頭に浮かんだのは、きっと優希はその人のことを大切に思っていたのだろうということ。それだけだった。

『だから、狙われるのは仕方がないんだよ。おれが殺したようなもんだから』

「ユウキ!それは!」

『本当のことだろ。少なくともおれも、マリの妹もそう思ってる』

「優希…」

 姉に名前を呼ばれて、優希は笑う。

『大丈夫だよ、姉ちゃん。もう気持ちの整理はついてるし。あとはさ、マリの妹とどう決着をつけるかだよ』

「でも優希、危ないことは」

『もちろん、しないよ。痛いのは嫌だし。なるべく穏便に済ますようにするよ。心配すんなって』

 こんな時名前を呼ぶしか出来ない自分が悔しい。だが智里の心配をよそに、優希は明るくからからと笑っている。それが余計に智里の心配を煽るのだというのに。

 苦しそうに優希を見る智里に、イルバードは首を振って見せた。そしてため息をついて口を開く。

「で、そのマリの妹という者の居場所はわかっているのですか」

 イルバードの言葉に優希は頭を掻いてまた笑う。

『それがさ、所在不明なんだってさ。さすがにもうウェルテスからは出ているだろうし、ローゼンスに戻ってるかと思って聞いてみたけど王子さんもさすがにわかんないって。宿とか食堂でも聞いてるけど、似顔絵もないし困ってるんだよな』

 笑う優希にイルバードは更に大きなため息をついた。智里も小さく息を吐いて、画面を見渡した。首を傾げる。

「優希、ずっと気になってたんだけど、イルバードさんの妹さんは近くにいないの?」

『ん?ポニーはローゼンスに着いてからずっと別行動だよ。権力者は苦手とか言ってたけど』

「ポニーさん?」

「別行動ですか…」

『念のため城門まではついて来てくれたけどな。まあおれも面は割れてないし、なんともなかったから良かったけど』

「権力者が苦手ですか…」

 隣から冷気が流れてきて、智里は宥めようと手を伸ばした。その手が届く前に、イルバードは座り直して顔を優希に向けた。

「まあ、ユウキが無事なのでいいとしましょう。今もどこにいるかわからないんですか」

 今、避けられたのかしら。

 昨日、あの飲み会の次の日から、イルバードが智里に対してやけにぎこちなくなっている。少しでも触れるのを避けているようだ。

 私、本当に何をしたのかしら。…嫌われちゃったのかな。

 組んだ手を見下ろす。辿り着かなかった手がやけに冷たく感じた。

『明日の朝に出発するから、今日はもう戻ってくると思うけど。なんか伝言ある?』

「あの…」

「給料は三割減で、と」

 お礼を、と言おうとした智里を遮って、イルバードが口を挟む。怒りを抑えられないようだ。

 バン、と重い音がして、誰かが走ってくる音がした。

『ちょっと!』

『うわ!おまえ何いきなり入って来てんだよ』

 優希が驚いて声を上げると共に、画面に女性の顔がアップで映った。

 高い位置で括った、透明感のある金髪がさらりと流れる。海のように深い青がイルバードを睨みつけた。

『うるさい!それより三割減てなんなのよ!お兄様に言われる筋合いないんだけど!』

「兄に向かってうるさいとはなんですか、ポニー!口の利き方に気をつけなさいと何度言ったらわかるんですか」

 立ち上がって画面に怒鳴るイルバードに、智里は目を丸くした。優希は額を押さえている。

「ポニーさん?」

『うん、そう。イルの妹』

 確かに、顔のつくりや髪の色は似ている。だが全体的にイルバードより明るい印象だ。それはきっと彼女の内から出る魅力なのだろう。

 騒がしい兄妹の横で智里は弟に尋ねる。優希の呆れ具合からして顔を合わすたびにこうなのだろう。イルバード一人でもそうとうなものだったから、予想できたこととはいえ、実際に目にすると呆気に取られるものだった。

 お礼、しばらく言えないわね。智里も小さくため息をついた。

「対象の傍を離れて何が護衛ですか!そんな中途半端な仕事しか出来ないなら三割どころか五割減らされても文句は言えないでしょう」

『あら、心外ね。お兄様よりちゃんと仕事はしてるわ』

 ほら、入りなさい。そう言って手を引いた。その手には光る糸が握られている。小さく女性の悲鳴が聞こえた。

 ポニーはイルバードを横目で見てにやりと笑う。そして言った。

『マリの妹、アンよ』

 



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