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佐野由佳は仲良くなりたい ①

 佐野由佳は英語の授業を受けている。先生から当てられて教科書を音読する。

 由佳は胸が大きく、自分の体から離さなければ教科書が見えない。

 それでも由佳はペラペラと流暢に英語を話す。教室からはどよめきが出る。

 由佳は心の中で誇らしげになる。アメリカで生まれた由佳は英語だけが唯一の得意だった。

 両親とも日本人ながら、アメリカで出会って結婚・出産したという。

 授業終わりに由佳は、石黒杏奈から話しかけられる。杏奈とは中学校からの同級生で、今年も同じクラスになっていた。

「やっぱり由佳はさすがだね! 由佳の英語を聞いてみんな驚いていたね。なんだかわたしも誇らしかったよ」

「わたしの唯一の取り柄だからね。それ以外にわたしは何もないんだけど……」

「そうなの? 可愛くて優しいところとか、由佳の取り柄だと思うけど」

「わたしは可愛くも優しくもないよ。でも、そう言ってくれてありがとう」

「ところで英語が得意な由佳にちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」

 杏奈は手を合わせて由佳に言う。

「いいけど、どんな頼みごとなの?」

「由佳も知っている通り、わたしは英語がいちばん苦手な科目なの。だから由佳にはいま授業でやっている範囲の英語をわたしに教えて欲しいんだ」

「そういうことなら、いつでもいいよ!」

「じゃあ、さっそく今日の放課後はどう? 高校になってからますます英語が難しくなって、最近は英語のことが頭痛の種だったんだ」

「杏奈が頭痛なの? めずらしい」

「あくまで比喩表現だよ。わたしの体はいつでも元気だ!」杏奈は力こぶを作る。

「でも、綾乃のことはいいの? いつも二人で帰っているよね」

「綾乃はクラスに新しく友達ができたんだ! さっき連絡があったけど、今日はその子に勉強を教えることになったんだって。だから、今日はぜんぜん問題ないよ」

「そうなんだ! 綾乃ちゃん、良かったね。わたしもちょっと心配していたからさ」

「本当に良かった! まるで自分のことのように嬉しいよ」

 杏奈は笑顔でそう言った。

 二人は放課後になると、電車で一つ隣の西宮北口駅に移動した。

 そして、駅から歩いてファミレスに行った。杏奈はさっそくチョコバナナパフェとドリンクバーを頼んだ。由佳はドリンクバーだけを注文する。

「おいしそう! 早く食べたいなぁ」と杏奈が言う。

「相変わらず食いしん坊だねぇ」と由佳は応える。

「たくさん食べてこその杏奈さんなのだ!」

「なのに太らないのがすごいよ」

「まぁ、その分、運動しているからね。由佳こそ胸が大きくてスタイルいいじゃん」

「そう? 正直それで嬉しいと思ったことは一度もないけどね」

「わたしはちょっとうらやましいけどね。今までずっと貧乳って言われてきたからさ」

「杏奈はそこまで貧乳じゃないよ。服の上からでも綺麗な形をしていると思う」

「なんかありがとう。由佳にそう言われると嬉しいな」

「まぁ、綾乃みたいに杏奈のおっぱいを直接、見たことはないけどね」

「なっ! まぁ、たしかに綾乃はわたしのおっぱいを見たことがあるけど……なんでそのことを由佳が知っているの?」

「ん? ただの勘だよ。二人はすごく仲が良いからさ、まぁ、そのくらいはあってもおかしくないかなと」

「そ、そう言うことね!」

 由佳は、杏奈が珍しく動揺していることが気になった。杏奈と綾乃が、特別に仲が良いことは中学生の頃から感じていたけれど、今はそのことには触れないようにする。

 そこで杏奈の注文したチョコバナナパフェが届く。

「おいしそう!」そう言って杏奈は目を輝かせる。

「確かにおいしそうだねぇ」ウーロン茶をすすりながら由佳は言う。

「由佳、ちょっと食べたい?」杏奈が上目遣いに訊いてくる。

「じゃあ、一口だけ頂こうかな」由佳がそう言うと、杏奈はスプーンを差し出す。

「……うん、おいしいね!」由佳は目を見開いて言う。

「どれどれ、わたしも食べてみよう……これはおいしい! とは言っても、いつもよく食べるから知っているんだけどね」

「ファミレスよく来るんだ?」

「よくって程じゃないけど、綾乃と放課後に来ることは多いかな」

「二人って本当に仲が良いよね。そういうのちょっと憧れちゃうかも。まぁ、わたしには望めないことなんだけどね」

「どうして? 由佳だってたくさん友達はいるじゃん」

「でも、杏奈と綾乃みたいに、心を許し合える関係の友達はいないよ。とは言っても、それはわたしの方に問題があるんだけどね。誰かに近づこうとすればするほど、わたしは心の中に壁を作ってしまうんだ。それで心の中に入らせないようにしてしまう」

「そうなの? わたしは由佳との間に心の壁を感じたことはないけどね」

「杏奈に対しては別だよ。わたしも杏奈との間に心の壁は感じない。だって杏奈にはあの時、すでにわたしの心の中を丸裸にされているようなものだから」

「そうなんだ……」それだけを言うと、杏奈はメロンソーダを黙ってすする。

「ところで」と由佳は言う。「今日は英語の勉強のために来たんだよね」

「そうだった。由佳には教科書の最初から教えて欲しいんだよ。さっぱり意味がわからない。なんだよ、過去完了形って」

「わたしも英語は感覚的に話しているから、時制を論理的に説明することは難しいんだけど、現在完了形は過去から現在まで続いているというイメージでしょう?」

「そうだね……」

「過去完了形ではさらに昔の大過去という時点があって、そこから過去の一点まで続いているイメージなんだよ」

「それがいまいちピンんとこない。なんだよ、大過去って」

「これは例文をいくつも読んでイメージを作っていくしかないね。例えばこの例文。わたしが帰った時、映画はすでに始まっていた」

「この例文だと分かるんだけどね。たしかに映画が始まったのはわたしが帰った過去のさらに過去になる。でもなんかモヤモヤして。ごめんね、それをわたしがうまく言語化できれば良いんだけど」

「英語はそこまで完璧に理解しようとしなくても良いんじゃないかな? 少なくとも言語なんだから全てが論理的に出来ている訳じゃない。もっと肩の力を抜いて、英語にたくさん触れる中でなんとなく身につけていくのが良いと思うよ」

「なるほど、経験あるのみということか。それならわたしにもできる気がするよ」

 過去の一点まで続くさらに昔の過去。そこから由佳はかつての自分を思い出す。

 それはできれば思い出したくない過去だった。

 でも一旦、開始された思考は止めることができない。

 由佳は中学生の頃、いじめに遭っていた。そこで由佳はいろんな酷いことをされた。

 いま思い出しても、恐怖で身震いすることばかりだった。

 そのいじめから助けてくれたのが杏奈だった。

 そして、傷ついた由佳の心を解きほぐしてくれたのは綾乃だった。

 だから二人には感謝してもしきれないくらいの恩があった。こうして杏奈を目の前にして、由佳はそのことを思い出す。そして杏奈への感謝がよみがえる。

「ねぇ、杏奈。あの時は本当にありがとうね」

「気にすんな、わたしたちは友達だ!」

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