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岩本麗奈は悲しみを辿る ①

 体育祭が終わった後、岩本麗奈は杏奈たちをご馳走するために、阪急西宮ガーデンズというショッピングモールを訪れる。

 杏奈たちに何を食べたいか聞くとバラバラだったので、フードコートを利用することにしたのだった。杏奈はラーメン、綾乃はハンバーグ、恵はカツ丼、由佳は天ぷらと言った。

「じゃあガーデンズのフードコートにでも行く?」

 麗奈がそう言うと四人とも賛成してくれた。杏奈は言った。

「いいね! ガーデンズっておしゃれだから、何も買わなくても行くだけで楽しいよね」

 麗奈たちは学校から夙川駅まで歩き、隣の西宮北口駅まで電車で移動した。

 西宮北口駅から阪急西宮ガーデンズまでは屋根のあるコンコースで繋がっている。

 阪急西宮ガーデンズに着くと由佳が言う。

「わたしちょっとお店を見て回りたい!」

 杏奈が「わたしもそうしたい!」と言う。そこで麗奈たちはいったん解散することにした。一時間後にフードコートに集合することになった。

 杏奈たちがショッピングモールを探索している間、麗奈は喫茶店で一息つくことにする。

 一階にレトロな雰囲気の喫茶店がある。そこで麗奈はコーヒーを注文する。

 麗奈はやわらかいソファに座ってぼんやりとする。

 思考を宙に漂わせているうちに、麗奈は自分の過去を辿っている。

 麗奈は清華の十歳下の妹として東京で生まれた。両親は教育にこだわり厳格なしつけをする一方で、旧態依然とした価値観に囚われていた。

 そんな家庭に息苦しさを感じていた中学生の麗奈は、非行に走るようになった。

 悪い仲間とつるむようになり、万引きや援助交際をした。警察に補導されたこともあった。中学校を卒業して以降、悪い仲間と付き合うことはなかったけれど。

 そのせいで姉の清華とは仲が悪かった。清華は昔から真面目で要領が良く、偏狭な価値観に囚われている両親のことを陰で嫌いながらも、道を踏み外すことはなかった。

 非行に走った麗奈のことが清華には理解できないようだった。

 それで十代の麗奈は孤立していた。

 非行の愚かさは自分でも理解していたが、誰に助けを求めたら良いのかは分からなかった。

 コーヒーを飲みながら麗奈は思う。

 あの頃は本当につらかった。どこにも居場所を見つけられなかった。悪い仲間にも居場所を感じることはなかった。わたしは孤独と虚無感に支配されていた。

 でも、麗奈はやがて清華と和解することになった。それは高校の卒業式での出来事だった。

 麗奈を見放していた両親が卒業式に来ない中、清華だけが来てくれた。

 高校にあまり通っていなかった麗奈はほとんど友達がいなかった。

 だから卒業式の日はひとりぼっちで過ごしていた。

 それを見かねた清華が、麗奈に声をかけてくれた。

「大丈夫? ずっとひとりでいるようだけど、お友達はどうしたの?」

「友達なんかいないよ。わたしはずっとひとりだった」

「そうなんだ。それはつらいね。……どうして友達ができなかったの?」

「そんなの知らない。そもそも学校にあんまり行っていなかったのもあるけど、なぜか同級生とはどうしても馴染めなかった。みんなといるとなぜか息苦しさを感じてしまう。一人でいる方がはるかに気が楽だった。だからわたしはずっとひとりだった」

 清華はそれを聞いて何も言えなくなってしまった。彼女はただ涙を浮かべていた。

 そんな清華の姿を見た麗奈は、心の中のわだかまりが溶けていくような気がした。

 初めて自分の理解者が現れたような気がした。麗奈も気がつくと涙を流していた。

「わたしはずっと孤独だった。自分の居場所がなくて苦しかった。それを今まで誰にも言えなかった。わたしはどうすれば良いのか分からなかった。今日は来てくれてありがとう。わたしの話を聞いて、泣いてくれてありがとう。そのおかげでわたしは救われた気がする。わたしは誰かに自分の孤独を理解して欲しかったんだと思う」

 そう言った麗奈のことを、清華は何も言わずに抱きしめた。麗奈も何も言わずに清華のことを抱きしめた。そうして二人は和解することができた。

 麗奈はそれから清華の理解者になろうと思った。

 清華は二十三歳の時に一度、婚約が破談になっていた。

 結婚の話が進んでいた矢先に、中学生の麗奈が警察に補導されたからだった。

 清華が麗奈のことを一時期、嫌っていたのはそれが原因だった。

 清華はそのことを麗奈には言わなかったけれど、それから二人の仲は悪くなった。

 麗奈はそのことをしばらく知らなかった。家族とまったく話さなくなっていたからだった。麗奈がそのことを知ったのは中学校を卒業した時だった。

 麗奈はたまたま深夜に両親が話しているのを聞いてしまったのだ。

 それ以来、麗奈は清華に対して打ち消せない負い目を感じている。

 清華は二十六歳で俊一と結婚した。しかし子供を出産することは叶わなかった。

 結婚の翌年に子宮頸癌が見つかったからだ。

 発見時には既に癌が大きくなっており、子宮と卵巣を摘出する以外に治療方法はなかった。清華は深く苦悩した。自分の命を捧げても子供が欲しいとすら思った。

 結局、子宮と卵巣は摘出したけれど、清華は大きな喪失感に囚われるようになった。麗奈の卒業式に清華が来たのはその最中だったのだ。

 だから麗奈は、つらい思いを抱える清華にできるだけ寄り添いたいと思った。

 清華は麗奈に打ち明けた。わたしは子供の頃からお母さんになるのが夢だった。

 両親が時代遅れの価値観を押し付けるからこそ、わたしは結婚したら自由な雰囲気の家庭を作りたい。自分たちの子供を優しい包容力で見守りたい。

 でも、その夢は叶わなくなった。わたしはお母さんになることができない。

 そうして清華は深い悲しみの底にいた。

 わたしはお姉ちゃんのことを支えたい。麗奈はそう思うようになっていた。

 清華は母親になりたいという夢をなかなか捨てることができなかった。子宮や卵巣を失って子供が産めない体になったことを受け入れられずにいた。

 そんな中、俊一があることを提案した。

「子供が産めなくなってもお母さんになる方法がある。僕らで養子をもらうのはどうだろう。もちろん清華にそれを強制するつもりはないよ。清華にはあくまで一つの選択肢として知っておいて欲しいんだ」

 二人は話し合った末、児童養護施設から子供を引き取ることにした。

 杏奈には一目惚れだった。清華たちは後にそう語った。児童養護施設を訪れた時、杏奈だけが自分たちのことをじっと見つめていたという。その瞳がとても澄んでいた。

 だから清華たちは杏奈のことを引き取ることにした。

 その話を聞いた当初、麗奈は不安だった。いくら子供が欲しいと言っても、虐待されていた他人の子供を引き取って果たしてうまく行くのか。

 でも、清華たちが決めたことに口出しすることはなかった。

 自分にはその資格がないと思っていたし、清華たちが決意したのなら自分は支えるだけだと思った。杏奈は麗奈から見ても良い子そうに見えた。

 だから麗奈は心の中で杏奈を受け入れることにした。

 その直後、清華は神戸に転勤することになった。杏奈たちのことが気がかりだった麗奈は、それに合わせて神戸に引っ越すことにした。

 補導歴のある麗奈はなかなか仕事が見つからなかった。それで行き場所のなかった麗奈を、今のスナックのママが受け入れてくれた。

 杏奈は最初、新しい両親にどう接したら良いのか戸惑っているように見えた。

 同時に、杏奈は清華たちにとても甘えたがっているように見えた。

 だから麗奈は、杏奈と清華たちの潤滑油になることを考えた。

 杏奈が清華たちに何かを伝えたがっていれば、それを清華たちに話してみるように促した。

 大丈夫。お母さんたちはきっと分かってくれるから。

 麗奈はそう伝えた。杏奈は少しずつ清華たちに心を開いていくようだった。

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