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感情の向こう側 3


「止めないんですね」

 イルバードは通信機の蓋を音を立てて閉めた。パチンと硬質な音に責められている気がして、智里は苦笑した。

「決めましたから。優希が決めたことに口は出さないって」

 それが私にできる精一杯です。

 それでも、空色の瞳に見られたくなくて視線を逸らした。

 自分でも強がっていることはわかっている。手の震えが止まらない。慰められたくなくて、それを押さえようと両手を握り締めた。

 イルバードも無理に視線を合わせようとせず、小さく息を吐いた。


「ユウキは兵器の子機を持っていくと言いました。それなら、多少は安心していいと思います」

 乱雑のままの机から紙とペンを取り出すと、イルバードは何かを描き始めた。

「絵は得意ではないのですが、図の方がわかりやすいと思うので」

 そう言って大きな城を描いた。簡略な絵だが、屋根の形など、ほんの少し日本の城に似ているようだ。

 その下に大き目の四角を描く。

「これが、わたしたちが兵器と呼んでいるものです。誰もいつからあるのかは知りません。資料もありませんでした。そして、これを起動することができるのは、いまのところユウキしかいません」

「いまのところ、ですか?」

「わたしたちの世界の人間は、兵器に触れても何も起こらないのです。しかし、ユウキやこの世界の人が触れるだけで起動する。そのような兵器のようです。仕組みは全くわからないのですが」

 イルバードは苦笑する。四角の周りに何人か人を描き、その人たちから兵器へ線を引いた。

「わたしたち魔術師が定期的にこの中へエネルギーを注いでいます。何種類かの属性のエネルギーを貯められるようです。そのエネルギーをこの」

 大きな四角の横に人の大きさくらいの楕円を描く。

「制御盤で優希が発動します。様々な効果を発動させることができます。守りにも、攻撃にも」

 城を大きく囲ったり、兵器から勢いよく外へ線を引っ張ったりした。

「発動は、入力盤で言葉を入力します。わたしたちの呪文を入力することでも、ユウキのイメージした言葉でも発現したそうです」

「なんだか、難しそうですね」

「ユウキは簡単だと言っていました。主に自分の言葉を入れていたようです。呪文はさっぱり覚えてくれなかったと言ってました」

 智里は笑った。優希らしい。

 四角から離れたところに人を描いて、小さい四角を持たせる。それをペン先で指した。

「これがユウキが言っていた子機です。そう、チサトの持っている携帯電話より少し大きいくらいですね」

「それも兵器なんですか?」

 思わず机に置いておいた携帯電話を見る。智里は薄型を使っているため、これより少し大きいといってもかなり小型だろう。

「チサトの携帯電話のように、小さく入力盤がついています。小さいだけあって威力は劣ると思いますが、ローゼンスへの往復くらい、ユウキなら十分身を守れるでしょう」

 イルバードはにこりと笑った。どうやら長々と説明してくれたのは智里を安心させるためだったようだ。好意に甘えて智里も肩の力を抜いた。



 しばらくお互い黙っていた。

 言葉が思いつかなかったわけではない。イルバードに質問することはたくさんあった。けれど、何か言葉を放つことで、居心地がよくて、温かくて、ほんの少し気まずい、この空気を壊したくなかったのかもしれない。

 智里は、この瞬間何かをつかめそうな気がして、意識の手を伸ばした。

 扉の向こう、廊下から軽い足音が聞こえた。母だろうか。

 つかめそうだった形の無い何かは霧散した。

 ノックされて、母の声が聞こえる。

「智里かイルバードさん、お風呂いかが?」

「はーい」

 返事をすると、よろしくねと声を残して母は部屋の前を離れたようだ。先ほどと同じ、軽い足音が遠くなる。

「イルバードさん、お先にどうぞ」

「はい、じゃあお言葉に甘えて」

 微笑むイルバードに笑みを返して、智里は立ち上がった。扉を開けようとして、少しためらってから振り向いた。

「あの」

 智里の声に反応して、立ち上がろうとしていたイルバードが止まる。空色がこちらを向いた。

「イルバードさんが…優希が還って来るときは、また記憶変換というのが行われるわけですよね」

「はい、そうですが」

 イルバードは智里を見上げている。何を聞きたいのかと不思議そうだ。蛍光灯の光に輝く金髪がやけに目に付いた。

「イルバードさんがいたことは、優希に代わるわけですよね」

「はい、その通りです」

「じゃあ、イルバードさんと関係ないことは、変換されないわけですよね」

 少し考えて、イルバードは頷いた。

「本当に関係ない部分は、おそらくそうなりますね」

 どうしたんですかと問いかけるイルバードに答えようと、智里は口を開いた。だが言葉が出てこなかった。なんと言っていいかわからなかった。自分の気持ちが形にならない。

「チサト?」

 イルバードが立ち上がろうとする。智里は何も言えずノブに力を入れた。

 扉の隙間から生温い風が流れてきた。今日も寝苦しいかもしれない。

 大きく扉を開けて、少し息を吸った。智里は笑顔を作った。

「ちょっとした確認です。ありがとうございます」

 それだけ言ってすぐに背を向けた。向かい側にある自分の部屋の扉を開ける。

「お風呂出たら教えてくださいね」

 金髪が揺れる前に、扉を閉めた。



 扉を閉めた勢いのままベッドに寝転んだ。枕元においてある目覚まし時計を見る。11時を回っている。一定のリズムを刻むその音に耳を澄ませて目を閉じた。

 落ち着くまでそうしておいて、なんでこんなに気持ちが落ち着かないのかわからなかったが、手の届くところに置いてあった鞄を開けた。

 無料クーポン誌を取り出して広げる。適当に目星をつけると、携帯電話を開いた。

「明日、ここで、いいですかっと」

 メールに必要事項を詰め込んで、送信ボタンを押す。あとは返事待ちだ。携帯電話と雑誌を無造作に押しやって、智里は枕に顔を埋めた。

 今日、約束などしてこなければよかった。体調不良ということでやっぱりキャンセルしてしまおうか。現に、鉛でも飲み込んだように胃の辺りが重い。頭もずきずきする。

 優希が心配なのに、どうして自分の日常を考えなければならないのだ。

 くぐもった唸り声を上げ、それだけでは収まらなくて枕に拳を振り下ろした。



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