エピローグ
「もうすぐ試験だな」と恵が言う。四人は夙川沿いを下校している。
「そうだねぇ。そろそろ勉強しないとね」と由佳が言う。
「そ、その話はやめてくれ……」と杏奈が頭を抱える。
「どうしたの?」と由佳が訊く。
「わたしは試験のストレスでどうにかなりそうなんだ」と杏奈が答える。
「まぁ、勉強は大変だからねぇ」と由佳が言う。
「困っているのか? じゃあ、みんなで勉強するか?」と恵が言う。
「ありがとう。それは本当に嬉しい。まだ試験の勉強は始めていないけど、既に嫌な予感しかしていないの。今の時点で授業に全くついていけてない」
「そ、そうなのか。だったらわたしが教えてやる。杏奈の家庭教師になってもいい」
「綾乃、ありがとう……嬉しくて泣いちゃうかもしれない」
「勉強の何がついていけてないんだ?」と恵が訊く。
「全部! 何もかもついていけてないの」杏奈が泣きそうな表情で言う。「高校になって授業のレベルが急に上がりすぎてない?」
「そ、そうかもしれない。中学の時と比べて、授業の難易度は格段に上がっている気がする。わたしもちょっと勉強に手こずっている」
「成績優秀な綾乃でさえ手こずっているんだから、わたしにできる訳ないじゃん。そもそも、わたしが桜桃高校に入ったのが分不相応だったのかな……」
「杏奈が珍しく弱気になっている。ちょっと新鮮だな」と恵が言う。
「確かに。杏奈のこういう姿は貴重かもしれないね」と由佳が言う。
「わ、わたしは杏奈と一緒の高校に入れてとても嬉しいぞ」と綾乃が言う。
「わたしはね、綾乃がいなかったら絶対にこの高校には来ていないと思うんだ。だってわたしは勉強がそこまで得意じゃないから。高校でも綾乃と一緒にいたかったから、頑張って必死に勉強したけど、わたしは本来この高校に入れるほど頭が良くないんだよ。このまま自分が落ちこぼれになっていく未来が見えるよ……」杏奈は頭を抱えて、深いため息をつく。
「一緒に頑張ろう。杏奈は一人じゃない。わたしたちがついているんだから」と由佳が言う。
「そうだぞ。わたしたちと一緒に勉強しよう。頑張り屋の杏奈だったらきっと大丈夫だ」と恵が言う。
「高校受験と同じように、わたしが勉強を教えてやる。受験を乗り越えられた杏奈だったら、中間試験くらいなんとかなる」と綾乃が言う。
「みんなありがとう! そうだよね。始まる前からウジウジ悩んでいてもしょうがないよね。わたしらしくなかったよ。こういう時は猪突猛進に頑張ってこそ、杏奈さんなんだから!」
「そう来なくっちゃ!」と由佳が言う。
「わたしたちみんなで中間試験を乗り切ろう」と恵が言う。
「さっそく今日から勉強を始めよう」と綾乃が言う。
「えっ、今日から? 今日はひとまずゆっくりして英気を養って、明日とか明後日くらいから頑張ろうと杏奈さんは思うんですが……」
「さっきの決意はどこに行った? さっそくブレているじゃないか」と恵が言う。
「なんというか、物事には準備期間というものが必要でして……」
「ダメだ。さっそく今日から家庭教師として杏奈の家に押しかける」と綾乃が言う。
「そうだよ。鉄は熱いうちに打て、でしょ。今日からさっそく頑張らないと」と由佳が言う。
「由佳もわたしの家に来るの? みんなが来たら楽しそう!」
「別に行ってもいいけど、遊びに行く訳じゃないからね。みんなで勉強をするために行くんだからね。わたしたちは杏奈の監視役でもあるんだから」
「由佳も杏奈の家に行くのか? じゃあ、わたしもお邪魔したいな」と恵が言う。
「いいよ! みんなでわたしの家に行こう! 楽しみだなぁ」
「これから勉強するって本当に分かっているの?」と由佳が言う。
「分かっているよ! これからみんなでわたしの部屋に集まるんでしょう? 楽しみだなぁ。みんなで何をしようかなぁ」
「全然、分かっていないなこの人」と恵が言う。
「たぶん、杏奈の中では既に現実逃避が始まっているんだと思う」と綾乃が言う。
「現実逃避か……よっぽど勉強がつらいんだな」と恵が言う。
「いつもは好奇心が旺盛なのに、学校の勉強には向かないんだね」と由佳が言う。
「杏奈は自由人だからな。何につけても強制されるのが苦しいんだ」と綾乃が言う。
「そう。わたしは自由人なの。興味の赴くまま自由に探求がしたいんだよ。学校の勉強みたいに他人から押し付けられるのは嫌なんだ」
「だったら、勉強を楽しめるようになればいいんじゃないか?」と恵が言う。
「な、なるほど。それはありかもしれない。どうすれば、杏奈は勉強を楽しめるんだろう」
「綾乃はどうしているの? あれだけ成績優秀と言うことは、綾乃は勉強が楽しいんじゃないの?」と由佳が訊く。
「確かに。わたしは意外と勉強を楽しんでいるかもしれない。試験で覚えなきゃいけないことは前日に詰め込むとして、とりあえずは勉強をいかに楽しむのかに集中した方が良さそうだ。実はわたしも知識を詰め込むのは前日だけなんだ。それまでは教科書を読んだり問題を解くのを読書やゲーム感覚でやっている」
「なるほど。実は、わたしは数学についてはそれほど苦じゃないんだ。問題を解く時は確かにゲーム感覚があるかもしれない。問題は暗記科目なんだ。理系科目と違って単純作業だから、正直言ってつまらないんだよ」
「いきなり知識を詰め込もうとするからつらいんじゃないか? わたしは地理歴史がいちばん好きな科目だけど、まずは細かい知識じゃなくて大きな流れを物語のように理解しようとするんだ。そうしているうちに自然と大まかな知識は入るようになる。細かい知識は試験の直前に補えばいいんだ」と綾乃が言う。
「なるほど。地理歴史は物語のように理解するのか。それなら楽しめるのかも知れない。でもいちばんの問題は英語なんだ。この前も由佳に英語を教えてもらったけど、地理歴史と違って英単語の暗記には物語なんかないだろう?」
「英単語にも物語はあるよ。英単語にはそれぞれ語源があるんだ。その語源から単語の意味をイメージしていけば、英語の勉強も楽しめると思うよ」と由佳が言う。
「英語にも歴史があるんだ! それなら楽しくて覚えられそう」
「ちょうど語源のイメージが乗った単語帳を持っているから、杏奈に見せてあげるよ。例えば『involve』という単語。『volvo』が『巻く』という意味で『in』が『中に』という意味なの。それを組み合わせた『中に巻く』というイメージから転じて『巻き込む』とか『参加させる』とか『必要とする』という翻訳になったの」と由佳が言う。
「なるほど、それは分かりやすい! ありがとう。物事にはいろんな物語があるんだね。それを好奇心で深掘りしていけば、わたしも勉強を楽しめるかも知れない」
「その意気だ、杏奈。一緒に世界を深掘りしていこうじゃないか」と綾乃が言う。
「そうしよう! なんだかわたしも頑張れる気がしてきた。さっそく家に帰って勉強しよう。とっても楽しみになってきたよ」
「いいねぇ、杏奈がやる気になっている。わたしも一緒に頑張ろう!」と由佳が言う。
「そうだな。わたしも文系科目は苦手だけど、なんだか頑張れる気がしてきた」と恵が言う。
「みんなで勉強を頑張ろう!」と杏奈が元気に声を上げる。
「おー」とみんなが輪になって手を上げる。
そして杏奈たちの好奇心に満ちた日常は続いていく。




