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平凡の向こう側 4


 次期女帝ラキアージュ。彼女の味方は、その後見人である宰相クレジオ伯。団長ルクシオ率いる近衛兵たち。元魔術師で家庭教師イルバード。そして優希。

 たったこれだけしかいない。

 他の貴族たちは忠誠を誓いながらも日和見をしている。どう転んでも自分に損がないように。

『仕方ありませんわ。彼らにも領地があります。守るべき民がいます。まあ、それ以外にも理由はありそうですけれど』

 ラキアージュは苦笑した。智里は返す言葉を持たない。貴族や領地など接したこともない問題だ。

 日本にだって領地問題はあるが、大変だなと思いながら、全然自分とはかけ離れた問題として認識していた。これではいけないなと思う。もっと視野を広げ知識を得なければ、手を貸すどころか足手まといにしかならない。

 優希とラキアージュは場所を移し、ラキアの部屋のソファーに腰を下ろしている。さっきはなぜかキッチンだったらしい。

「ラキア様は狙われている」

 イルバードの言葉に全員が頷く。

『ええ、ご存知の通りわたくしは今まで3度、命を狙われました。すべて手口は違います』

『最初は毒。夕食のスープに仕込まれたらしい。神経毒で、毒見役も口に含んだのが少量だったので後遺症もなかった』

 優希が続きを引き取る。

 2番目は半年に一度の城下市民へ顔見せの日。テラスからの帰り道、城内でボーガンが打たれた。その矢でラキアージュをかばった近衛兵が負傷したという。ラキアージュの顔が曇る。

 3番目も毒だった。今度は水差しに入っていた。飲む前に必ず小魚の水槽に垂らすようにしているのだが、入れた途端小魚は動きを止めた。

「よくご無事で」

『ありがとう、チサト。でもわたくし、幼いころから毒には多少耐性をつけておりますの。少し口に含んだくらいではどうにもなりませんわ』

 安心なさって、とラキアージュは笑顔を向ける。智里も笑うしかなかった。

『ユウキが来てからはまだ何も起こっておりませんの。名前だけでも効果はありましたわね』

『名前だけってなんだよ。おれがいるから』

 また始まった。イルバードと智里が顔を見合わせると、画面の向こうでぐうう、とくぐもった音が響いた。

 思わず画面を振り向くと、二人がお腹を押さえていた。ラキアージュは頬を赤くしている。

『ああ、そうだった。姉ちゃんに相談したいことがあったんだ』

「そういえば優希、何か焦ってたね」

 どうしたのと智里が問うと、答えたのはラキアージュだった。

『チサトお姉様、ユウキったらわたくしが料理をすると言っているのに、聞かないんですわ』

「ラキア…あなたそんなこと言ったんですか」

 優希は頭を押さえ、イルバードは顔が引きつっている。二人の反応が気になったが、とりあえず続きを促す。

「ええと、ラキアージュ様は料理をしたいんですか?皇女様なのに」

『ラキアと呼んでくださいませ、お姉様。皇女だから料理をしてはいけないなんて法律はこの国にはありませんのよ。外に出られないんですもの、料理くらいの息抜きはわたくしだってしたいですわ』

「それは、そうかも知れませんが」

 お姉様はちょっと、と困惑する智里の言葉を聞こえなかった振りをして、ラキアージュは続ける。

『それですのに、わたくしがナイフを握った瞬間、あっちに行けですわよ。ひどいですわ』

『だから、おまえは基本がなっていないだろ、基本が。人が教えるって言ってるのにそもそも聞かないのはおまえだろうが』

『わたくしにだって料理をしたことくらいありますもの。現にイル兄様にだって手料理をご馳走したことがありましてよ、そうでしょうお兄様!』

 イルバードが凍った。智里はそう思った。答えの無いことが答えだった。優希は冷たい目でラキアージュを見ている。ラキアージュは泣きそうになっていた。

 とりあえず空気を和らげなければ。

「ラキア様、弟の料理はお口に合いませんでしたか」

 智里がおずおずと切り出すと、ラキアージュは慌てた。

『味は不自由ありませんでしたわ!シェフよりは美味しくはありませんけれど、温かいですし。だから、わたくしもそれくらいなら自分で作りたいと言っているのに』

 そうか、毒の心配があるから毒見の間に冷めてしまうんだ。智里は本当に自分の世界とはかけ離れているのだと悲しくなった。話をして気持ちは通じ合えるのに、どうしてこんなに違うのだろう。

『だから、作りたいなら教えてやるって言ってるんだって。おれもそんなに得意じゃないけど、少なくとも食べられるものは作っただろ。食べれないものは入れてないし。あとはシェフのおっさんとか姉ちゃんにアドバイスもらってレパートリー増やすから』

 何を入れたんだろうか。好奇心が疼いたが言葉には出さない。智里は彼らがラキアージュに対して取る態度の強硬さを理解した。

 優希はため息をついた。

『ルークに作ってやりたいんだろ』

「ルーク?」

 知らない名前が出たのでつい言葉に出すと、ラキアージュは面白いように真っ赤になり、手で顔を覆ってしまった。

『コイツの好きなやつ。さっき言ったろ、近衛団長』

「ああ、そうだったのですか。わたしは実験台にされていたのですね」

 イルバードの氷が解けた。爽やかな笑顔だが、目が全く笑っていない。ラキアージュはびくりと怯えた。新緑の瞳が潤む。

『ご、ごめんなさい』

 智里は手を鳴らした。みんなの注目が集まる。

「まあまあ、そこまでにしましょう。ラキア様も料理を作りたいなら優希の作り方を見て、ゆっくり教えてもらってください。優希は勘は悪くないと思うので、上達は早いと思いますよ」

 提案を聞いてラキアージュは素直に頷く。優希は頭を掻いた。

「優希はこれを相談したかったのね。料理の件はまた話しましょう。とりあえず二人とも何か食べてくださいね。イルバードさんは、いい加減根に持つのは止めてください。いい大人でしょう」

 智里にため息混じりに言われて、イルバードは小さくなった。



 二人は口々に礼を言って通信を切った。イルバードも懐中時計の蓋を閉める。智里は深く息をついてソファーに背を預けた。

「疲れましたか」

 心配そうに尋ねるイルバードに苦笑をもらす。

「まさか、皇女様とお話するなんて思いませんでした。膝までつかれちゃいましたし。気さくな方で良かったです」

「あの方は、皇族としては変わっています。わたしや父のようにそこに惹かれるものもいれば、そこが気に食わないという者もいます」

「そう、なんでしょうね」

 呟いて、ティーカップを手に取った。またもや冷めてしまっていた。

「私は、優希の力になれるでしょうか」

 揺れる琥珀を見下ろして、言葉をこぼす。カップの中で頼りない顔が智里を見上げている。

 心配だった。優希を取り戻すため何かしたくて協力を申し出た。だが、イルバードから教えてもらってはいるが、ウェルテスに関してはド素人だ。

 智里は、ただの日本人で、平凡な社会人なのだ。日本の政治のことも一般的なこと以上はわからない。学生時代に覚えたことやニュース、いろいろな本を読んで得た知識しかない。そんな自分に一体何ができるんだろう。

「十分ですよ。チサトがいるから、ユウキはラキアにあれだけ言えたんです。いつもならラキアの勢いに飲まれてタジタジです」

 イルバードの温かい笑顔に胸の奥が暖かくなった。気のせいか紅茶まで温かく感じる。それを飲んで、ちらりとイルバードを見た。

「その、残念でしたね」

 問われた意味がわからず、イルバードは首をかしげる。智里は空になったカップを見て続けた。

「ラキア様に好きな方がいらっしゃって」

「なぜそれが残念なんですか?」

 本当に不思議そうに問い返された。

「だって、イルバードさんはラキア様のことお好きでしょう」

「そうですね、従兄妹ですし。可愛い教え子ですが」

「従兄妹?」

 二人で顔を見合わせる。途端、智里は理解した。羞恥で顔が赤くなる。イルバードは思わず噴出す。

「ルクシオのことも子供の頃からよく知っています。あの二人は子供の頃から想い合っていましたから。でも全然進展しないんですよねえ」

「ごめんなさい、変な想像をしてしまって!お茶淹れ直してきます」

 立ち上がってキッチンへ駆けていく。その後姿を見て、イルバードは楽しそうに笑った。





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