現実の向こう側 1
コーヒーとトーストの香りが今日も我が家を包んでいる。
「お父さん、おはよう」
「ああ、智里。おはよう」
玄関を開けるとちょうど2階から父親が降りてきた。ポストから取ってきた朝刊を渡す。リビングに入ると香ばしい匂いが更に強まった。母親は智里が用意しておいた小分けのサラダを各人の席へセットしている。
「あら智里、そろそろ優希を起こしてきてくれる?」
「ハイハイ」
母に頼まれて、智里はめんどくさそうに返事をした。父のめくる新聞の音を聞きながら階段へ足をかけた。
日曜日だから寝かしておけばいいのに、智里の母親は昔気質で、食事は全員揃って食べることを決まりとして崩そうとしない。思春期はいろいろと揉めたりもしたが、今では当たり前の生活として受け入れている。煩わしいときは友人の家に泊まったり、賃貸アパートのカタログを持ってきて一人暮らしをしてやろうかと妄想にふけったりする。一人暮らしは実行に移していないから、なんだかんだ言ってもやはり家は居心地いいのだろう。
弟もいい加減慣れて朝は自分で起きてほしい。毎日起こしてやらないといけないこちらの身にもなってほしいものだ。
弟の部屋のドアを叩いたとき、声が聞こえた。今日は起きているのか、珍しいこともあるものだと感心して、いつものように一声かけてドアノブを回した。
「姉ちゃん入って来るな!!」
ドアと壁の隙間から弟の大声が響いた。驚きドアノブから手を放したがしかし、ドアの隙間は開いていく。少しずつ見えていくカーペットには円をいくつか重ねた模様が描かれている。青いパジャマ姿の弟がその模様の真ん中に立っていた。何かを持っているようだが、ここからでは身体で隠れていて見えない。その背中が振り向こうとしたとき、目も開けられないほどの光が全てを包み込んだ。
「優希!!」
名前を叫んだ。声が出ているかはわからなかった。辺りには静寂が満ちた。
とっさに目をかばった腕を下すと、光は既に収まっており、部屋の中が見渡せた。
いつもと変わらず乱雑に物が置いてあり、ベッドから布団が落ちている。机の上には書きかけのレポートが置いてある。
「ゆうき…?」
ただそこに弟の姿はどこにもなかった。
ただそこには黒い髪の弟ではなく、
「あなた、だれ?」
薄い金色の髪をした男性がしゃがんでいた。