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平凡の向こう側 5

「ラキア様と従兄妹ということは、イルバードさんのお父様かお母様が」

「ええ、わたしの父が前皇の弟です」

 おやつのプリンを食べながら、二人は話を始めた。

 イルバードのリクエストで煎餅も置いてある。ウェルテスには米がないのでこのようなお菓子が珍しいらしい。先日職場でもらってきたものをあげたらとても感動して食べていた。今度はお萩を買ってきてあげようと智里は思った。

「息子のわたしが言うのもなんですが、父は変わり者です」

 イルバードは言う。その顔に愛情が溢れていたので智里も微笑んだ。

「城下の民であった母と結婚するために皇位継承件を放棄し、皇族から伯爵へと下ったのです。ですから、その息子のわたしも継承権はありません」

 妹と違い、お城勤めからは逃げられませんでしたが。イルバードは苦笑してそう付け加えた。

「妹さんがいるんですか」

「ええ、自由奔放すぎて10年ほど前に家から抜け出したままです。今頃どこにいるのやら」

 ため息をつくイルバードを智里は気の毒だなと思う。

「それは、心配ですよね」

 兄弟姉妹がどこかへ行ってしまったのだ。イルバードの笑顔のその裏には心配が隠されているのかと思うと、智里は胸が重くなった。

「チサトは優しいですね。でもわたしは心配なんてしていませんよ」

「イルバードさん?」

 イルバードは輝かしいほどの笑顔を浮かべている。その裏には本当に心配という文字はないようだ。あるのはむしろ、怒りの感情だ。

「ええ、心配などしません。あの妹ときたら行く先々で問題ばかり起こして、人の名前でツケで飲み食いあげくに借金まで。人が先手を打って検問を敷いたらそこをいきなり魔術で爆発ですよ。一個軍隊が壊滅ですよ。念のため対魔の鎧を着せていたので重傷者は出なかったものの、おかげで軍を辞めるものが後を絶たず人員不足で困っているんですよ。最終的には私の属を見張りにつけていたのを振り切って逃亡中です。ちょっとくらい人より魔術ができるからって馬鹿にして。誰が心配であるものですか」

「た、大変ですね」

「ええもう!」

 壮絶な兄妹喧嘩中のようだ。この先、妹さんの話は振らないでおこうと智里は心に決めた。

「ええと、お母様もお城に?」

 マグカップを逆さまにするようにしてお茶を飲んでいるイルバードに智里は話を振った。

「いえ、母は今頃領地の自宅で宿場でもやってるんじゃないでしょうかね」

「伯爵夫人が宿場・・・?」

「普通じゃないのはわかってるんですが、もともと城下で宿場を経営していましたから。働いてないとダメなんだそうです、母は。父もそんな母に惚れたらしく、母の言いなりです。わたし達には止められません」

「そうなんですか」

 呆気にとられて智里は頷くしかなかった。変な人ばっかり。そう思ったことは懸命なことに口には出さなかった。



「そうなると、ラキア様の他に皇位継承権を持つ人はいないんですか?」

「そうですね、一応第二皇位継承者としてラキアの大叔父、つまり前々皇の弟がいらっしゃいます。ですがこの方ではないでしょう。もう相当なお年ですし、配偶者はおろか後継者もいらっしゃいません」

 ラキアージュ様の大叔父、子供なし。智里はノートに書き込む。後継者争いでの暗殺未遂というのが濃厚な線だと思ったのだが、そうではないのか。

「他に小説とかでありそうなのは、国がらみか怨恨かしら。イルバードさん、貴族の中で独立に否定的な人はいましたか?」

 智里はノートの書き込みを見つめながら問いかけた。そこにはイルバードに書いてもらった地図がある。

 三日月のような大地。その細くなっている右端にウェルテスはあった。

 ウェルテスの東には高い山があり、北と南は海に面している。西は大国ローゼンスと小国2つに接していた。

 地図で見れば小さな国。それがどれだけの犠牲を払って独立したのか、想像に難くない。

「特に・・・いや、いましたね。パドル公爵とリセッタ侯爵、この2人の領地は山側に面していたので、ローゼンスへ鉱石を輸出して儲けていたということです」

「ウェルテスは東の山から採れる鉱石の輸出で国益を出していたんでしたね」

「ええ、他国で取れないものが良く採れます。まあ、そのため2人は独立をしたらローゼンスへの輸出がストップしてしまうということで反対していたようですが、他の貴族の説得により肯定派になった、ということになっていました」

「なっていました、ということはその後に何かあったんですね」

「ええ。独立後、パドル公爵の密輸が発覚しました。ローゼンスへ結構な量が流れたようです。多少は回収できましたが。そして芋づる式にリセッタ卿と、独立肯定派の筆頭だったペール卿も国外追放になりました」

 肯定派のトップも悪事に加担していたことに、智里は目を丸くする。

「三人はもともと手を組んでいたようですよ。というか、ペール卿がうまく二人を操ったというか。他の貴族に気取られないようにペール卿がうまく立ち回って、二人から賄賂をもらっていたようです」

「それは、なかなか賢い方だったんでしょうね」

 智里は呆れてしまっていた。どこの国にも狡猾な人間はいるものなのか。

「国外追放といっても、他の貴族と繋がっていたらラキア様を狙うこともあるんじゃないでしょうか」

「それは大丈夫です」

 ペンを動かす手をとめ、不安げに見上げる千里にイルバードは笑顔を向けた。

「妹にそれまでの借金を帳消しにしてやる代わりに、3人を懲らしめるよう言っておきましたから。今ではウェルテスに反抗しようなどという考えは持てないはずですよ」

 イルバードの背後に黒いものを感じて、智里は顔を引きつらせた。そして心に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

 やっぱり妹さんと仲良しなんじゃないかしら。



『全然動きはないよー』

 優希の肩が落ちている。

 夕飯後、智里とイルバードはそのままリビングで定期報告を受けた。繋げた瞬間から優希は泣きそうになっていた。

『ていうか、今ほんとそれどころじゃないし。姫さんはあれだけ言ったのに相変わらず手を出そうとしてくるし』

 どんどん愚痴になっていく。困ったものだと智里はため息を吐いた。

「ラキアはどうしてますか?」

『政務中。おじさんがついてるから大丈夫。ルークの部下もいるもん、な』

 優希が後ろに話しかけると、画面の端にいた鎧がギシリと動いた。それに優希が手招きする。

「おや、ルクシオもいましたか。久しぶりですね」

 ギクシャクと画面までやってきたルクシオは膝をついた。

『お久しぶりです、イルバディード様。お元気なようで安心致しました』

「ルークも元気そうですね。智里、こちらがルクシオ近衛団長です」

『んで、あっちがおれの姉ちゃん』

 イルバードと優希がお互いの紹介をしてくれた。智里も頭を下げる。

「姉の智里です。優希がご迷惑おかけしているかと思いますが、よろしくお願いします」

『ルクシオ・トリステッドです。ルークとお呼びください。こちらこそ優希には良くしていただいています』

 ぎこちなく頭を下げるルクシオに、イルバードが声をかけた。

「ルーク、傷の具合はいかがですか。まだ剣を握るのは痛むと思いますが」

『はい、もう大分良くなっています。実戦ではまだ動きは悪いと思いますが、部下に稽古をつけられるくらいには回復いたしました』

 それはよかったとイルバードは笑って、智里へ説明した。

「ラキア様が矢に狙われた際、庇って怪我をしたのがルークなんです。掠めた矢にも毒が塗られていたため治りが遅いようで、今は優希の護衛をしてもらっています」

 思わずルクシオを見ると、礼儀正しく頭を下げられた。それに優希がちょっかいを出して、ルクシオの顔が引きつった。その様子に笑って智里は言った。

「叩いちゃっていいですよ。優希は言っても聞かないから、私もいつもそうしてます」

 かけられた一言に目を丸くして、ルクシオも笑った。その横では優希が姉ちゃん酷いと呟いていた。


『あれ、ていうか姉ちゃんたちどうしてリビングにいんの?母さんたちは?』

 定期報告は常に優希の部屋で受けているため、不思議に思ったようだ。父も母もリビングにいることが多いので優希が不思議に思っても仕方がないのだが。

「ああ、浩次叔父さんがぎっくり腰やっちゃって。それの介護に二人で行っちゃったの」

『ぎっくり腰?』

「歩けないくらい酷いって言うから、今日は二人とも泊りがけだって」

『じゃ、じゃあもしかして今日は家に二人しかいない…?』

「そうなの。二人分しか食事を作らないなんて勝手が違って大変だったわよ」

 苦笑して答えると、優希の顔が強張った。俯いて肩を震わせる。

『イルバード…』

「はい?」

『今すぐ外出ろ!帰ってくるな!』

 顔を上げるとイルバードに吼えた。イルバードは困ったように智里を見た。

 目が合ってしまって、なぜか智里の方が焦る。

「何言ってるのよ、いくら夏だってお客様を放り出すなんてできません!」

『けど姉ちゃん』

「けどじゃありません!あんただってラキア様によくしてもらってるでしょ!」

『だけど、イルバードだって男だぜ!?一つ屋根の下に男と女が二人きりなんて!』

 優希に言われて智里の顔が赤く染まる。イルバードも赤くならずとも顔が引きつっている。

 画面の向こうでは優希がルークに落ち着くよう諭されていた。

「そんなことあるわけないじゃない!イルバードさんに失礼でしょ!優希のバカ!」

 立ち上がって手近なクッションを投げる。それは画面をすり抜けてテレビに当たって落ちた。

 どうしようもなく恥ずかしくて、お風呂洗ってきますと駆け出した。

 

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