朝野恵は思い出す ①
朝野恵は学級委員長をしている。今日も学級会の話し合いが行われている。
恵は学級委員長として司会進行をする。テーマは体育祭の種目決めだ。
恵たちが通う女子校の私立桜桃高校は例年、体育祭を五月に行う。
だから学級委員長になって初めての仕事がそれだった。
「では、クラスリレーの出場者と走行順はこれでいいでしょうか?」
恵はクラスを見渡す。パラパラと拍手が出る。
どうやらこれで良いということらしい。
「これで体育祭の種目決めの話し合いを終わります」
恵がそう言うとクラスではいっせいに雑談の騒がしい声が広がる。
そんな中、恵は一人の生徒に視線が向く。彼女は今日もひとりぼっちだ。
恵には以前から一人だけ気になる生徒がいた。白木綾乃という名前だった。
学級委員長としてクラスのみんなが楽しく過ごせるようにしなければ。
そのためには白木さんも置いてけぼりにする訳にはいかない。
恵は白木綾乃に話しかけることにした。
「ねぇ、白木さん。白木さんは体育祭、どの種目に出るんだっけ?」
「あ、朝野さん。わ、わたしは綱引きだけ出る。戦力外だけど仕方がない」
「クラス全員、どれかには参加しないといけないからね」
「あ、朝野さんはリレーの選手になったからすごい」
「わたしがどの種目に出るか把握してくれているんだ! なんだか嬉しいな」
「ま、まあな。朝野さんは杏奈と仲がいいから、何となく気になって」
「杏奈って石黒杏奈のこと? バスケ部に入った時から、確かに気が合うね。もしかして白木さんって、いつも石黒と一緒に帰っている子?」
「あぁ。幼稚園からの幼馴染なんだ。それで杏奈は、いつもわたしのことを気にかけてくれている」
「なるほどね。じゃあ、わたしが心配するほどでもなかったかもね。いつも一人に見えるからちょっと気になっていたんだ」
「い、いつもひとりぼっちなのは間違いない。杏奈からも心配されている。クラスに友達が誰もいないことを」
「そうなんだ。じゃあ、わたしが友達になってもいいかな? 綾乃って呼んでもいい?」
「そ、それは嬉しいけど……わたしなんかと友達になっていいのか?」
「もちろん! これからよろしくね、綾乃」
「こ、こちらこそよろしく」
そこで恵は手を差し出した。綾乃はそれを握り返してくれた。
次の日も綾乃はクラスでひとりぼっちだった。
彼女は美術の移動教室に一人で行こうとしていた。そんな綾乃に、恵は声をかけた。
「よう、綾乃! 一緒に美術室まで行こう」
「ありがとう。め、恵……」
「恵って呼んでくれてありがとう、綾乃」
「わ、わたしなんかに気をかけてくれてありがとう」
「何を言っているの。綾乃もわたしの友達になったんだから」
「そ、そうか。そう言ってくれるとありがたい。わたしも友達ができて嬉しい」
「おっ、わたしのことを友達だと言ってくれたね。これで正式に友達だな」
「ところで、恵は他の友達のことはいいのか?」
「今はそんなことは気にしなくていいの。わたしは今、綾乃と一緒にいるんだから」
「そうか、ありがとう」
「ねぇ、綾乃のことをもっと知りたい。いろいろ教えて。例えば、好きなものとか」
「わたしは本を読むのが好きだ。とくに太宰治はわたしの推しだ。彼の作品を読んでいると、自分を肯定できる気がしてくる」
「本か……実はわたし、国語が苦手なんだよね。作者の意図なんて分からないし、とくに古文は訳が分からない。綾乃はやっぱり国語が得意なのかな? 今度の試験範囲をわたしに教えてほしい」
「いや、そんなに得意っていう訳でもないけど、でもいいぞ。教えてやる。杏奈によく教えているから、勉強を教えるのは慣れているつもりだ」
「おぉ、それは心強いね。楽しみにしているよ。話しているうちに美術室に着いたね。授業が終わったらまた話そう」
「お、おう。またな」
そう言って二人は美術室のそれぞれの席についた。
朝野恵は美術が得意だった。昔から絵の上手さについては褒められてきた。
クラスメイト同士で似顔絵を描くという今回の課題もスラスラとこなした。
隣の生徒以外からも何人か「描いてほしい」と頼んできたくらいだ。
一方で、白木綾乃は美術が体育と並んで苦手な科目だった。
空間の把握力に弱いのか、何を描いても歪なものになった。
綾乃が描くと、絵と呼べるのかも疑わしい代物が出来上がる。
ましてや、似顔絵など綾乃にはうまく描けるはずがなかった。
ペアである生徒にはずいぶん申し訳ない思いをさせた。
相手はがっかりしたという思いを表情に隠し切れていなかった。
綾乃は泣きそうな気持ちになった。
そんな様子を見ていた恵は、綾乃に声をかけた。
「似顔絵をうまく描くコツを教えてあげようか?」
「そ、そんな方法があるのか?」
「あるぞ。まずは大まかな輪郭を掴む。相手はどんな顔をしているだろうか?」
「うーんと……何となく丸顔なイメージがある」
「だったらまずは綺麗な丸を描いてしまうんだよ」
「こうか? 数学で円を描く時の要領で描いてしまったが……」
「それでオーケー! 次は目と口と鼻をそれぞれ書き込んでいく。顔を三かける三の九等分に区切って、どのあたりに位置するかを考えるんだ。例えば目はどのあたりになる?」
「ここの交点のあたりかな? 鼻は真ん中で、口はこの下のあたりかな」
「そう! そして目はどんな形をしているだろう?」
「やや垂れ目かな?」
「それを、楕円形を使って記号的に描いてみるんだ」
「こんな感じか?」
「そうそう、そんな感じだ。鼻や口もそれぞれ記号的に捉えてみるんだ」
「なるほど。それならわたしでも何とか描けそうだ……こんな感じか?」
「そう、いいじゃん! 形になってきた。あとは細かいディテールを加えて色を塗るだけだ」
「えっと……こんな感じか?」
「そう! いいね。佐藤も見てみなよ」
佐藤という綾乃のモデルとなった生徒は、その絵を見て「おぉ……!」と言った。
「これだと形になっているね、さすが朝野! 白木さんもありがとう」
「ど、どういたしまして……」
そう言って綾乃は照れくさそうに頭を掻いた。
恵も、得意分野の実力を発揮できて鼻が高そうだった。
「これからはいつでも朝野さんを頼りたまえ!」
そう言って恵は綾乃の肩を思いっきり叩いた。
綾乃はそれで前のめりになり、危うく絵に顔をぶつけそうになった。




